第十一話『罪人』
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「——要するに、この世界は同じ時代を何度も繰り返してる。そうして失われた記憶が俺や人々を惑わしたんです」
「その話を、信じろと?」
「信じてもらえるかは分かりません。ただ、これが俺の本心です」
全部、話した。
俺が経験して感じたこと。そこには状況をより悪化させるような情報もあった。それら全てを明かすことに意味があると信じて。
「だが結局、君が人狼だということには変わりないわけだ。しかも魔王と同じ顔をしていたと。……はぁ、頭が痛いな。君が単純に呪いで姿を変えられただけの本物の勇者、なんてオチを期待していたんだが。じゃあ聞くが、魔王に化けた理由は? 誰を騙そうとしているんだ?」
「俺自身に誰かを騙す意思はありません。異言爺の降ろした霊の言葉を借りるなら、次の時代の魔王として造られた存在なんだと思います。あれが過去の魔王なのか、側近のようなものかは分かりませんが」
そもそも、数百年前から恐れられている魔王が、今まで世代交代を行ってきたという話もなければ、側近に類する組織体系を築いたという話もない。
両親の顔が脳裏によぎる。俺は、あの人たちの間に生まれた子だ。それを疑いたくはない。しかし体が人狼だと判明した以上、まだ何か隠されていることがあるはずだ。この記憶は、はたして本物だろうか?
団長が手を顎に当てて考える。
「君が本当に、途中から偽物に入れ替わったわけじゃないとしたら……君は自分の正体も知らずに人として育ち、勇者に祀り上げられたってことかしら? なら、勇者信仰の信憑性も怪しくなるわよ。祭礼の剣の伝説は魔王に仕組まれたとでも言うの?」
「だが、そこまで王国に潜り込むことができるなら、さっさと滅ぼしてしまえばいい。やり直しだってそうだ。アキラが魔王に会ったという記憶のなかで、王国は魔物や魔王の侵攻を受けていたように思える。勇者がいない未来でそれを食い止めることは困難だろう。でもその未来はなかったことにされた。どうしてだ?」
「それは、王国を滅ぼすことが真の目的ではないからだと思います。ここからは俺に都合の良い推測ですが——おそらく魔王は、後継者を欲しました。だから人狼で自分の分身を作り、記憶を消して人間として王国に潜ませたんです。勇者信仰も魔王に利用されたんでしょう。伝承を信じた人々は勝手に俺を勇者に仕立てて魔王のもとへ送ってくれます。でもそれは簡単なことじゃない。何度もやり直して邪悪な記憶と感情を溜め込めば、いずれは魔王を倒せるほどの強さを持っていながら人類に仇為す存在が生まれる……それはまさに次の魔王に相応しい存在です」
「王国は、後継者を誕生させるための道具だった……ということか」
沈黙が重く漂う。突拍子のない話だ。王国の歴史が覆り、信仰心の拠り所をあやふやにする話だった。本来ならば一考にも値しないはずの内容だ。
それを根気強く噛み砕いて聞いてくれているのは、ひとえに彼らの優しさゆえだ。俺はこの状況に甘えず、本当の信頼関係を再び築く必要がある。
「正直なところ、にわかには信じがたい話だ。ただ……私は君を信じてみたいと思う」
「副団長⁉」
一部の団員たちが甲高い声を上げる。彼らにとっては、人でないことが確定した俺に猶予を与える意味などないのだろう。人類の存続を目的とする騎士団の規律に従うのならばそれが正しい反応ともいえる。
いや、諦めるな。まだ、彼らをも説得する術は存在するはずだ。今すぐでなくてもいい。俺にはその選択の余地がきっとある。
「ただし条件が二つある。一つ、君をこの遠征から外す。魔王を討伐するまで、君の身柄は王城の監獄で拘束する。魔王は……私たちでなんとかするさ」
「……戻って来ることは、できますか」
「君の中身が、恐ろしい獣の外皮とは違うということを証明できたのなら……その時には、機会を与えてもいいと私は考えている」
あらゆる行動に制限がかかる監獄の中では、身の潔白を証明することなど困難を極めるに違いない。不可能に近い話だ。ただ、その言葉の裏側に何か意図的なものを感じた。
ヒロミさんは剣をしまい、無言でアサヒの方を見やる。
「そしてもう一つの条件だ。もし出られたとしても君には監視を付ける。常にアキラを見張り、いざとなった時に対応できる人材……それはアサヒ、君しかいない。君が嫌だと言うのなら、この提案は破綻する」
「……っ」息を呑む音がする。「わ、たしは……」
「ちょっとヒロミ! どうして、わざわざ罪悪感を煽るような言い方するの!」
「すまない。だがアサヒに決めてもらうしかないんだ。私は、アサヒ越しにアキラを信じる。それが対外的にも説得できる最低限の条件だと考えているからだ。もし代案があるなら聞こう」
団長とヒロミさんの視線がぶつかる。その間をいくつかの感情が行き交い、先に折れたのは団長の方だった。ため息を吐き、アサヒの肩に手を置く。アサヒはその手を握った。
瞳は、俺を真っ直ぐに見る。それだけで少し救われた気がした。
「私は……アキラを、信じたいです」
ヒロミさんがほっと胸を撫でおろす。すぐに顔を切り替え、大きな声で号令を放つ。
「決定だ。これより月次アキラを王城にて監禁し、私たちは遠征を続行する! ユナ、転移の準備を」
「は、はい!」
ユナが緊張した面持ちで近付いて来た。第四分隊長の彼女は、王国で唯一といってもいい特異な祝福を持っている。それは頭の中で思い描いた場所に移動できるというものだ。移動先の景色を鮮明に記憶している必要があることと、物や人を同時に運ぶ場合はその対象についても細部まで把握していなければならないことが条件として存在する。日常で使うことは難しく、騎士団の組織的な運用でなんとか形をなしているといった感じの能力だ。
「ごめんなさい、アキラさん。こんなことになるなんて……」
「いや、ユナが謝ることじゃないよ。これはきっと、俺がつけなきゃいけないケジメだ」
隊列を組み直し、再出発の準備が整ったところで俺は話しかける。
「ヒロミさん。団長。ありがとうございます。アサヒにも一言伝えてもらえたら助かります」
「まだ、信用したわけじゃない。それを決定づけるのはこれからの君次第だ」
「それだけでも、もう十分なほどですよ。やっぱり話してよかった」
実際に起きていたかもしれない可能性の未来を思い出しながら、頭を下げた。だが、ここを離れるということ以外にも気がかりがある。
「気を付けてください。俺の記憶に釣られたせいだと思いますが、未確認の魔物が接近する可能性があります。もし遭遇しても戦闘は避けてください」
「君が記憶のなかで見たという魔物だね? 騎士団としてはなるべく積極的に対処したいところだが……一応、心に留めておくよ」
「その魔物の手を借りて脱獄しようだなんて考えないことね」
「それは……言わない方がよかったんじゃないですか」
「王城の監獄を甘く見てるの? 力業でどうこうできる場所じゃないでしょ」
今の発言で確定した。やはり、この二人は優し過ぎる。世界の命運を背負って正義を掲げるには、あまりにも人が良い。
あるいは、だからこそ、なのだろうか。
「第一分隊長の席は空けといてください。俺は戻って来ます。絶対に」
これに答える声はなかった。二人の背中が、騎士団の旗印が大きく翻る。
「アキラさん。手を」
「うん」
ユナの手を取り、最後に、俺はアサヒの姿を探した。
横顔を捉える。彼女が視線に気づき、振り向こうとした瞬間に景色は移り変わった。