間章 『夜空の地層が連なり』
逸話がある。
数百年も昔の話だ。今は島樹の国が統一して治めるこの大陸にも、かつてはいくつもの小国が軒を並べていた。その上で、どの国も欲しがらない空白の地域が存在した。
大陸の東端、海と錯覚するほどに大きな川で隔たれた不毛の未開地区だ。動物はおろか植物も根を張ろうとしない。虫も湧かない。生命の息衝くことを拒んだその地は接近すら疎まれ、誰も寄り付こうとしなかった。
いつからか、近隣の国々はゴミと罪人をその地に捨て始めた。特に打ち合わせたわけでもない。ただ、誰もそれ以外の活用方法を求めようとしなかった。
その地は、絶望と殺意を栄養素として溜め込んだ。死屍が山脈を築き、血液が河谷を彫り、汚物が森林を成した。
いつかの時代のどこかの国の誰かの子が、あの川を越えたいと思った。そして成長し、肉体が全盛期に差し掛かったところで彼は両親と恋人を殺した。
彼はただちに件の流刑地に送られた。そこで争い合った死体を食べて腹を満たした。脱出に失敗して血で濁った川の水を飲んで喉を潤した。命の残り物を啜る度に、自分ではない何かが頭のなかに入って来るのを感じた。
そうして、八十七の夜を費やしてその地に蔓延っていた死を平らげると、彼は自身が不思議な力を持っているということに気付いた。
死は川を越えて大陸を覆った。新たな王と国と法が生まれた。
それぞれ魔王、八十七夜、魔法と呼ばれる呪いの誕生だった。