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【8話】NO:ISE

―八時間前。

 

翔真と別れた後、燦斗はイヤホンを両耳にさしスマホでお気に入りの音楽を聴きながらバスに乗った。


バスに揺られること十数分。

「観栄町」のバス停で下車すると、目の前にはアーケード街が広がっていた。


ネオンが滲むガラスの看板、閉まりかけたシャッターの間から漏れる蛍光灯の明かり――

昼間は大勢の人で賑わっているが、この時間帯にもなると閉まっている店も多く、もの寂しい雰囲気が漂う。


燦斗は片耳のイヤホンを外し、ぼーっとしながら歩いた。


アーケードを抜け―横断歩道を渡り錦蝶通りに入る。


そこは路地裏の居酒屋やBARなど飲み屋の多く集まる通りで、物寂しくなったアーケードと反対に多くのサラリーマンや仕事帰りの大人が行き交っていた。

 

古びた看板が軒を連ね、香ばしい煙草の匂いや、遠くから漏れるカラオケの音が静寂をかき乱す。


燦斗は人々のざわめきに身を任せながら歩き、ふと、耳にした怒鳴り声に足を止める。


「……いいから、さっさとよこせよ!!」


怒号に混じり必死に抵抗するような声も聴こえてくる。燦斗は声の聴こえる方へ無意識に足を向ける。


声の元へ進むと、シャッターが閉まった店の前に数人の人影が見えた。

 

そこには、いかにも柄の悪そうな男たちが三人、気弱そうな細身の男を囲んでいた。

 

「金、まだ持ってんだろ?痛い目に遭いたくなかったらその鞄も早くこっちに渡しな。」


「もうその財布の中のお金が全部です……、ほんとにこれ以上持ってないって……」


燦斗は、軽く目を細めながらその状況をしばらく遠くから見ていた。


「とぼけんのも大概にしろ!!俺はお前がパチンコで勝って儲けたの知ってんだよ!!」


「こっちも暇じゃねーんだよ、さっさと黙ってよこせやァ!!」

 

そう男達が言い放った後、

細身の気弱そうな男が少し遠くで見ていた燦斗の存在に気づきこちらに向かって必死に助けを求める。


「た、助けてください……!!」


 

(ハァー…。めんどクセ)


燦斗は溜息をつきながら片耳のイヤホンを外してポケットに突っ込み、彼らの元に歩み寄った。


「…なんだテメェ……見てんじゃねぇよ、ガキが」


「ァー。つい見惚れちゃって。三人がかりでカツアゲっスか?」


燦斗は笑みを浮かべながら軽口を叩く。

一見軽薄なその態度に、男たちは眉をひそめた。


「おいテメェ、誰に向かって口きいてんだ?」


「何処のどなたか存じ上げませんが。今時カツアゲとか流行んねーよ。」


「はあ?てめぇ、やんのかコラァ!」


「ガキが…調子乗りやがって!」


一人の男が怒鳴りながら近づいてきた。

その瞬間、燦斗の表情から笑みが消える。目つきがスッと鋭くなり、空気が一変した。


次の瞬間、不良が拳を振りかぶるが――


バッッ!


燦斗はその腕を軽く避けながら、反撃の一撃を叩き込む。

拳が不良の腹にめり込み、鈍い音が響いた。


「ぐぉっ……!なんだコイツ…!!」


「反応遅すぎ。ケンカ慣れてないのかな?」


不良の一人が倒れ込んだ瞬間、残りの二人が躊躇なく燦斗に飛びかかる。


だが、燦斗の動きは隙がなく、無駄がない。

一人の足を払って転ばせ、倒れたところに膝蹴りを叩き込む。


最後の一人が叫びながら金属バットを振るおうとしたが――


ガシッ


その手首を燦斗が掴んだ。


そのまま肩を引き寄せ、頭突き。鈍い音と共に男は崩れ落ちた。

――三人の男が地面に這い蹲って倒れている。


燦斗はぐったりした不良たちを一瞥し、気弱そうな男に声をかけた。


「……オッサン、大丈夫か?」

 

助けられた中年の男は、シャツの襟を引きちぎられたまま、ふらつく足取りで地面に座り込んでいた。


「は、はい……!助けてくれてありがとう……!」


おじさんは荒い息を整えながら、燦斗の顔をまともに見ず何度も頭を下げた。


燦斗はそれを見て、つまらなそうに片手で髪をかき上げる。


落ち着いたのかおじさんは顔を上げ、燦斗の方を見てハッとし、情けない表情を浮かべる。

 

「…君。よく見たら学生じゃないか。危険な目に合わせてごめんよ」


燦斗は目を細め、肩をすくめながら答える。


「いいから。さっさと帰りなオッサン。」

 

そう言い残し燦斗は男に背を向け一度も振り返らず、ポケットからイヤホンを取り出し、スマホの再生ボタンをタップして、何事もなかったようにその場を去った。


 

――――

 


路地裏を抜けしばらく歩くと、道はゆるやかな坂道へと変わる。

 

坂の先、街灯に照らされた路地の奥にある

「Kurosaki Motors」と看板のかかった、小さなバイク屋。

 

シャッターは半分閉まりかけていて、店内の奥では工具の音が微かに響いていた。兄貴の後輩がまだ店にいるんだろう。

 

「ただいまー」


玄関の引き戸を開けて入ってくる燦斗。缶を片手に、靴を雑に脱ぎ捨てる。


「……おう、帰ったか」


タバコに火をつけながら兄の煌希が、ちらりと目線をよこす。


「帰り、遅かったな。また何かやらかしたんじゃねーだろうな?」


「べつに?ちょっと寄り道してただけ」


ソファにどさっと座り込み、テレビを眺めるふりをしながら、燦斗は口元をつぐむ。

 

煌希はすぐにそれを察したようで、何も聞かず、タバコを吸いながら、夜ご飯の支度を始めた。


しばらくして、冷蔵庫の中身を確認した煌希が、怪訝そうな顔で燦斗に声をかけた。

 

「……おい、燦斗。テメー冷蔵庫のプリン勝手に食ったろ」

 

「えー、プリン?何の話?」

 

「俺が昨日、商店街で買ってきてたやつだよ」

 

「へ〜そうなん?プリン買ってきてたとか知らんし」


燦斗はわざとらしく伸びをしながら、ソファにもたれかかり、口笛を吹く。

 

煌希は溜息をつきながら冷蔵庫の扉をバタンと閉め、振り返ると、燦斗を睨みつけた。

 

「お前さ…これで何回目だよ。次勝手に食ったらタダで済まさねーからな」

 

「……プリンぐらいかわいい弟に譲れよなー」

 

燦斗は口をとがらせて、そっぽを向いた。

 

「やっぱり食ってんじゃねーか!明日帰りに買ってこい。じゃなきゃ晩メシ抜きだ」


煌希は、低く苛立ついた声で燦斗に言い放った。

 

「えぇ~!晩メシ抜きとかありえねぇ!」


燦斗はソファにズルズルと腰を下ろし、両手をだらんと広げながら天井を仰いだ。


煌希は黙ってキッチンに立っていた。

まな板の上で包丁の音だけが、規則正しくトントンと響いている。

 

少し間が空いて、燦斗がぼそっと言う。


「俺の分も買ってきていいなら、考えてやってもいいけど?」


ガタンと音を立てて包丁を置くと、煌希は振り返りざまに怒鳴った。

 

「ああ!?ふざけんな、自分の分は自分で買え!」


そう言われると、燦斗はふてくされたようにして、ソファにドサッと倒れ込む。


「チッ、器ちっせぇな〜。アニキがオレの分まで買ってくる時代、終わったんだなぁ……」


「始まってすらねぇよ」


「まーでも、俺が可愛く“お願い”したら買ってくれるんじゃない?『お兄ちゃ〜ん、プリンぷり〜ず』みたいな!」


燦斗はふざけた口調でそう言いながら、わざとらしくウインクしてポーズを決めた。

 

「気色悪い。つーか、その声やめろ」


「お兄ちゃ〜ん、プリンぷり〜ず♪」


しつこい燦斗の態度に、煌希は眉間に皺を寄せ、睨むと、低い声で言った。


「…やめねぇとマジで飯抜き確定にすんぞ」


燦斗は兄の圧に負け、一瞬だけ黙り込んだものの、

直ぐに、わざとらしく大きなため息をついて言った。

 

「オッケー、交渉決裂でーす。じゃあもうオレ、家出しよ」


「出たいなら勝手に出ろ。デザート泥棒が一人減るだけだしな」


兄の塩対応に、燦斗は、再びふてくされた顔をしてソファに寝転がりはじめる。


「……あとで風呂沸かしとけよ」


「ハーイ、“冷蔵庫未満”の弟がやらせていただきまーす」

 

燦斗はそう返事したが、その場から動かずソファに置いてあったクッションに顔を埋めた。

 

その様子を見た煌希が呆れた声で言う。


「お前さ、晩メシ抜きって言ってんのに、呑気にゴロゴロしやがって……」


「ショックすぎて動けません〜」


「ったく……しょうがねぇな」

 

そう言いながら、煌希は手に持っていた小皿を燦斗の前に置いた。


「ゆで卵で我慢しろ」


「え。卵だけとか……なんか切ねぇ…!」


燦斗はあまりにも簡素な夕食に肩をすくめた。

置かれたゆで卵には目もくれず、ソファで寝転んだまま、手にしたスマホを何気なく覗く。


スマホを見た瞬間――唐突に画面が暗転する。

 

部屋の灯りが映り込んだ黒い画面に、燦斗自身の顔がぼんやりと浮かんでいる。

 

一瞬だけ、“画面の内側”から何かがこちらを見ていた気がした。

急に手から力が抜け、スマホがソファの上に

軽い音を立てて落ちた。


次の瞬間、何も映っていない画面の中央に、ゆっくりと淡く文字が浮かび上がった。


【新規メッセージがあります】


通知音はONにしてるはずなのに、通知音が鳴らなかった。ただ静かに、そのメッセージだけが表示された。


「……え?」


画面の中央に表示された通知に眉をひそめる。

送り主の欄は空白。表示されたメッセージは、どこか“壊れて”いた。


『■■られ■■る■■前に、□□を■■せ』


読み取れるのは、断片的な文字だけ。意味はまるで分からない。


とりあえず普通では無い異常な感じがして、メッセージは開かずに表示された通知だけを消そうとスワイプするも、画面は一切反応せずフリーズしたまま動かない。


「……なんなんだよこれ」


数秒間壊れた不気味なメッセージが表示されたのち、画面は再びブラックアウト。


「どうした?」


兄の声に反応して、燦斗はハッとしたように肩を動かし、ゆっくりと後ろを振り向いた。

顔を上げたその表情には、戸惑いとわずかな焦りが混じっている。


「いや…なんかスマホの調子悪いっぽい。勝手に真っ暗になったかと思えば変なメッセージが来てさ…」


「…お前、また変なサイトみたんじゃねーだろな!」


「見てねぇっての!」


口では強気に言いながらも、いつものように冗談を返す余裕もなく、視線は手元のスマホに釘付けになっている。


そのとき、不意にスマホが再起動しはじめ、淡い光とともにロック画面へと切り替わった。


「……アレ?」


画面が元に戻ると表示されてたメッセージは何事もなかったかのように消えていた。

メッセージアプリ、SMS、両方確認したが痕跡は残っていない。


最初から何もなかったかのように綺麗さっぱり無くなっていた。


(……見間違いか?)


だが、その胸の内に残る“違和感”だけは、どうしても拭えなかった。

日常の隙間に、一瞬だけ“現実じゃない何か”が入り込んだような、そんな感覚。


「……おい、燦斗」


キッチンから声をかけてきた煌希が、チラリと様子を伺う。


ソファに座ったまま、スマホを伏せてうつむく燦斗の横顔に、どこか浮かないものを感じ取ったのだろう。


「……ほら、カレーやるよ。作りすぎたから食え」


そう言って、大盛りのカレーとサラダの入った皿をテーブルの上に置いた。


「えっ、マジで? さっき“晩メシ抜き”って言ってたじゃん……!」

 

「いーからさっさと食え。冷めるぞ」


ぶっきらぼうな言い方だったが、心配しているのは明らかだった。

 

そんな分かりやすい兄の態度に燦斗は思わず吹き出しかけるも、表情をゆるめ、照れくさそうにカレーを食べ始めた。


「サンキュー、アニキ」


「うるせぇ。食ったらさっさと風呂入って寝ろ。明日モデルの仕事あんだろ」


「ハイハイ、明日は遅くなるから晩メシどっかで食べて帰ってくるわ」


テレビの音が流れる中、燦斗は黙々と夕飯を平らげた。

 

食後、言われた通りに風呂の湯を沸かし、その間に宿題を片付ける。

 

風呂を上がると、着替えて歯を磨き、自室へ戻った。

 

ベッドに身を投げ出すと、部屋の灯りを落とし、天井をぼんやり見つめた。

スマホは机の上に置いたまま。触れる気になれなかった。


「……なんだったんだろ、さっきの」


考えてるうちに眠気が来て、やがて眠りに落ちていった。

 

スマホの画面は、真っ暗なまま、微かに“音のしないノイズ”のような気配を放っていた。

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