芸術家のみを狙う悪魔
一人の高名な画家が寿命によって死に瀕していた。
ある夜、浅い呼吸を繰り返して眠るその脇にするりと音もなく悪魔が姿を現すと画家に話しかける。
「もしもし。あの日の約束の通り、あなたの魂をいただきに来ましたよ」
画家はその言葉に薄く目を開くと悪魔の顔を見て小さく微笑み、そしてゆっくりと首を縦に振った。
「ええ、約束ですからね」
画家の言葉が終わるが早いか悪魔は画家の体から魂を抜き去る。画家の魂はなんの抵抗もなく悪魔の腕に収まる。悪魔は優しく彼の魂を抱くと地獄へと運んでいった。
地獄へと戻った悪魔は同僚に声をかけられる。
「また芸術家の魂をとって来たのか。どうやったらそんなに芸術家の魂ばかり集められるんだ?」
その言葉に悪魔はなんでもないような顔をして答える。
「悪魔らしく甘言を弄しているだけさ」
そうして悪魔は次の獲物を見つけるために地上へと向かっていった。
地上では一人の若い画家が打ちひしがれて項垂れていた。自信作だった絵を批評家たちによってまったく良いところがないと貶されてしまったのだ。
「やっぱり僕には才能がないのかな……」
自分の描いた絵をぼんやりと眺めいたがやがてなにかを決心したように立ち上がると筆を手に取り、それを横に持って力を込める。
「へえ。いい絵を描きますね」
文字通りに筆を折ろうとしていた画家の耳に突如としてそんな声が聞こえてきた。
振り返った画家の目に、キャンバスを覗き込む男女どちらとも取れる一人の人物が飛び込んできた。先ほどまでいなかったはずのその人物はしげしげと絵を眺めると唇の端を上げて微笑み絵の一角を指した。
「特にここの色合いが良い。優しい色なのに力強い」
そこは画家が特にこだわった箇所だった。
それに気が付いた画家は思わず涙をこぼす。
もう間もなくしてこの若い画家は大成することになる。
悪魔として、そして彼の最初のファンとして、悪魔はその成功を眺めて楽しんでいた。
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