女の顔
この話は「女の正体」にまつわる別の話である。
酔ったサラリーマンが、一人千鳥足で帰り道を急いでいた。
既に深夜、サラリーマンは近道を通ろうと裏道へ入った。
ところが、いつも使う近道ではなく、一本手前の道へ入ってしまった。道は広かったが街灯が少なく、いつもより暗いなと彼は思った。
ようやく道を間違えたことに気づいたその時、彼は背後からの気配を感じた。振り返っても、暗い闇があるだけ。気味が悪くなり、彼は横道へ逸れた。
横道は細く、街灯が交互に並んでとても見通しがよかったが、終わりが見えないほど長かった。
彼は一先ず、明るいことに安心して歩いていた。なに、いずれどこかしらへ抜けるだろう。
ところが、一歩踏み出すごとに街灯の明かりの中に何かが見えた。女の顔だ。女の顔が、明かりの中に浮かび上がっては消える。彼が歩くたび、先のほうにぼんやりと現れる。
彼は女の顔が先回りしていると考えたので、急いで引き返した。
しかし、女の顔は引き返しても前方に浮かび上がり続けた。ついに元々の道に出たとき、既に女の顔はなかった。まるで、何かから逃げたように。
彼は歩いてきた道が暗闇に飲まれているさまを見て、これは走っていくしかないと出口を目指した。
と、大通りに突き当たった。ガードレールの近くでケータイをいじっている女子高生が振り返った。
「オジサン、あたし頭痛くて。この近くに病院ないかなあ」
ケータイをいじっていた様子からはそんなことが無いように思えたが、酔いも覚め、お人よしの彼は病院への行き方を教えようと、彼女に近寄った。
すると、彼女の足元に大きな血痕が見えた。
「危なかったね」
彼は微笑む女子高生に、何が、と訊ねた。
「オジサン、この辺は幽霊が出るって有名だよ。ずっとつけられていたんだね」
女子高生の指差す先を見ると、蒼白な顔の、男か女かもわからないような何かが、じっと悔しそうにこちらを見入っている。
「あんなのにとり憑かれたら、オジサン死んじゃうよ」
その裏道一帯に居座る自縛霊、だそうだ。そういえば、職場でも一度聞いたことがある。
「貴方、何をしているんですか。困りますよ」
急に呼ばれて、彼は慌てて振り返った。そこには、警官が困った顔をして立っていた。
「まったく、いつの間に入ったのか知りませんが、事故現場に……」
彼ははっとして足元を見た。大きな血痕、飛び散ったプラスチック片、そして壊れたケータイ。
「まだ事故があったばかりで、鑑識もこれから本調査なんですからね、荒らさないで」
そこで大型トラックに突っ込まれて亡くなったのは、夜遊びの好きな女子高生だったらしい。
(俺は、幽霊に助けられたのだろうか)
後日、彼は再び恐怖に慄く。地元に詳しい同僚に訊ねても、ネットの掲示板に書きこんでも、誰一人として「女の顔」の話を知っている者はいなかったのだ。
正体のわからないものが、一番恐い。




