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H湖

 地元には「H湖といえば出る」と噂の観光スポットがある。時より賑わいを見せているが、ほぼ山頂にあるカルデラ湖ということもあり、普段はうら寂しさを感じるほど静かだ。

 地元の中学生たちはここに連れてこられて新入生合宿をするのが通例となっている。

 私がその合宿に連れて行かれた際は、霧が深く、いかにもという雰囲気だった。宿泊施設で引率の教師たちから日程やイベントの説明をされたが、生徒たちはこんな尾ひれをつけた。

「本当は肝試しにもってこいだからやるはずだったが、霧が深くて危ないのでやらない。という理由で、本当に出るからやらない」

 ものすごいこじつけだが、おどろおどろしい雰囲気に子供たちのテンションは上がっていたのである。

 じゃあ自分たちで恐い話をしよう、となり、寝る前に散々知っている限りの恐い話を語り合った。子供だてらに上手な子はいるもので、皆その子のする怪談を聞いたら震え上がってしまい、そこで怪談会は中止になってしまった。

 何の話をしてくれたのかは覚えていない。忘れたかったのか、眠くてあまり聞いていなかったのかも定かではない。


 ところが、翌朝にさらにとんでもない怪談が披露されてしまったのだ。

 早朝、まだ冷えこみのきついH湖の外周をマラソンするため、寝ぼけながら整列していると、引率の教師が言った。

「お前ら湖に入ったり落ちたりするなよ。ここは藻がすごいから、泳げる人が泳ごうとしても絡まってどんどん沈んでいく。それで浮いてこないもんだから自殺の名所なんて言われてる」

 上手い子の怪談を忘れてしまったのは、この発言のインパクトが強すぎたからかも知れない。

 皆、妙に気が引き締まりながら走りだした。清々しい朝だが重々しい気分だ。

 そのうち、前を走っていた子が「うわあ……」とこぼした。

 理由はすぐにわかった。H湖のほとりにぷかぷかと、花束が浮かんでいたのだ。聞いたばかりの自殺の名所だという話がよぎる。鳥肌を立てながら、なぜか目が離せずに、その花束をじっと見ながら走る。

 異変と花束に気づいた教師が追い上げてきて、皆を急かす。

「そんなものじろじろ見ないで、行きましょう」

 ――この時、湖畔のそば近くに古びた電話ボックスがあったような気もする。どうやらそちらのほうが有名な怪談があるようだが、その時は何も思わなかった。タイミングが良いのか悪いのかわからない花束に、すべて上書きされてしまったのだろう。

 その花束も可愛らしい花ばかりで、献花という雰囲気ではなかった。単に告白が失敗して捨てられたのか、撮影の小道具が誤って陶器されたのかも知れない。最悪の想像をするならば、その花束が似合うようなうら若い女性や子供などがそこに飛びこんで帰ってこなかった、というストーリーかも知れない。


 その後何が起きたかというと、あんな話を聞かされ、花束を見た湖に、我々はカッター(巨大ボート。たくさんのオールを二人一組でこいで動かす)でこぎ出したのである。正気を疑う。

 怪談話や花束の一件などまるで無かったかのように、ひとクラス40人近くの生徒とその担任とを乗せて、四つのカッターはすいすい進んでいく。

 ところが、よりにもよって私の乗っていたカッターの、私の受け持っていたオールが「ガクン!」と衝撃を伝えて天を指したきり動かなくなってしまった。たった一本のオールが止まっただけで、カッターがぴたりと動きを止めてしまったほどの固定力だった。

 担任に「オールが動かなくなった」と言うと、担任は全体にオールをこがず待つように言った。

 オールは二人がかりで体重をかけてもまったく動かない。担任は冷静に声をかけてきた。

「岩に引っかかったんだろう。動かないなら引っ張ってみたらどうか」

 私は(何か嫌な感じだ)とは思いつつも、担任の言うとおり岩に引っかかっただけかもしれないと、オールを引き抜こうとした。だが、二人がかりでもやっぱり動かない。もっと上にあげようとしても、下ろそうとしても、抜こうとしても、反対におしこもうとしてもだめだった。

 子供の力ではだめか、と担任が近づいてきた時、不意にオールがスッと下りてきた。担任は楽観的にか、不安にさせないためか、何でもないように言った。

「ああ、岩から抜けたな」

 だが実際にオールを持っていた私たち二人は、違和感を拭えなかった。

 何をしても動かなかったオールが、突然勝手に下りてきたように思えた。あの感覚は引っかかっていたものから抜けたという感覚ではない。

 そして何より、オール一本が岩に引っかかったとして、他の生徒がこいでいるのだから、カッターは止まったりせず動くはずではないだろうか。引っかかったオールを支点に、その場を回るように進むのではないだろうか。

 しかし、オールが動かなくなった瞬間、カッターは他の生徒がこいでいたのにも関わらず止まった。

 無事にH湖から引き上げてきた私たちは、停まっているカッターの、自分たちが受け持ったオールを確かめに行った。水の下に、他のオールと同じように木の板が浸かっているだけだった。

 あのオールはいったい何に引っかかっていたのだろうか。



 恐怖体験三昧の締めくくりは、ちょっとした登山体験で起こった。

 山の外周を細く回りこむ、獣道のようにでこぼこした斜面を歩かされ、生徒たちは疲れきっていた。下を見ていた私は、前の生徒が何かを飛びこえているのに気づかず、そのまま足を踏み出した。

「前!」「危ねえ!」

 誰かが叫んだので顔を上げた瞬間、私は道を踏み外した。とっさに右手が斜面に出ていた木の根を掴んだ。そこに木の根があることには気づいていなかったが、無意識に見て覚えていたのか、私を助けたものが本能か加護というものかはわからない。

 けっこうな斜面の中腹以上にきていたため、そのまま滑落すれば湖まで一直線に落ちていただろう。動悸がするような思いで道に戻り、後ろの生徒にも穴があることを伝えて、ふと下を見た。

 そこは花束を見かけた場所の上だったのだ。

 私は一刻も早く山頂につきたくて、道を進むのに夢中になり、前の生徒の背中しか見ていなかったが、同じように落ちかけた生徒はいたかも知れない。先導の教師が歩いている時は見落としたか、穴などなかったのだろうか。

 幸い、下りは整備された登山道を下にロープウェイで降りたので、同じ道を通らずに済んだ。


 数々の恐怖体験を終え、家に帰った時は子供ながらに胸をなで下ろした。


 この話を幼馴染みに時々するのだが、クラスが違ったのか、常に一緒にいた気はするが不思議と何も覚えていないという。


 あれから何度かH湖を花火などのイベント目的で訪れているが、湖畔にかわいらしいもふもふの馬が牽く馬車が停まっていたり、鴨の親子がいたり、湖は白鳥ボートやカップルのボートだらけだったりと、恐い要素は何もない。

 あの恐怖体験は子供であったからこそで、何でも恐いほうにこじつけて考えただけかも知れない。そう願いたい。

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