渋奇や 侍 そらの 江戸
〈江戸風シリーズ1〉
戦の跡だった。
江戸から日本橋を通って抜けた先の、名も無いような土地。ここは荒れた田畑が打ち捨てられ、百姓は一揆を起こす余力も気力もない。
そこから更に先へ足を伸ばしたところに、合戦の跡はあった。
「旦那、人ってのは、ああして無駄なことをするのが好きなんですぜ。」
この戦跡の端を歩きながら、脇の小男が刀に触れないよう気をつけつつ言った。
そうかい、としか、敢えて言わずにおいた。
使用人、だったと思う。実は、この男のことはよく知らない。いつからついてきたのか。男に訊けば、「だって、旦那が助けてくだすったんでしょう」という。
だが、全く心当たりはない。
「いつ、おれが助けたのだ。」
思い切って聞いてみた。
とたん、男は黙り込み、バツが悪いとお喋りも引っ込むとみえて、しばらくは二人、静かで暗い夕暮れのあぜを歩いていた。
と、男がふっとその口を開いた。
「……旦那はまるで死人のようですぜ。」
悪びれもせず、言う。
お前のほうがよほど土気色の顔をしているだろう、と言うと、男はお愛想で笑った。
「おれが死人だと言うなら、お前など。」
「ははあ、人じゃねぇってんですね。」
男は妙に納得した風で、ほうほう、とふくろうのように頷きながらついてきた。
はて、いつまで隣にいるのやら。
「おれに用がないなら、とっとと行ってくれぬか。」
ひとり気ままに出歩きたくて、こうして歩いているのだ。
「でも、旦那、旦那をこんな危ねえとこで一人にしちゃ、命を拾ってくれた恩も返せねえ。」
「だがな、おれにはまったく心当たりがない。おれがいつ、お前を助けた?」
「そりゃ、もう。橋を渡ってこっちへ来るなってときから、天の助けだとおもって。」
妙にへつらう男だ。段々と気味が悪くなってきて、たまらず、言った。
「もうついて来るな、これ以上はぐらかすと、手打ちにいたす。」
「うへえ。」
男はふざけた様子で飛び退いた。
「いやね、ここから先は死人の歩くところだからね。旦那みたいなお侍と歩けば、少しは大丈夫だろうと思ったんだがね。」
「なに。」
小男から視線を外すと、あたりにはいつの間にやらしゃれこうべばかり。
「ひとを食う鬼も出るってうわさでね。わし一人では渡れんよ、この平野は。」
男は、ぶきみにけたけた笑いながら、あっという間に走っていって見えなくなった。
もう一度あたりを見廻すと、しゃれこうべは消え、あたりにはやはり荒れ果てた田畑が投げ出されていた。
「……」
あまりに気味悪い。
慌てて駆け戻り、日本橋を渡って、長屋の表に出た。
「おや、お侍さま。」
老婆に話しかけられて、やっと正気に戻った。
「どうなさりましたか。」
「どうも、何も……」
しかし、振り返ると橋は無く、竹の柵の向こうにまた城下町が続くだけだった。
「小鬼に、まどわされましたかの。」
老婆は人のよさそうな笑みを向けて、また長屋の奥に消えていった。
「……」
しかたなし、散歩は諦めて、さっさと旗本の家に戻ろうか。
晩秋の日のことだった。
※「かぎかっこ。」句点。ご容赦ください。




