雪原の魔物
〈凍れる城2〉
これは我が国の古い歴史書とともに所蔵されている、軍隊の記録から編纂された物語である。
近年、国境沿いの道で旅人が行方不明になる事件が絶えない。彼らはどこへ行ってしまったというのか。
イ国とロ国の国境は一年中雪が積もり、特に冬場は吹雪が厳しい。力尽きる者が多いのだろうと考えた両国の王は、結託して国境の雪山にトンネルを掘ることにした。突貫工事は順調に進むかのように思われたが、夜になると決まって石は崩れ、道は荒らされ、作業ははかどらなかった。それでも何とかトンネルはできあがった。
人の消える噂の絶えない雪原越えでは、それから誰もがトンネルを通るようになったが、それでも人は消え、ある時は荷を積んだ馬車が御者のいないまま町に着くこともあった。また、森の中では、トンネルの方へ向けてあった看板が獣道を示すように、恐ろしい力で根元から回されていた。トンネルの入り口が倒された木々で塞がれていることもあった。
奇妙な事件が続き、いよいよ事態を重く見た二人の王は、取り決めを交わした。国境を越える際はなるべく雪山を通ることのないよう御触れを出し、人を雪原に近づけないことに尽力した。しかし、それは数十マイル離れた関所までの長旅を義務づけるようなことであり、勅令というわけでもないので、必ず守られたわけではなかった。こうして、やはり人は雪原に消え続けた。
ついに雪原へ軍隊が送り込まれた。しかし重厚な鎧に身を包んだ手練れの兵士たちは殆どが帰らず、戻った者も、鎧は打ち砕かれ、また心も魂も砕かれて廃人となった。いよいよ打つ手はなくなったが、軍隊が全滅したという噂はまたたく間に流れ、以降、雪原に近づく者は減っていった。
雪原には、人を糧にする何者かが蠢いている。
ある年から、ぱったりと雪原で人が消えることは無くなった。民の噂を聞きつけた王たちが雪原に兵団を遣わすと、彼らは凍れる古城を発見した。兵団は投石器で頑丈な門扉を打ち壊し、城内におしよせた。大広間は人骨の海であった。この吹雪と天然の冷凍庫のような城の中で、どうやってただの屍が骨になるまで朽ちることができよう。つまりこれは、人の肉を好んで食らう者のしわざであったのだ。兵士たちは人骨の海を見るにつけ、恐ろしくなって、寒さを思い出したように身震いした。
恐怖の魔物がどこにひそんでいるかわからない。兵士は五人ずつ組んで、地下牢、高い塔、崩れかけた城の中を隅々まで見て回った。しかし、魔物は見つからなかった。
最後に兵士たちは、凍りついて扉の開かない部屋をこじ開けた。調度の美しい室内で、一人の男が純白のベッドに横たわり、眠っているようであった。男の体は冷たく、息もなく、鼓動はなかった。
兵士たちは同行していたまじない師に意見を求めた。まじない師が言うには、
この男こそが城に巣食い、人をとって食らっていた魔物であろうとのことだった。兵士たちは言われるがまま、男の体を黒い棺に横たえ、木の十字架を胸に抱かせて運び出した。棺は人骨のあふれる大広間に置かれた。まじない師はミント、セージ、ローズマリーをはじめとしたハーブと、バニラ一房を棺に入れた。火を放つと、たちまち棺は燃え上がり、あとには骨も残らなかった。
兵士たちは何日もかけて凍れる城を解体し、跡には雪が残るばかりとなった。
雪原での一件は落着したかにみえた。
しかしその後も奇妙な事は続いた。
旅人や商人などが、整備された街道からはずれて雪原に迷いこんだり、そのまま行方をくらましたりする事件は、近代になるまで続いたという。
旅人の手記、軍記、伝承、絵本、詩歌。雪原に巣食う魔物は決して伝説などではない。しかし、多くの記録に書きとめられていながら、その正体は誰にもつきとめられなかった。そして、魔物が現れた理由も、姿を消した理由もわからないままだ。
いつからか、人々は正体のない雪原の魔物をこう呼ばわった。「恐怖」と。
〈終〉
凍れる城 おわり




