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女の正体

 12月、世の中は忘年会シーズン。

 サラリーマンのM田は、なかなか都合がつかず、その年がはじめての忘年会参加となった。

 上司や同僚にすすめられ、めずらしく酔っ払うまで酒を飲んだ。

 あるていど酔いがさめたところで、M田は終電に間に合うように店を出た。


 酔っていたからか、M田はS駅に向かう道を一本間違え、そのうち、路地に入った。

 いつもの華やかなネオン街とは正反対の、閑静な住宅街だった。

 等間隔で並ぶ街灯の光は、路地の暗闇を照らしきれていない。

 しかし、M田は引き返さなかった。まっすぐな路地を抜けた先に、見慣れた四つ角の喧騒が見えたからだった。

 「なんだ、かえって近道じゃないか」M田はそのまま、路地を進んだ。

 M田の歩いている路地は車がぎりぎりすれ違えるか、という広さで、右手にはもっと細い路地が何本も延びていた。

 と、そのうちの一本の横道は、入ってすぐの街灯が切れかかっているのか、影が激しく点滅していた。[newpage] M田は、そこを通り過ぎながら、なんとなく横道の奥を覗き込んだ。


 点滅する街灯の向こう、白っぽい光の下に、女性の姿が見えた。

 「こんな時間に、女の子がひとりで何をしてるんだろう」

 一瞬、声をかけようか迷ったが、彼女の様子をみて、M田はそそくさと通り過ぎた。

 彼女は赤いコートを着込み、長い黒髪をだらりと垂らして、覚束ない足取りで歩いていた。

 もしかしたら、ただの酔っ払いかもしれないが、M田は気味が悪いので足早に遠ざかった。


 すると、背後から唐突に、かん高い足音が響いてきた。


 あの女だ!


 追いかけてきた!


 M田は半分パニックにおちいりながら、振り返らずに猛烈に走って、なんとか路地を抜けた。 四つ角の喧騒の中にまでは、ハイヒールの足音は追ってこなかった。


 M田は女の正体が気になって、思い切って振り返ってみようか、どうしようか、逡巡していた。

 と、荒い息をついているM田に、舗装工事をしている業者が声をかけてきた。

 「師走だけど、そう慌てちゃ危ないよ。ほら、ついさっきここで事故があったばっかりだ」

 「えっ」

 驚いて話を聞くと、なんでも、若い女性が信号無視のバイクにはねられ、救急搬送されたらしい。

 M田はさっきの女のことを思い出し、身震いした。


 (まさか! 俺は幽霊なんて信じないぞ!)


 翌日。


 M田は昨日の一件が気になり、S駅を出ると、舗装工事をしている現場に立ち寄った。

 昨日の作業員は見当たらなかったが、事故現場を目撃したという別の作業員が話を聞かせてくれた。

 「今朝ね、現場検証があって、そのときお廻りサンから聞いたけど。あのこ、重症だけど命に別状はないって」

 「あの、もし覚えていたらでいいんですが、その女性の服装とか、髪型とか……どんな方だったか覚えてらっしゃいますか?」

 「ああ、よく覚えてるよ! 俺が救急車を呼んだんだ」

 作業員は身振りを交えながら答えた。


 「赤いコート着て、細いヒールなんて履いててさ、彼氏と待ち合わせだったのかね。

  髪の毛も、いまどきの明るい茶髪で、こう、クルクルッと器用に巻いててさ……」


 ……。


 違う!


 M田は悪寒が走り、昨日通ったあの路地を見ないように、短く礼を言って会社へ向かった。



 昼、外回り中のM田は、いきつけの食堂で天丼を頬張っていた。

 疲れた体に染みるような濃い味付けが、その日は無味乾燥に感じられた。


 『続いてのニュースです。

  昨夜、午後11頃、S駅周辺の住宅街で、会社員のI内さん一家が何者かに殺傷されるという事件が起こりました。

  殺害されたI内さん、妻のY子さん、長女、長男のいずれも、体には鋭利な刃物で刺された傷が数十箇所あることから、

  警察は怨恨によるものとみて、調べを進めています……

  現在、一命を取り留めた次女のA子さんの証言によりますと、犯人は女性で、事件当日は白いコートを着ていたと……』

 次に映し出された犯人のモンタージュに、M田は凍りついた。


 あの女だ! コートの色は違うが……


 「四人も殺したら、雪みたいに白いコートだって赤くなるわよ」


 振り返ると、あの女が立っていた。

 異臭を放つ血染めのコートを着て、長い黒髪を垂らし、手には赤黒く変色した包丁を握っていた……

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