オレオレ詐欺
幼馴染のRとSは、中学に上がってから、下校するときに寄り道をする、という遊びが気に入っていた。
「なあ、オレオレ詐欺の電話、かけてみようぜ」
その日は、「オレオレ詐欺」について学習した帰り道だった。
いたずら好きのSが思いつきそうなことだったが、Rはさすがに止めた。
「まずいよ、そんなの」
「大丈夫、かけるのは俺ん家だよ。
ちょっと脅かすだけっていうか……うちの母さんが、ちゃんと詐欺を見破れるか、テストするんだよ」
「すぐばれるよ」
「大丈夫だって……」
やってみたいだけだろう、Sの好奇心には、時々ひやっとさせられる。
嫌な予感しかしなかったが、Rは付き合うことにした。 二人は下校途中のコンビニに立ち寄り、そこで公衆電話の前に立った。
さっそく、Sは自宅に電話をかけ、「もしもしオレだよ、オレ」と言った。
受話器に耳を寄せていたRは、「えっ?」と聞き返す声を聞いた。それは男性の声だった。
Sの父親は、いま家にいるはずがなかった。
「やばいよ、間違い電話だ!」Rが耳打ちすると、Sは、
「そんなはずない、たしかに家だよ!」と言った。
「もしもし?」
「えっと、ほら、オレだって……」
引っ込みがつかなくなったSは、演技を続けた。
そのうち、相手が見切りをつけて電話を切るだろう……二人とも、そう思っていた。
「もしもし、もしもし?」
しかし、男性は一向に電話を切る気配がない。
「なあ、もう切ろうぜ」
Rの言葉に、Sが従おうとしたときだった。
「もしもーし。すみません、ノイズがはいっていてよく聞き取れないんですが。おおーい、聞こえますかー」
「えっ?」
二人は互いの顔を見合わせ、首を傾げた。ノイズなど聞こえていない。
「おかしいなあ、ザーザー言ってるぞ。壊れたかなあ」
男性はひとりで喋り続けている。
「やった、向こうの電話、壊れてるみたいだ。はやく切ろうよ」 Rがほっとして、そう言った瞬間だった。
「ザザー、ザーザー」という、不快なノイズが走った。思わずSは受話器を離した。ノイズはRにも聞こえた。
「うわっ 何だこれ」
そのうち、ノイズは静かになった。
Sはおそるおそる、受話器を耳に当てる。
「何してるんだよ、電話は壊れちゃったみたいだぞ」
「いや、相手がまだ何か言ってるんだよ」
そこで、Rも受話器に耳を近づける。たしかに、男性は何か言っているようだった。
「でも、どうせ聞こえてないんだし……」
Rは思い切って、Sの了解もなしに、公衆電話の受話器を置く金具を下へひいた。
そのとき、受話器から飛び出した音は、「ガチャッ」という通話終了を知らせる音ではなかった。
「おおおぅああーああ!!!」
この世のものとは思えない叫び声だった。
「ぎゃああーっ」
思わず、SもRも受話器を放り出し、しりもちをついた。
しばらくして、受話器からは「ツーツー」という電子音が聞こえてきた。
この騒ぎに、コンビニの店員が顔を出したので、二人は何食わぬ顔で受話器を戻すと、一目散に走り出した。
「あれ、何だったんだろう」
「わかんないよ」
「あの男のひと、誰だよう」
「わ、わかんないよ!」
走りながら、二人は早口に会話した。
とりあえず、RはSについて、Sの家に行った。
そこでは、Sの母親が夕食の準備をしていた。
何事もなかった。
RはSの家に寄って、仏壇の中を確認した。
Sの父親は、三年前に強盗にあって、そのときの傷が原因で亡くなった。
そう、電話に出たのがSの父親であるはずがないのだ……
Sと別れ、Rは家路を急いだ。すっかり暗くなってしまった。
家に帰る途中、街灯が一本切れかかっていて、少し不気味だった。
「ただいま!」
「おかえりなさい!」
Rはどきっとして、カバンを取り落とした。
返事をしたのは、髪の長い、赤いコートを着た知らない女だった。
「えっ」
女は血だまりの中に立っていた。血だまりの中に浮いているのは、ぴくりとも動かない父と母と、姉。
Rは思い出した。
あの時、Sが公衆電話からかけた番号のことを。どうにも、見覚えのある番号だと思った。
「僕ん家だ」
Sはひょうきんだが、緊張しいで慌て者だ。
あのとき、詐欺の電話をかける興奮と緊張から、つい、かけ慣れている幼馴染の家の番号を押していたのだ。
じゃあ、あの時出た男のひとは。
あの時聞いた、恐ろしい叫び声は。
考えいたる前に、Rの視界は真っ暗になった。