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【27話】Stray night

金色の光を纏ったシャンデリアが天井から下がり、会場全体を柔らかな輝きで満たしている。

 

軽やかなクラシック音楽は止み、グラスの中の氷が溶ける音すら響き渡るような静寂に包まれていた。


誰もが息を呑み、台座の上に置かれた授命核に釘付けになっている中、競売人である黒い傘の男が、ゆっくりと穏やかな口調で告げる。


「……では、本品の開札価格は一千万円より。ご入札希望の方は、挙手をお願い致します。」

 

 

競売人の声が会場に響いた瞬間、壁面のパネルが切り替わる。


【授命核】

【開札価格:一千万円】


白い文字が、黒背景に浮かび上がった。

壁面に浮かんだ【一千万円】の文字を前に、会場全体が静まり返っていた。


誰もが息を潜めたまま、視線だけを壇上に向けている。


しかし――誰も手を挙げる者はいなかった。


金額ではなく、手を出していい代物なのかという未知なるものに対しての恐怖と、


日本人特有の“誰かが先に名乗り出るまで様子を見よう”という雰囲気が会場一帯に漂っていた。 


競売人は一拍置き、静かに息を吸い込むと、口を開いた。


「……一千万円から。如何でしょうか?」


依然として落札希望者は名乗り出ない。


椅子を引く音すら(はばか)られるほどの冷たく重い沈黙が続いている。


仮面をつけた客人達のその目の奥には、確かな恐れが宿っていた。 

 

軽く口を覆い、隣と囁き合う者、目を逸らすようにグラスを傾ける者。

笑っていた者の表情も凍り、誰もが沈黙の中で、他の誰かが手を挙げるのを待っている。

 

静まり返った中、競売人は一歩前に躍り出た。

仮面越しの視線が、静かに客席を一掃するように見渡す。


「……皆様のご懸念、重々承知しております。

この品の魅力を、言葉のみでお伝えするには、いささか不親切でございました。」

 

彼が手を挙げると、壇上背後の巨大スクリーンが静かに暗転し、画面が切り替わる。


「――では、実際に……この授命核(コレウム)が如何なる力を宿すものか、皆様にご覧いただきましょう。」

 

その言葉と同時に、パネルに映し出されたのは、暗い研究施設のような空間。

天井には冷たい白色の蛍光灯。

その下、中央の拘束台に一人の若い青年が縛り付けられていた。


両手両足には太い固定具。

胸元には心電図モニターが取り付けられ、波形が不規則に揺れていた。


静かに近づく白衣の手。

無言のまま、注射器のような器具が持ち上げられる。


器具の中には漆黒の液体、授命核から抽出されたものが入っている。


注射器のようなものが青年の胸部中心、心臓付近へと、迷いなく突き立てられた。



――そして十数秒後。



突然、彼の身体が異常なまでに跳ね上がった。

拘束具が軋むほどの激しい痙攣。

目は裏返り、口から泡と血が混じった液体を吐き出す。

腕から首筋にかけ、血管が浮かび上がり、黒く染まっていく。


場内のスピーカーからは、ノイズ混じりの絶叫が鳴り響いた。


「ッ……あぁああああ……ッッ!!」


その光景に客席の何人かが、思わず身を引く。

手元のグラスを落としそうになる者もいた。


だが――映像は、まだ終わらない。


不自然に途切れる音声。

モニターに映る心拍数は、異常な速度で振り切れ、数値が赤く点滅している。


青年の全身が、一度完全に停止したかのように静まり返る。

呼吸も脈も途絶えたように見えた。


しかし、次の瞬間――彼の瞳が、静かに開く。

白目だった眼球が、ゆっくりと黒く染まり、瞳孔が紅く光った。


力を込めると、拘束具が音もなく外れる。


青年は立ち上がり、無言のまま、隣にあった金属製の机へと手を伸ばした。


その直後――。


拘束されていた男は、指一本動かすことなく、鉄製の机を宙へと浮かび上がらせた

 

重さ数十キロはあろう代物が、軋む音すら立てずに宙へと舞い上がった。


衝撃音と共に机は壁際へと叩きつけられる。

鉄が歪み、鈍い衝突音が場内のスピーカー越しに低く響いた――。


その場面で、映像は途切れた。

僅かな照明だけが壇上を照らしている。

競売人は、静かに両手を広げた。

掌をわずかに開き、空へ捧げるように掲げたその姿は、観衆へ何かを問いかけるかのようだった。

 

そして、仮面の奥から低く静かな声が響く。


「……如何でしたでしょうか。」


その問いかけに、場内から返る声はなく、

ただ沈黙だけが深く、重たく会場を包んでいた。


「今ご覧いただいたのは、あくまで一例に過ぎません。」


わずかに間を置き、競売人はゆっくりと客席へ視線を巡らせながら話続ける。


「この授命核(コレウム)は、“選ばれし者”にのみ応える。適合すれば、常識を凌駕する力。

しかし、選ばれぬ者には――破滅だけが待つ。」


言葉を発した後、競売人はわずかに顎を引き、胸元で組んでいた両手を、静かにほどく。

そのまま片手を、目に見えぬ何かを撫でるようにゆっくりと前へ差し出した。


「……さて、競売を再開致します。改めまして、一千万円より。如何でしょうか?」


再び会場の壁面パネルに【一千万円】の数字が浮かび上がる。


先ほどまで以上に、張り詰めた沈黙が会場を覆っていた。 

誰もが息を潜める中、一人の声が会場に響いた。


「……一千五百万。」


場にいる殆どの人間が、誰の声かを理解していた。


――黄 黎唯。


彼は中央の特等席に座りワイングラスを持ったまま、笑みを浮かべていた。


何の迷いも、躊躇もないままに。

その横に立つ燁羅もまた、一切の反応を見せなかった。

「……一千五百万円、承りました」


競売人の声が、かすかに響く。


「他にご入札の方はいらっしゃいませんか?」

 

会場はザワついていたが、誰も名乗りを上げなかった。


……カン。


澄んだ金属音が、ホールに響き渡る。

競売人が、静かに告げた。


「一千五百万円にて、落札。──黄様にて、確定と致します」


その声が響いた瞬間、壇上のライトがゆっくりと落ちる。

仄かに鈍く光る授命核を収めたスーツケースの蓋が、静かに閉じられた。

 


会場の空気は、沈黙に包まれたまま動かない。

誰もが言葉を失い、ただ、特等席に座る、黄 黎唯の背中を見つめていた。


横に立っていた燁羅は、恐怖とも嫌悪ともつかない表情で、黎唯を見つめていた。


「黎唯……貴方、正気なの?」


その言葉に対する黎唯の反応は、静かだった。


ゆっくりとグラスを置くと、足を組み直しながら肩を軽くすくめる。

 

「……呵呵フフ)


その声音に重さも焦りもない。口元には冷たい笑みが浮かんでいた。


黎唯はゆっくりと顔を上げた。


そして、燁羅の顔を見ることなく、前を向いたまま静かに呟いた。

「アレを使うのは――俺自身じゃない。」


その言葉を受けた燁羅は、しばし無言のまま佇んでいた。

だが次第に、紅の唇をわずかに歪める。


彼女は黎唯の一言で、すべてを理解し、既にその先を見通したかのような、笑みを浮かべていた。

 

次の競売品の紹介が始まった。

会場に流れていたわずかなざわめきが、また静寂に飲まれる。


黎唯は視線を誰にも向けぬまま、ただ前を見据えていた。



――――

 


――二十一時半過ぎ、港湾地区。

 

街の喧騒から外れたこの場所は薄暗く、人気もない。

冷えた潮風が吹き抜ける中、宰とユンは並んで歩いていた。

しばらくして、宰がポケットに手を突っ込んだまま口を開く。


「なぁ、ユン……今回の情報、どこから仕入れてきたと?」


ユンは宰の方は見ずに、前を向いたまま答えた。


「……中華街の、情報屋から。」


「情報屋…??」


ユンは一瞬だけ足を止め、仮面越しに宰の方へわずかに視線を向けた。

だがすぐにまた前を向き、歩き出ながら話し始める。

 

「そう。表向きは薬屋兼茶屋の爺さん。昔、師匠とも取引してた。我も何度か世話になったことがある。」

 

「誰の味方かは、その時次第……けど、金さえ払えば確実な情報は売ってくれる。」

 

宰は眉をひそめ、ため息混じりに続ける。


「おい、大丈夫なんかそいつ……。」


ユンは肩を軽くすくめ、淡々とした声で返した。


「信用はしてないさ。ただ、使えそうな奴は使っとくだけ。來獄天の情報はあまり表に出回らないから。」


ユンの話を聞き、宰は小さく鼻を鳴らした。

それ以上何も言わず、二人は無言のまま突き進む。

 

海岸沿いの道をさらに奥へと進むと、道は次第に開け、倉庫とコンテナが無造作に積み上げられた場所へと辿り着いた。


「……ここか?」


その問いかけに、ユンは無言で頷いた。

宰はキョロキョロと周囲を見渡す。だが、目立つ入口や扉は見当たらない。


「行き止まりみたいやし、倉庫とコンテナしか無いけど……。」

 

戸惑う宰を横目に、ユンは無言のまま歩を進め、コンテナとコンテナの隙間へと入り込んでいった。

 

彼の行動を見て、宰は少しだけ驚いた様子で眉を上げた。


「……ハイハイ、そーいうことね」

 

目を伏せながらフッと笑い、仮面を指先で軽く整えると、ユンの後を追ってコンテナの隙間へと足を踏み入れた。

 

狭い隙間を横向きになって進み、時折しゃがみながら通り抜けていく。


 

少し進むと、雑草の生い茂る広い空間に出た。

ユンは後から来た宰を振り返り、静かに前方を指差す。

 

「……ここ。」

 

――その先にあったのは、古びた倉庫の裏側にある誰にも気づかないような鉄格子に囲まれたエリア。


「こんな場所、普通気づかんやろ……」

 

宰は苦笑しながら、ユンの後ろ姿を追う。


二人は鉄格子の前で止まった。足元には砕けたガラス片とゴミが散らばっている。

 

「で……ここから、どうすんだ? ぶっ壊すか?」


宰が少しふざけながら言っている傍で、既にユンは鉄格子に手を伸ばしていた。


指先が、ゆっくりと鉄製の棒をなぞる。


「……言うまでもないな」


そう呟くと、ユンはそのまま片手で鉄格子を握った。


普通なら、素手で簡単に曲がるはずもない鉄格子が、あっさりと握り潰され、ぐにゃりと歪んだ。


その様子を見て、宰は少し呆れた口調で呟く。

「おいおい……そんな分かりやすい侵入の仕方していいんか?」


「監視カメラもないし、問題ない。指紋さえ残さなきゃ大丈夫」


ユンは軽く言いながら、両手で強く格子を握り、押し開けた。

錆びた音と共に、鉄格子は左右に開いていき、人が一人分通れるほどの隙間が空く。


二人は開いた隙間を通り抜け、鉄格子の中へと足を踏み入れる。



その奥には、重厚な鉄扉がひっそりと佇んでいた。

扉は少し朽ち果てており、手入れの跡もなく、封鎖された後、この場所には長い間誰も訪れていなさそうだった。

 

「……如何にもな扉やん。こういうの、嫌いやないけど。」

 

扉の前まで来ると、ユンは仮面に軽く手を添えた。すると微かに淡く光り、狐面から紅色の面に変わる。


彼の指先が錠の中心をなぞるように滑ると、そこからピキっと黒い亀裂が走り、重厚な錠前が内側から砕けるように崩れ落ちた。


しかし年季の入った錆び付いた扉は、軽く引いただけではびくともしなかった。


ユンが力任せに手前へ思いっきり引くと、扉はガガガ……と鈍く重たい音を立てながら、ゆっくりと開いていった。

 

奥から冷たい地下の空気が流れ込んでくる。

ポケットから小型のライトを取り出し、中を照らす。


薄暗いその先には照明もなく、地下へと続く階段が、下へ下へと伸びていた。

 

剥き出しのコンクリートと、湿った鉄骨。天井は低く、先の方は真っ暗で何も見えない。


「うわ、暗っ。雰囲気悪すぎ……。」


宰が低く呟くと、ユンは笑うように肩をすくめた。


「でも、こういう所嫌いじゃないでしょ?」


「こういう場所は嫌に決まっとるやろ……」


二人はライトの灯りだけを頼りに、ゆっくりと下へ進んでいく。

ところどころ崩れかけた箇所や、湿気で黒ずんだ染みが壁や床に浮かんでいた。


階段を降りていくと、大きな空洞のあいた地下トンネルのような場所に出る。

湿気と埃、そして錆と血のような、鉄臭さが混じっている。


二人はライトの明かりだけを頼りに、ゆっくりと前へ進んでいく。


コンクリートの壁はひび割れ、天井の配管からは時折、ポタリ……と水滴が落ちる音だけが響く。

それ以外の音は一切ない。


「マジでこんなとこ、絶対一人で来たくないな……」


宰が苦笑混じりに言った、その時――


後ろから誰かの気配を感じた。


「……ッ!?」


思わず振り返ると、すぐ真後ろにユンの顔。

仮面を軽くずらし、目だけで笑っていた。


「ふふ……その顔、面白いな」


「ユンお前……ふざけんなッ!バカ!」


宰は舌打ちしながら、肩をすくめた。


「……心臓止まるかと思ったわ」


「相変わらずビビりだな、ツーチャンは。」


「……うるせー!今のはお前が悪い!!」


小さく溜息をつくと、宰は再び前を向いた。


カラン、カラカラカラ……


奥の方で、缶のようなものが転がるような音がした。

二人は同時に立ち止まり、静かに息を潜める。


「……おい、今の聞こえたか?」


宰が低く呟くと、ユンはわずかに頷き、ライトを手元で握り直した。


二人はゆっくりと前へライトを向ける。


コンクリートの壁、錆びた配管、ひび割れた床。

特に何もなく、誰も居る様子は無い。


「……気のせい、か?」


宰の額には僅かに汗が滲んでいた。

何度も後ろを振り返ったりして、明らかに落ち着きがない。

「……慎重に行こう。」


ユンが静かに告げると、二人は再び歩き出す。

その足取りは先程までより、さらに重くなった。

しばらく進むうちに手元のライトが、床に広がる何かを照らし出す。


「何だ……?」


異様な光景に、宰は眉をひそめた。


床のあちこちに飛び散っている生々しい赤黒い色。


床だけではない。

壁面にも、手形のような、引きずった後にも見える血痕が点々と続いていた。


その傍には、何か金属片のようなものや、裂けた布切れやプラスチックの破片が無造作に散らばっている。


ユンは無言のまましゃがみ込み、その中から黒く煤けた金属片を指先で摘んだ。

ライトを照らし、じっと金属片を見つめる。

焼け焦げたような跡と、わずかに曲がった形状。


何か文字が書いてあるが、掠れてしまって読めない。


ユンは金属片を指先で軽く弾いた。

カキン――と、甲高い金属音が静寂の中に鋭く響き渡る。

  

「おい……流石に、ちょっと…ヤバい気がするんやけど。これ以上先に進むのやめねー……」


宰が警戒しながら、ユンに話し掛けたその時だった。


グゥ……ゥ……ッ……


獣の唸り声のような音が、暗闇の奥から微かに聴こえた。

二人は咄嗟にライトを音のする方へ向け、辺りを見回す。

 

だが―何も異変は無い。


「……………。」

息を殺し、もう一度周囲を確かめようと、振り向いた瞬間。


「ッ……!」

 

宰の目の前に正体不明の影が飛びかかってきた―。

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