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※虫がたくさん登場します。

 虫にまつわる恐怖体験の短編集です。

【毛糸くず】

 小学生の時の話。

 同級生が帰った後、テーブルの上に毛糸くずが落ちててさあ……友達がセーター着てたから、ああ、あれだなーと思って手をのばしたの。

 ちょっと妙だとは思ったんだよね、セーターは赤なのに毛糸くずは黄色だったから。でもホワホワして丸まった毛糸くずにしか見えなかった。

 それで、つ、ってつまんだんだよね。ほこりを取るみたいに、あんまり触りたくないから上のほうを少し、そんなに力を入れずにつまんだ。それが不幸中の幸いだった。

 毛糸くずではなかった。

 ぷに、っていう感触。柔らかくてすべすべしてた。

 そして、つままれた毛糸くずが仰け反り、うにうに身もだえした。

(これイモム……)「ぎゃああっ!!」

 パッと手を放せて良かった。もし驚いた拍子に力が入っていたら、もっと恐ろしいことが起きていたに違いない。


 これは誰にでも起こることだと思う。

 たとえ動かなくても、たとえほぼ楕円形でも、身に覚えのないほこりや毛糸くずは素手で触るのはやめておいたほうがいい。

 警戒を怠ると、一生忘れられない感覚を植えつけられることになる。




【ミッションインポッシブル】

 中学生の私は、体育着のハーフパンツ姿で居間に座り、後ろに手をついてくつろいでいました。

 すると、テレビをぼんやりと眺める私の視界に、ド派手なイエローとレッドの細長い脚が映りました。脚はわきわき動きながら、私の目の前をゆっくりと降りていきます。

 悲鳴の予備動作で息をハッと吸いこむと、天井に繋がった長い糸がふわりと揺れました。

 ――まずい、口に飛んでくる!

 私はとっさに口を閉ざし、どんどん膝に迫ってくるそこそこ大きな派手カラーのクモを引きつった顔で見つめるしかありませんでした。逃げようにも、この体勢から動いたらクモに頭から突っこんでしまします。

 ――もうダメだ。もう終わりだ。

 クモは私の膝に着地するや否や、パッと脚を上げて威嚇してきました。

「お、おがあざああん!!」

 私は泣き叫び、母を呼ぶことには成功したのですが……母はそそっかしい人で、その時もティッシュを持った手を……思いきり、膝めがけて振り下ろしました。

「イヤーッ!! うわああん!!」

 私は絶叫し、膝の感触を紛らわすために頭をブンブン振りました。母は慌てながらもきれいに痕跡を拭き取ってくれたので、そのものは見ずに済みましたが……

「クモ、窓の外に放したからね!」

 苦し紛れの母の台詞と表情が、今も忘れられません。






【ダイハード】

 夜、帰宅すると玄関の壁にけっこうご立派なゲジ様がおわした。

 ゲジ様は見た目は恐すぎるけど、一応ゴキブリやクモといった害虫を補食する益虫なので、むやみに駆除はしない。ただ、家の中にはできれば入っていただきたくない。

 ゲジ様がそこに居るのも初めてのことではなかったし、刺激しないようそっと玄関ドアを開けた。

 すると、ドアのわずかな風圧か音に驚いたのか

 ―――ゲジ様が跳んだ。

 こっちに跳んできた。

 私は知らなかった……壁にいるゲジ様が大ジャンプを、しかも真後ろにかましてくるだなんて。

「うわあああ!!」

 夜なのに叫んでしまった。

 幸い、ゲジ様は地面に着地し、ササッと夜の闇を駆け抜けていった。

 鎌首もたげて威嚇走行してくることと、壁と反対方向に跳べることは絶対に覚えておこうと思う。



【えんがちょ】

 まったく自慢ではないが、千と千尋の神隠しのような体験をしたことがある。


 あれは祖父母の家だった。木造で築60年ほど経過した、田舎の大きな家だ。夜になると電気のついていない部屋はかなりの暗さになる。

 私はトイレに行きすがら、ぴちゃりと液体を踏んだ。また祖父が手を洗って水を垂らしたんだな、と思い、気にせず中のトイレットペーパーで足を拭いて用を済ませた。

 そして中の洗面で手を洗おうとした時、ボウルの中に黒く細長いうごめくものを発見した。

「うわ」

 トイレの小窓の隙間から入りこんだらしい。

 私は反対方向にある、脱衣洗面のほうで手を洗おうとトイレを出た。

 部屋の電気をつけ、洗面台の前に立ったとたん……再びぴちゃり、と液体を踏んだ。

 もう、祖父はここでも水をこぼしたんだな。

 私はティッシュをとり、水を拭き取るために足を上げた。

 ねちゃり、と足の裏が糸を引いた。その下には黒い残骸。

「わーっ!! わーっ!! わーっ!!」

 祖母が駆けつけてくれるまで、私はエンドレスにわーっと叫び続けた。

 様子を見に来てくれた祖母に、私はうわごとのように「踏んじゃった! 踏んじゃった!」とくり返した。

 祖母が足の裏と残骸を拭き取ってくれると、そのままお風呂で足だけ洗い、今に逃げ帰った。抜き足差し足で床をよく見ながら、そういえば千尋もこんな感触を味わってしまったのだろうか、と思っていた。

 そして、先に戻っていた祖母に「今から指で輪っかを作るから、それを指でこんなふうに切ってほしい」と頼み、えんがちょしてもらった。不思議なことに少し気持ちが落ちついた。

 気持ちが落ちつくと思い出すこともあった。

(じゃあ、さっきトイレの前で踏んだのももしかして……ナメクジ?)


 それからというもの、トイレの小窓は夏でもかたく閉ざされている。



【エアーウルフ】

 仕事終わり、さわやかな風をあびて疲れも少し癒やされ、私は帰途についた。

 駅に向かって職場の前を三歩ほど進んだところで、異変というか、異音に気づいた。まるでヘリコプターのような「バババババ」という爆音が近づいてくる。こんなところでドローン? と辺りを見回すが、大きな影はない。

 爆音はどんどん近づいてくる。正面に視線を戻すと、万年筆くらいありそうなバッタのようなものが、私めがけて飛んでくるところだった。

 一瞬思考が停止した。

 そして、迫りくる脅威に対抗したのか、私は驚くべき観察眼を発揮した。

 褪せた深緑で白い斑、硬そうな羽の下で残像を残しながら高速で羽ばたく薄茶色の羽、ギザギザの凶器のような脚、そしてダウジングロッドのように長い触覚。

「カミキリ!!」

 幼い頃、ちょっかいをかけて指を噛まれ、血が出て泣いた記憶がフラッシュバックする。

 しかしもうどうすることもできない。どちらに避けてもぶつかってしまいそうだった。

 そこで私はカミキリムシにお願いした。

「あのう、そのまま通りすぎていただくわけには」

 しかし無慈悲な巨大カミキリムシは、あろうことか私の二の腕に着地したのだった。とん、という衝撃がくる。虫にしては重すぎる。

 さらに追い討ちをかけるように、巨大カミキリムシは長い長い触覚をダウジングロッドのようにブンブン振りながら、肩に向かって登り始めた。

「わああ!! ご勘弁を!! 勘弁してください!!」

 すると、言葉が通じたのか、もう顔の横に迫っていたカミキリムシは突然向きを変え、そのまま後方へと爆音を響かせて飛び立った。

「ああ、あああ」

 そのまま道にへたりこみそうになりながら、もしかしたら戻ってくるかも、という新たな恐怖に怯え、私はすごすごと帰宅したのだった。


 できればもう二度と、巨大な虫の休憩場所にはなりたくない。

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