轆轤 竈の 忌みや 首
〈江戸風シリーズ2〉
竈に、人の首が入ってるって?
はあ、旦那もそのクチかい。それとも、誰かがそんなことをふき込んだのかい?ちゃんちゃらおかしいやって、旦那、竈を開けたんだね。
人ってのはときどき、とんでもなく愚かなことをやらかすもんだ。だからよ、旦那の失敗なんてまだいい方だと思うがねえ。
「なんだい、そんなに言うならまた見てみるかい?竈の中の首を。」
今から五十年も昔に、その竈は造られた。名も無い金物屋の、しかも見習いが造ったっていうんだから、買ったほうの人間にも驚かされるね。だけどいい竈だよ、そいつは間違いない。
ただ、ちょいと変わったことがあってね。
初めに竈を買っていったのは大黒屋の主人だよ。ああ、いい竈だってのは、一目見てわかったらしい。どうしても買っていかなきゃ気が済まなくなったんだねえ。
「ちょいと、この竈はおいくらだい?」
「はて、大黒屋さん、あんたんところにゃもういい竈があるだろうに。それにこいつは素人の、うちの若いのが造ったもんだよ。」
「銘なんてどうでもいいよ、売っておくれ。売り買いがまずいっていうんなら、どうかそれを譲っておくれよ。」
まあ、なんとか店の主人を口説き落としたってわけよ。
だけどこれが、その造った若いもんってのがいてね、その若いもんはそりゃあずっと、その竈は売れねぇ、その竈はだめだって言い張ったんだ。
「まあ、若ぇのはこう言ってるし、どうだね。もっといい竈をこさえようって気になりゃいくらでも……」
「いいや、わたしはこの竈が気に入ってるんだよ。じゃあ、どうしてそんなに反対するのかを聞きたいもんだね。」
食い下がらないお得意さんを前に、まあ店の主人も困って、その若いもんを呼んだ。
若いもんはほんとにまだあか抜けねぇような小僧で、だけど目だけはいやにぎらっとしていた。色はもうほとんど日にあたっちゃいねぇように白くって、肉もそんなについてねえ。まあどっかの坊ちゃんが貧乏面さげてるってぇかっこうを思ってもらえばいいかねえ。
とにかく、またこの若いのも引きさがらねえ。
かれこれ半日は言い合ってたもんだ。
「どうやら、ようやく折れたようで。」
若いのは途中でなんでも具合が悪くなったっていうんで、店の奥へひっこんでいたんだがね。店の主人が奥間から出てきて、大黒屋に言ったのよ。
「ようでがす、旦那にお譲りいたしやしょう。」
まあ、大黒屋はたいそうな喜びようで、
「そりゃあよかった、よかった。」
ってね、さっそく自分のとこの若いもんを幾人か呼んで、その竈を持って帰ったのよ。
ところがね、こりゃ本当のことなんだが、その時竈を造ったっていう若いもんがどうしていたかって、蒲団の中で死んでいたのよ。
店の主人はきまりが悪くなって、その竈を押しつけるみてえに大黒屋に売っ払っちまったんだなあ。それからよ、店の主人はどうってこた無かったんだがねえ、大黒屋のほうが、ぱったり死んじまってねえ。
気味が悪くなった女中が相談して、やっぱりどうもあのあと、竈を造ったっていう男も死んだらしいから、竈をどこかへやってしまおうってことになった。打ち壊したり捨てたりしたら、ほらあれだ、祟りがあるかもしれねえ。
だから、店のもんで相談して、遠くの田舎の質屋に流しちまったのよ。
それから竈はいろんな人間の手を渡りあるいたって聞いてる。何でその竈が引き取られていくのかは、そりゃあ何か魔力みてえなものがあるのかもしれないが、そいつはわからねえ。ただ、そっからまた別の人間の手に渡るってしくみは簡単だ。竈を気に入って、買っていったりもっていったりしたやつが、みんな死んじまったからさ。
「どだい、その竈、気に入ったかい。」
おや、なんだい旦那、急に首を横になんか振っちまって。
「もらってやってくれねえかねえ。」
なんだい、そんなに嫌だって言うんなら、他の奴に売るしかないねえ。あたしゃあこれでも商売人だ、譲るなんてェ金にならないことはしないよ。
「旦那も見たんだろう、竈ン中にある首。」
なに、そんなに生唾のんで頷くこたないよ。どうだい、あの首は、そりゃあこのあたしに似ていただろう。なまくら刀で斬られたみたいに汚い切り口の、あの首は、しだいに持ち主に似てくるんだ。このあたしだってそうさ。
「竈に、どうしても魅せられてねえ。噂は兼々、けれどもどうしても、手元においておきたくなってくる……」
おやおや、どうしたね?旦那もやっぱり欲しいんじゃないか。今なら安くしとくよ、そうだね、値の四割で売ってやろう。ああ、竈は本物だからね、そりゃあ使い勝手はいいもんだ。ただ、旦那だから言っておくけれどね。
「ひと月で骨が出る。ふた月でしゃれこうべができあがる。み月で肉がつき始める。」
あとはわかるね、こうやって一年ないし半年のうちに首が出来上がるんだ。
「それで、首に肉がついて、皮がついて、鬢が生えて……」
あとは、眼が開いたら。
「もう手遅れ。わかるね、旦那。」
そうなる前に売っ払っちまうことだね。旦那にはお世辞にも商才があるとは見えない。だから、切羽詰ったら質に入れちまうといい。川原へ捨てるのだって、やらなかった者がないわけでもない。どうにでも、とかく手放せば旦那の命は助かるよ。
「けど、気をつけることだ……道理はわかってても、どうしても竈を手放せないで『最期』を迎えるもんの方が、多いんだよ。」
紅をさしたあたしの化粧は魔除け。男のあたしに似合うんだから、旦那もそろそろと思ったら化粧でもしているといい。
ほんとに、人ってのはおかしなことをするもんだ。
「おや、旦那――」
どうしたね、眼の色が違って、刀なんか抜いて。そうかいそうかい、そんなに竈が欲しいんだね。今更、金は要らないなんて言ったところで、もう聞いちゃいないんだろう。
ほれ、あんなに口の端からみっともなく涎なぞ垂らして、白目には血が溜まって。唇を噛みしめすぎて血が出てるじゃないか。
あたしとしたことが、お喋りが過ぎたようだねえ。
「……開いたかね、眼が。」
誰も知らないよ、竈の中は。
そうしてまたひとつ、首が飛ぶ、竈が渡る。
華の大江戸奇談、語る者から魂は、迷いの空を逝くものぞ。
魔も人も住めば都の大江戸に、散る語りべの運命なるかな。
江戸シリーズはここまで。




