65 妻子と婚約者たちのその後
バナジアとジルコニアは、救出されて直ぐに、迎えの馬車によって運ばれて行った。
三吾からの連絡で、兄イットリュウが寄越したものだったが、その馬車にオキシロ家の紋章は無かった。
クトロ公国で起こったクーデターは、決起と同時に鎮圧されていた。
そこにオキシロ家の情報が役に立ったことは、言うまでもない。イットリュウは迅速かつ的確に、全てを進めたと言うことだろう。
母娘の行き先は、エレ郊外にある修道院だった。
バナジアは離婚されクーデターを起こした首謀者の妹だと言うことで、そこに幽閉される沙汰が降りていた。ジルコニアの方は、反逆者の姪ではあるが、鎮圧に多大な功績があったオキシロ家の申し出により、幽閉を免れて父親の方に引き取られるという。
母と娘にとっては、急転直下のような運命の変化だが、それをどう受け入れて生きてゆくのかは本人たちの問題だろう。
仮橋を渡って戻って来たエルオリーセを、三吾は飛びつくようにして抱きしめた。
「お帰り、リーセ」
「ただいま、三吾」
2人はギュッと抱きしめ合うが、直ぐにその場を離れた。周囲の人々は、大貴族の奥方様とご息女のお世話に忙しく、彼らに注目する者はいない。
三吾は急いでエルオリーセを村の食堂へ連れて行き、先ずはしっかりと食事を摂らせた。
「やっぱり少し痩せたね」
宿に戻って部屋のソファーに腰かけた三吾は、隣にエルオリーセを座らせて肩を抱く。
「この季節だと、森の実りも少なくて・・・」
彼女の声を聞きながら、その頬にそっと手を置いて優しく撫でる三吾は、漸く傍に戻って来た愛しい存在を確かめた。
そんな彼の腕に、エルオリーセはそっと手を置く。
「三吾は、何だか逞しくなったような」
触れた彼の腕は、硬い筋肉が付いている。身体全体が、ひと回り大きくなったような感じさえした。
「ああ、君を待っている間、復旧の手伝いをしてたからかな。少しでも役に立ちたくて、それに、ただジッと待ってるより気も紛れるしね」
彼女が腕を撫でてくる感触が、嬉しくて心地良い。
「いつも、待たせてばかりで・・・ごめんなさい」
「でも、無事に戻ってきた時の喜びは、何ものにも勝るから」
そんな甘い会話も、エルオリーセの眠気を吹き飛ばすことは出来なかったようだ。眠そうな彼女に気づいた三吾は、もう休んだ方がいいと彼女をベッドに促す。
そして、同じように眠そうなアルバに向かって、真面目な口調で頼み込んだ。
「アルバ、悪いけど今晩は、寝場所を交替してくれないかな?」
せめて、彼女を腕の中に閉じ込めて眠りにつきたい。
そんな三吾の想いを理解したらしいメタモルファルは、セミダブルのベッドの片方を1匹で悠々と使って寝ることにしたのだった。
暫くカーボ村で疲れを取った方が良いのではないかとと言う三吾に、ひと晩ぐっすり眠って回復したらしいエルオリーセは、レーエフに帰る方がいいと主張した。
冬の長期休暇は、もうそろそろ終わりを迎える。2週間も、予定外のアクシデントで過ごしてしまったので、あまり日数の余裕が無いのだ。
そこで2人は、村を発って自宅に戻ることにした。
馬車の中で、エルオリーセは三吾に話しかける。
「いつも私が飛び出して行って、三吾をその間待たせているのって、申し訳ないと思ってるの。今は婚約中だけど・・・もし、その・・・結婚したら、それってどうなのかしら?三吾は、どう考えているの?」
向こう側で過ごしていた12日間、何度もそんな事を考えた。彼は今どうしているのかと思う度に、傍を離れて来た自分の行動を省みていた。
「そうだなぁ・・・待っている間は寂しかった。リーセは?」
「私も寂しかった・・・けど・・」
「けど?」
「・・・自分のせいだから、仕方がないって」
三吾は少し考えて、言葉を選んだ。
「リーセ、僕は・・・君には、自分らしくあって欲しい。そんな風に、生き生きとしている君が大好きだからね。だから、リーセ自身が決めればいいと思ってる」
仕事を辞めて家に居たいと思うなら、それでも良い。今までと変わらず、仕事を続けて家を空けることがあっても構わない。
彼女が決めたことを、全て受け入れる。
それが、考えた末の三吾の結論だった。エルオリーセが、自分らしくいてくれることが幸せなのだ。
「でも、普通は結婚したら妻は家庭に入って、夫を支えるものじゃないの?」
自分自身の考えが定まらないらしいエルオリーセは、疑問を口にする。
「普通?・・・それはただ、そういう夫婦のパーセンテージが高いという事だろう?」
三吾は科学者らしく答えた。
「そうじゃない夫婦もそれなりにいるじゃないか。ゲンとルビーもそうだろう?」
ゲンは衛兵隊の隊長で、ルビーは居酒屋の女主人だ。共稼ぎという範疇に入るのだろう。
「別に、数の多い方に入らなければいけないというルールは無い。お互いが理解しあっていれば、どんな形でも立派な夫婦だと思ってる」
三吾の真摯な言葉を聞いて、エルオリーセはコクンと肯いた。
「私は、どちらでもいいと思ってた。だから、三吾が望む方にしようと考えてたの。仕事を辞めて家庭に入るっていうのも、それはそれで経験したことが無いから良いものかもしれないって思った。でも・・・」
ちゃんと考えてみようと思う。自分らしく生きるという事は、どういう事なのかを。
自分以上に、自分の事を真剣に考えてくれる彼に、ちゃんと応えようと決めたエルオリーセだ。
「うん、でも出来れば早めに決めて置いて欲しいな。待っているよ」
そう答えた三吾は、次にしなければならない事を頭の中に思い浮かべていた。
レーエフの自宅に戻った三吾とエルオリーセは、婚約中の同棲という生活を始める。
けれどそれは、今までと大差ない暮らしだった。
朝は三吾がメインになって朝食を作り、2人で後片付けをして出勤する。
何事も無ければ一緒に退勤して、『笑うブチハイエナ亭』で夕食を摂って帰宅する。
掃除や洗濯は休日に、協力してまとめて行った。
そして夜は楽しく会話してベッドに入る。
今までと同じように、アルバも一緒に川の字になって。
アルバの大きな体が2人の間にあるので、三吾はエルオリーセに触れることも出来ない。
三吾としては、いっそソファーででも、と思わないでもないが、アルバはさり気なく常にエルオリーセの近くに居た。
(厳格な家族に、見張られているようだ)
キスとハグくらいなら、見て見ぬふりをしてくれるアルバだが、一線を越えることは許さないとでも言いたげだった。
(ここはやはり、きちんと手順を踏んでおかないと)
三吾は『しておかなければならない事』を、出来るだけ早く実行しようと決めた。
それから数日後、エルオリーセが席を外した時を狙って、三吾はアルバに話しかけた。
「アルバ・・・その・・・話があるんだが」
人語を解するメタモルファルは、何を改まってと言うように不審げな表情になるが、聞きますよと彼の前にきちんと座る。
「ええと・・・その・・・僕はリーセと結婚するんだが・・・」
アルバは上目遣いになり、軽く首を傾げた。
(ケッコン?)
という聞き慣れない単語に対する反応のようでもあり
(すれば?)
というあっさりとした態度のようでもある。
エルオリーセほどアルバの表情を読めない三吾は、取り敢えず前者だろうと思う事にする。
「アルバが彼女のパートナーだという事は充分解っている。だから彼女をアルバから取るという事じゃなくて・・・その、人間の男女として・・・」
結婚という言葉を、犬型メタモルファルにどう理解して貰えば良いのだろう。
三吾は、アルバが知っている単語を必死に探した。
「つまり・・・そう、番になるんだ。だから、アルバがテルルとそうなったような事も、これから先にあるわけで・・・」
ああ、成程。とアルバは納得したように軽く肯いた。
「要するに・・・それを認めて下さいっ!」
とうとう最後に、三吾は頭を下げた。
何だか結婚の承諾を得るために、彼女の親の前に来た時のようだ。
相手は、犬だけど。
知らない人が見たら、犬に向かって『お嬢さんを下さい』と叫ぶ、頭が普通じゃない人間だ。けれど三吾は大真面目だった。
そのくらい、エルオリーセとアルバの関係を尊重しているのだから。
賢いメタモルファルは、鷹揚にワフンと声を出し、前脚でポンと三吾の肩を叩いた。
「ありがとう、アルバ。ついでに、その・・・夜は2人きりで寝たいので頼むよ」
気を良くした三吾は、もう1つの大事なお願いを口にする。
アルバは、それは当然だとと言うように平然と肯いたが、扉の向こうにいたエルオリーセの方が、顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。




