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【3話】Famous

―四月二日、十六時頃。1-A教室にて。

 

放課後の静まり返った教室に、翔真の姿だけがあった。

 

 

「って、オレも入学早々、教室に置き忘れてきたから人の事いえねーんだよな笑」

 

熾埜と別れた後、翔真は教室に忘れたスマホを取りに戻っていた。

机の上からスマホを手に取ると、そのまま走って武道場へ向かう。


武道場に着くと、翔真は空手部の部室に入り、黙って道着の袖を整えた。

ゆっくりと深呼吸し、肩の力を抜いてから、廊下へと歩き出す。


「君が龍禧くんか! 今日からよろしくな!」

部長らしき先輩と顧問の教師が声をかけてくる。


「はい!龍禧翔真です。今日からよろしくお願いします」


部員たちが拍手で迎える。

彼は西日本大会での優勝者であり、全国でも名前が知られている有望選手。

入学前から噂されていた特待の逸材だ。


(……思ってたより熱烈な歓迎だな)


内心そう思いつつ、やや面食らいながらも、軽く会釈を返し、格技場へ足を運ぶ。

顧問や部長、他の新入部員との挨拶を一通り終えると、翔真は再び部室に戻った。


 

そのとき――


「おーおー、噂の推薦くんじゃねーか」

「……一年のくせに黒帯かよ」


わざとらしく聞こえるような声が飛ぶ。

 

一部の上級生が肩を組みながら睨んでいた。

中でも、最も刺々しい視線を向けてくるのは、二年の柿原だった。


だが翔真は、動じない。何も聞こえていないかのように、その場に平然と腰を下ろした。


やがて顧問が戻ってくると、部室は何事もなかったように静まり返る。


「ここにいる八人が、今日から正式な新入部員だ。

 本格的な稽古は明日からだが、今日は軽く手合わせでもやっておこう。もちろん全力はナシだぞ。今日は歓迎会なんだからな」


顧問がそう言うとすかさず、柿原が名乗り出た。


「先生、龍禧くんの相手、自分がしますよ」


「おお、柿原。頼んだ」


笑みを浮かべたその目は、

だが翔真は、その視線を真正面から受け止める。



稽古開始 ――

 


柿原が構えに入る。

翔真はゆっくりと立ち上がり、無言で一礼した。

姿勢に無駄がなく、静かに澱んだ空気を断ち切るような佇まい。


「──始め!」


最初の一撃は、柿原のスピード重視の突き。

だが翔真は、一歩も動じない。


すっ、とわずかに体を傾けるだけで避けると、反撃もせずに一歩下がった。


(力みすぎてる……本気で俺を“潰しにきてる”な)


翔真は相手に対し不信感を覚えた。


続く攻撃は、もはやスパーリングの域を逸脱していた。

寸止めの名を借りた実戦さながらの蹴りと突き。

空気がピリつき、部員たちが息を呑む。


「おい、やりすぎじゃ──」


その瞬間だった。



柿原のローキックが翔真の左脚めがけて鋭く振り抜かれる。

空気を裂く音とともに、地を這うような重い踏み込み。

 

しかし翔真は、まるで呼吸するように冷静に見極め捌く。


踏み込みざまのわずかな重心のズレを見逃さず、


胴に一撃をいれる。

 

「ッ!!」

 

重く、正確に撃ち抜かれたその突きに、柿原の身体が折れる。

ぐらりとよろめき、そのまま膝をついた。


「……っぐ……くそ……っ」


膝をつき、俯く柿原を横目に、

翔真は黙ったまま少し乱れた道着の袖を整える。


わずかに視線を落とし、俯いた柿原を一瞥すると、涼しい顔をして言った。

 

「……柿原先輩。お手合わせありがとうございました」


顧問と部長が間に入り、場をおさめる。

翔真は深く礼をし、そのまま無言で稽古場を後にする。


その背中を、他の部員たちが静かに見つめていた。


見開いた目で立ち尽くす者。

悔しげに奥歯を噛みしめる者。

握りこぶしを震わせている者。

ぽかんと口を開けたまま、ただ驚愕に呑まれる者――


恐れ、感嘆、嫉妬、敬意。

 

その場にいた部員たちは、色んな感情を抱きながらも、龍禧 翔真という存在を前にして、皆がその実力を確かに認めていた。


「やばい……格が違いすぎる……。」


誰かが、小さく呟いた。


 

 

――――


 

 

――翔真と別れた後、校門を出て一人で帰る熾埜。


通学路は人通りも少なく、空が茜色に染まりはじめていた。


バス停のベンチに腰かけ、制服のスカートをそっと整えながら、熾埜はスマホを取り出した。

お気に入りに入れてある都市伝説系まとめサイトをタップし、新着記事を開く。


 

『首都圏地下に眠る“もう一つの東京”──地下迷宮伝説の真相』


 

(あ、これ面白そう!)


読み始めた瞬間から、彼女の表情がほんの少しだけ明るくなる。


「都市伝説マニアの間で囁かれる“東京の地下世界”。

実在する地下鉄路線のさらに下に、未公開の空間が存在するという。

一説には、戦時中の要塞跡地、あるいは極秘研究施設の残骸とも……」


 

(こういうの、ほんとにあったら面白いのに)


熾埜は興味津々な様子で、画面をスクロールする。



「実際、関係者以外立ち入り禁止の通路や、突如ルート変更された地下鉄計画。

“開かずの扉”とされる区域も確認されており……」


 

記事には、誰が撮ったのか分からない古びた通路の写真がいくつか添えられていた。

奥へと続く鉄扉、誰もいない構内、壁に残る謎のマーキング。


すっかり見入ってると、遠くからバスのエンジン音が近づいてきた。


慌ててスマホをバッグにしまい、立ち上がる。


(家に着くまでまた一時間ちょっとかかるのかぁ……)


熾埜は少し憂鬱な気分になりながら、目の前で停まったバスに乗り込んだ。



――――

 


――翔真は部活を終えると、武道場の入口を出て、正門に向かう。

正門の前には、制服姿の瑛祐と橙理が先に来て待っていた。


「おっせーよ、翔真!」


腕を組んで校門にもたれかかっていた瑛祐が言った。

 

「お疲れ様!張り切るのはいいけど、稽古、やりすぎないようにね?」


橙理は少し心配そうな様子で翔真に話しかける。

 

「おーお疲れ!……まぁな。でもなんか、何も練習しないよりやってる方が落ち着くんだよ」


翔真は二人の方を見て、肩をすくめながら答えた。


「昔から空手バカだよなー。ストイックすぎ」


瑛祐が、からかうように言う。


「橙理からならまだしも、瑛祐に言われたくねーよ」


翔真はすかさずそう返すと、ワザとらしく溜息をついた。

 

「何でだよ!!」


瑛祐が思わず声を上げる。

二人のやり取りを聞いていた橙理は、ははっと笑っていた。

 

三人は肩を並べて坂道を下っていく。

傾きかけた夕陽が、制服の裾をやさしく照らしていた。

しばらくして、不意に瑛祐が足を止める。


「……なあ、あれってさ」


彼の指差す先――坂道の下にある自販機の前に、一人の男子生徒がいた。


制服はラフに着崩し、ネクタイもゆるゆる。スラリとした高身長で、派手な緑色の髪に両耳につけたピアスが揺れている。


「……噂の黒埼 燦斗(くろさき さんと)じゃねーか?」


瑛祐は、坂の下にいる男子生徒を見ながら、少し声を潜めて言った。


橙理はスマホをいじる手を止めて、ちらりと坂の下を見ながら言った。

 

「あー。モデルやってるんだっけ?雑誌の表紙飾ったこともあるとか……」


橙理の話に食いつくかのように、瑛祐が話を続けた。

 

「あの見た目で成績トップとか、マジ意味わかんねぇ…中学じゃ素行悪かったって噂だし」

 

「特別推薦だったから、入学式の挨拶とか頼まれてたらしいけど……断ったってさ」

 

「マジかよ……しかも、あんなオーラあんのかよ!同じ一年とは思えねー、近寄りがたすぎる」


瑛祐は腕を組み顔をしかめた。

反対に橙理は、少し興味があるような眼差しで彼を見ている。

 

「ふーん。まぁたしかに、同じ一年って感じはしねーな。」

 

翔真は、そう呟くと、坂の下の方をちらりと見た。

 


その瞬間、彼――黒埼 燦斗が振り向きざまにこちらへ視線を向けた。

 

遠くからでも分かる鋭い眼差し。互いの視線が交差する。


翔真と視線がぶつかった後、燦斗はスっと目を逸らした。

 

自販機の前で、しぶしぶ財布を取り出し

小銭を投入すると、勢いよくボタン押す。

缶が落ちてくると、小さく舌打ちして、再びコーラのボタンに手を伸ばした。

 

「ァー。なーんで俺がアニキのコーラ買って帰んなきゃなんねーのって話!しかも三本!」

 

そう文句を言いながら、買ったばかりのコーラをリュックに詰め込むと、その場を去っていった。



坂道を下りきった所で、燦斗はふと足を止めた。

リュックの中で、コーラの缶がカラン、と小さくぶつかり合う音がする。

 

――三人いたうちの中の一人、視線が合った男。

 

初めて会ったはずなのに、前から知ってるかのような何処かで見た気がするような、そんな感じがした。


(……最近、こういうの多いな。デジャヴってやつか?)

 

燦斗は首をぐいっと横に傾け、少しだるそうに肩を落とし片手を首に添えて呟いた。


「……マジで、調子狂うわ」


風が吹き抜ける。長めのチェーンピアスがわずかに揺れた。

手を下ろし彼は再び歩き出すと、坂の下にあるバス停へと向かっていった。


 

――――


 

 

――その夜、誰も知らない場所で、“何か”が動いていた。


時環市の郊外、山裾にある立ち入り禁止の区画。

 

その中には、外壁の崩れた診療所跡地と、裏手には、かつての旧道があった。

草に覆われた斜面の先には、戦時中に使われていたとされる防空壕の入口が、ひっそりと残ってあった。


地元の者すら忘れかけているその壕は、誰も近づくことは無い。

封鎖されたはずの鉄扉には、新たな機械式のロックが設置されていた。

扉の先には、戦後の時間が止まったままの薄暗く、空間が続いていた。

 

 

その最深部には、コンクリートの壁に囲まれた巨大な空洞が広がっていた。


青白い光を放つ何本もの発光管が、天井から垂れ下がっており、壁や床に張り巡らされていた。

 

その中心には、円形の“台座”があった。


台座の上には、菅のようなものが鎮座している。

空間内には低く、鈍い脈動音が響いていた。

 


菅の周囲には、等間隔で六つの石碑のようなものが立っていた。

それぞれに、解読不可能な文字が刻まれており、所々が赤黒く染まっている。

 

天井に空いた“裂け目”のような溝からは、何かの液体がゆっくりと滴っていた。



謎の人物が、スっと暗闇の奥から姿を現す。


その人物は中央まで進むと、静かに立ち止まった。

ゆっくりとしゃがみ込み、菅の中央部に手を添える。



その瞬間――ぽつり、と一滴、赤黒い液体が垂れる。


液体は、管の継ぎ目に沿って静かに広がっていく。


浮遊する赤黒い組織片が、互いに引き寄せられ、融合し、脈打ち――やがてそれは形成し始める。


心臓のようでもあり、脳のようでもある、何か得体の知れない“臓腑”のような物。


謎の人物はそれを、恍惚とした仕草で見つめていた。


菅の表面に貼り付いた有機的な組織が、じゅわ、と音を立てて溶け始める。


謎の人物は顎に手を据え、僅かに首をかしげるようにして、かすかに微笑む。


ゆっくりと立ち上がると、懐から黒い薄型の端末を取り出した。

画面に表示されている連絡先から、ある人物を選んで電話をかける。

通話が繋がると、手短に報告する。


「生成完了。器は見つかったか?」


通信端末の向こうから、くぐもった声が返ってきた。


『了解。ちょうど今、見つけたところだよ』


謎の人物は目を細める。


「……直ぐに運ばせる手配をする」


『頼んだよ。ゆっくり待っとくから、そんなに急がなくてもいい』

数秒の沈黙ののち、謎の人物は無言で通話を切った。


端末を直すと、再び薄暗い空間を振り返り、脈動する臓腑を見つめる。

かすかに口元を歪めて、嗤うとその場を後にした。


残された菅の周辺は、まだ不気味な音が鳴り続いている。


ゴウン……ゴウン……


やがてその音は、どこか人の鼓動に似たリズムへと変化していった。

挿絵(By みてみん)

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