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【6話】薄暮

―三日目の放課後。

 

空手部の練習を終えた翔真は、道着を脱ぎ制服に着替えてゆっくりと校門を出た。


夕焼けに染まる空の下、生ぬるい風が汗をさらっていく。

瑛祐と橙理は部活がまだ終わってないのか姿がなく、連絡もない。


「ふー……今日は珍しく疲れたし先に帰るか」

二人にLINKで一言連絡を入れると翔真は駐輪場に行き、自転車に乗って坂道を一気に降る。


坂道の途中、ふと視線を横に逸らすと―見覚えのある後ろ姿があった。


校門脇の自販機の横の柵に持たれながらぼんやり空を眺め立っている派手な緑髪の少年がいた。


(……黒埼 燦斗じゃん。あいつ何してんだ?)


昼休みに購買近くの中庭で一言、二言、会話を交わしただけ。

だが、独特の雰囲気と話し方で絡んでくる燦斗は翔真の中に強い印象を残し、目を引く存在になっていた。


すると、燦斗はこちらの視線に気づいたのか、いきなり振り返って翔真の方を見て話しかけてきた。


「オーッ?隣の隣のクラスのマッシーくん発見!」


話すつもりはなかったが、急に燦斗に話しかけられたので翔真は自転車を止めた。


「…黒埼くんじゃん。こんなとこで何してんの」


「ほー、ちゃんと覚えてんだオレの事。」

 

「はは。お前個性的だし、すぐ覚えたわ」


「へー嬉しいね!つーか、呼び方。オレ、燦斗でいいよ。」

 

「わかった!燦斗って呼ぶわ。宜しく燦斗。」


翔真は自転車を降りて燦斗の前まで歩み寄る。

その顔はほんのり火照っていて、額に汗が滲み出ていた。

 

「おーう!てか、マッシーめっちゃ汗かいてんじゃん!どしたんその顔。溶けそうなんだけど!ヤバ。」


「お前な…せめて“おつかれ”くらい言えねえのかよ」


「言わない方が俺っぽいでしょ?」


にやっと笑い、手に持ってた缶をカシャンと軽く振ってみせる。


翔真は燦斗がジュースを持ってるを見て、ちょっと喉が渇いたのと、疲れたのでエナジードリンクが欲しくなった。


自分もエナジードリンクを買おうと自販機の前まで歩くと、お目当てのエナジードリンクのボタンを押そうとする――が、無情にも“売り切れ”のランプが点灯していた。


「うわ、マジかよ……エナドリ売り切れじゃん」


「……もしかして、ソレさ。」


燦斗が持っていた缶を見せる。まさに翔真が欲しかったエナジードリンクだった。


「コレ、最後の1本だったっぽい。……悪ィね?」


「……お前かよ、最後の一本!」


「ハハハ!タイミング悪かった?」


いたずらっぽく目を細めながら、手にしたエナドリを目の前で飲み始める燦斗。

 

「……しゃーねーな。サイダーでも飲むか。」


「へぇー……意外。怒るかと思ったのに」


「怒るほど執着ねぇよ、エナドリに。今日は練習ハードで疲れたから飲もうと思っただけ。」


「ふーん……そういうトコは前と違うね」


「……前?」


燦斗はすぐに答えず、口元に缶を当てて一口飲んでから呟いた。


「……なんでもない」


翔真はしばし燦斗を見つめる。

その表情の奥に秘められた何かを探るように。


「……お前、前から俺のこと知ってた?」


「さあね…!ちょっとからかっただけ」


「なんだそりゃ」


燦斗は笑ってその場を離れようとするが、ふと立ち止まって一言だけ残す。


「―でも、またすぐ会って話すんだろなって気はしてたよ。

何となく直感で。じゃ、またね」


「たしかにな。おう、またな、燦斗!」

 

そう言い残して燦斗は夕陽の中へと歩き去っていった。


(……ほんと癖ツヨだなアイツ。)


翔真はサイダーをごくごくと飲み干し、再び自転車に乗り早く家に帰ろうとスピードを出しながら坂道を一気に下った。  



――――

 


家に帰り着く頃には、すでに十九時を過ぎていた。

 

春の夜風はほんのり暖かく、桜もだいぶ散って、足元には花びらがまばらに残るだけになっている。

自転車を漕ぐ翔真の額には、部活終わりの汗がまだ残っていた。


木造の家の前に到着し、玄関先で自転車を降り荷物すぐに玄関の引き戸をガラリと開けた。


「翔真、おかえり〜」


玄関を開けてすぐ顔を出したのは、翔真の双子の妹――咲凪。

制服のまま、ソファに座っていたのだろう。まだ部屋着には着替えておらず、制服姿だった。

軽く髪をくしゃっとかき上げ、気だるそうにしている。


「おう。咲凪、ただいま」


「今日ちょっと遅かったじゃん。空手部二日目から気合い入りすぎじゃない?」


「まぁな。でもこんなもんだろ。剣道部はどうよ?」


「へぇ〜!剣道部はまだ本格的な練習には入ってないよ今日はずっと摺り足と竹刀振り回してた。」

 

「剣道部はゆるそーでいいな。」

 

「てか……ふふ。汗すご。お風呂先入ってきなよ。」


「…何笑ってんだよ。お前ほんと汗かきにくい体質なの羨ましいわ。じゃ、風呂先入るぜ」


咲凪との会話を終え荷物を置き、脱衣所へ向かおうとすると台所の方から祖母の声が飛んでくる。


「翔真帰ったのかい?おかえり。今夜は冷やし中華にしたよ。」


「ばあちゃんただいま。また春のうちから夏メニュー……。冷やし中華好きだからいいけどさ」


「今日はあったかかったからねぇ。食べる前に風呂入っておいで」


「うん、ありがと」


お風呂から出た翔真は、まだ火照る体をタオルで拭いながらリビングに戻ってきた。湯上がりの頬は少し赤く、濡れた髪から滴る水が首筋を伝う。


廊下には、出汁の香りと酢の酸味が入り混じったような、食欲をそそる匂いが漂っていた。


キッチンでは、祖母が台所に立ち、ガスコンロの火を止めたところだった。祖父はテレビの音をぼんやり聞きながら座椅子に座り、新聞をめくっている。


「風呂上がったー」


「お、いい湯だったかい?」


「うん。最高」


祖母が笑いながら、翔真の前に冷やし中華の皿を置く。キンと冷えた麺の上には、錦糸卵、きゅうり、トマト、蒸し鶏が彩りよく盛られていた。


「風呂上がりにはちょうどいいでしょう?今日は麺が安かったからねぇ」


「おー!……めっちゃうまそ。」


すでに咲凪と祖父は食べ始めていた。翔真も席につき、箸を手に取る。


「いただきます。」


麺を口に運ぶと、酸味のきいたタレと具材の食感が心地よく混ざり合い、一気に食欲が加速する。


「あー!んうま。」


「でしょ?」と咲凪がどこか得意げに笑う。


「ばあちゃん、今日はいつもより味しっかりしてるな。ちょっと店みたい」


「そう?あら、ちょっと嬉しいわねぇ。やっぱり食べ盛りがいると作りがいがあるよ」


祖父が「お前達も、もう高校生か……」と呟きながら、ちらっと目を細めて笑う。


「翔真の体格もよくなってきたしな。おまえのお父さんに似てきたな。咲凪も母さんに顔が似てきた。」


「そーなの?」

二人は顔を見合わせて同時に言った。

 

「そうよ」と祖母も相槌を打つ。


その言葉に、翔真は少しだけ手を止め、笑みを浮かべる。


「やっぱ親子って似てくるんだなー。」


「高校でも空手、頑張ってね翔真。咲凪も剣道応援してるよ。二人の試合観に行くからね」


「ありがとうばーちゃん。次の大会でも結果出すから、楽しみにしといてな!」


「私も頑張るよ!おばあちゃん!インターハイ目指すから!」


祖母はその様子に目を細めながら、「ふふっ」と小さく笑って味噌汁を箸でかき混ぜた。


その時、テレビからニュース速報が流れる。


『……ニュース速報をお伝えします』


祖父は箸を止め、身を乗り出すようにテレビに目を向けた。


『今日午後七時過ぎ、時環市十景町にある住宅街付近の路地裏で、女性と見られる人物が死亡しているのが発見されました。』

 

咲凪もニュースに反応し、顔を上げる。


「え、十景って……この辺じゃん」


「現場は人気のない住宅地の一角で、女性は仰向けで倒れており、心臓に焼け焦げたような痕が残っていたという情報も入っています。警察は事件性を含め慎重に捜査しているとの事です」


「焼け焦げた……?一体どがん状況やったとやろか」


祖父は顔をしかめながら、テレビ画面を見つめたまま言った。


「最近、ほんと変な事件ばっかりねぇ……」


祖母もどこか不安げな声でそう呟いた。


テレビの音が小さく響く中、食卓に重たい雰囲気が流れた。

 

翔真は静かにテレビに目をやる。

アナウンサーが淡々と事件の情報を読み上げていた。

しかし、彼は興味なさげな様子で、ご飯茶碗に手を伸ばす。


一方で、咲凪はご飯を食べる手を止めたまま、テレビを凝視していた。

画面の端に映る現場の映像や、アナウンサーの言葉にじっと耳を傾けている。


「……この前も時環で殺人事件あったよね……」

 

どこか心配そうな表情で、咲凪がぽつりと呟く。

 

「さぁ、美味しいうちに食べなさい」


祖母の声に咲凪は頷き、箸を取った。

箸で冷やし中華をつつきながら、ふと思い出したかのように翔真に話しかけてきた。

 

「そういえば、1-Cの黒埼って子。うちのクラスでもよく話題になってるよ」


「……咲凪、お前も知ってんのか。アイツ、そんなに有名なん?」


「昼休みに翔真が中庭で黒埼君と会話してるの見たんだよ。その時は私もめっちゃ驚いたし、周りのみんなも何話してんだろって見てたよ!」


「マジか。俺が話しかけられてた所、見てたのかよ」


「中学の頃から観栄で有名なヤンキーだったみたいで人に話しかけられても無視するし、性格もひねくれててめっちゃ感じ悪いらしいよ。」


「確かに、ひねくれてそうではあるな……」


「次話しかけられても絡むのやめなよ?なんか良くないことに巻き込まれて、せっかく特待で入ったのに空手部退部とかなったら嫌じゃん!」


「んなことなるわけねーだろ?心配しすぎ。」


「そー?ならいいけど。ちょっと気になったから。じゃ私宿題しなきゃ。ご馳走様でした!」


そう告げると咲凪は食器を下げて洗い、二階の自室へ上がっていった。

祖母は台所で食後に飲むためのお茶を沸かしている。祖父は布団を敷きテレビを見ながらうたた寝をしている。

 

翔真も食器を片付けて台所に運び、洗い終えると冷蔵庫から麦茶をとり、二階の自室へと向かった。

静かになった部屋の中、翔真は自分の部屋のベッドに寝転がりぼんやりと天井を見上げた。


ふと、今日の帰り道での燦斗とのやり取りを思い出す。


『ふーん……そういうトコは前と違うね』


あの時だけ、どこか気になる目をしていた。

――何かを探るような、そんな目。


「……たしかに、アイツ何考えてるか分からんし、怪しい奴ではあるけど、悪ぃ気はしないんよなー」


 

スマホの通知を一通り確認し終えると、翔真はそれを伏せ、電気スタンドの灯りをそっと消す。

 

 

部屋の明かりが落ちると、窓の外から入り込む月明かりのぼんやりとした光だけが、天井をうっすら照らしていた。


カーテンの隙間から、外の風が音もなく入り込む。春の夜風は柔らかく、昼間の熱気や疲れをそっとなだめるようだった。


「……今日は疲れたな〜」


翔真はそっと瞼を閉じた。

徐々に意識が遠のき、そのまま眠りに落ちていった。

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