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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第4章 犬型メタモルファルは気遣う

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56 メタモルファルに包まれて

 メタモルファルの長い尻尾と力に助けられ、エルオリーセは三吾の身体を岸に運んだ。

 サルファーの姿は無い。

 エルオリーセが脱ぎ捨てたショールも無くなっていたので、それに身を包んで自力で立ち去っていったのだと解る。

 けれど、そんな事に構っている場合ではない。


 水は殆ど飲んではいないようだが、呼吸は止まっている。けれど鼓動は微かながら何とか続いていた。

 アルバは気を引き締めるように居住まいを正し、前脚をそっと三吾の胸に当てる。

 その間に、エルオリーセは辺りを見回していた。

(あのボート小屋に運ぼう)

 息を吹き返した彼の冷たい身体を、彼女はメタモルファルの力を借りて何とか小屋に運び込んだ。


 粗末な小屋ではあったが、時折誰かが管理に来ているのだろう。暖炉の傍には薪が積んであり、箱の中には火打金と火口が入っていた。

「アルバ、暖炉の火をお願い」

 頼まれたメタモルファルは、前脚を変身させて指を長くすると、器用に暖炉に火を入れる。

 その間に、エルオリーセは彼の衣服を脱がせて体を拭いた。


 パチパチと燃え始めた暖炉の前に、彼の濡れた服を絞って広げる。

 既にアルバは、身体を広く伸ばし三吾の身体を包んで暖め始めていた。

(絶対に助けるから・・・)

 このまま彼を失ってしまったら、と考える事さえ怖い。

(出来ることは、全部するから)

 エルオリーセはキュッと唇を噛んで、素早く自分の服を脱ぎ始めた。


「アルバ、私も入る」

 下着も全て脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿でアルバの毛皮の下に潜り込む。

 必死に動いていたせいか、不思議と寒さを感じないエルオリーセは、自分も温もりになるつもりだった。

 彼の肩を抱き込むように、胸と胸をピッタリと合わせる。

 自分の体温の全てが、彼に与えられるようにと、ただひたすら祈っていた。



 いつの間にか陽は沈み、ボート小屋は夜の帳に包まれていた。日没と共に降り出した雪が、音も無く積もってゆく。

 どのくらい時間が経ったのだろう。

 温もりに満たされて心地よく暖まった身体で、三吾はふと目を覚ました。

(・・・ここはどこだ?助かったのか)

 うすい靄が晴れて行くように、周囲の状況が解り始めた。


(・・・・えっ!リーセ!)

 身体をピッタリと密着させ、三吾を抱くように寄り添うエルオリーセは眠っていた。

 間近にあるその顔には、涙の痕がある。

(泣きながら暖めてくれていたのか・・・)

 胸の奥が、ジンと熱くなった。


 そして気づいた、密着した肌。

 胸も腹も、絡ませた足も。触れられる部分は全て触れて、体温を与えるための姿。


 ドキン、と三吾の心臓が跳ね上がる。

 思わず強張った彼の身体に気づいたのか、エルオリーセはハッと目を覚ました。

「あ!三吾、目が覚めたのね」

 泣きながら寝てしまった後の腫れぼったい瞼の下で、彼女の碧の瞳が再び潤んだ。

「良かった・・・良かった・・・」

「リーセ、助けてくれてありがとう。心配させて・・・」

 三吾が言葉を紡ぎながら、彼女の瞼にキスをしようと顔を近づけた瞬間。


「・・・ぅひゃぁ~~」

 エルオリーセは珍妙な声を上げて、メタモルファルの毛皮の中から転がり出た。

「えっ!」

 驚いて手を伸ばそうとした三吾の目の前に、アルバの尻尾が現れる。

 シュルシュルと伸びてきた尻尾が、彼の目隠しになった。



 床に散らばった自分の衣服を拾い上げ、エルオリーセが身繕いをする間、三吾の視界は閉ざされていた。

 やがて尻尾目隠しが外されたので見ると、彼女は床に座って背を向けている。

「リ、リーセ・・・その・・・見てないから。恥ずかしい思いをさせて、ごめん」

 愛する人の命を助けるためとはいえ、おそらく男性経験が無い彼女にとって、裸で身体を密着させるという行為は恥ずかしいものに違いない。

 謝る三吾に、彼女は背を向けたまま少し怒ったような口調で答えた。

「恥ずかしい・・・って言うのもあるけど・・・」

 エルオリーセは、暖炉の前に広げられている彼の衣服を集めた。

「乾いたみたい・・・はい」

 俯いたまま彼女は乾いた服を差し出す。起き上がって受け取る三吾に、顔を伏せたまま言葉を続けた。

「私が・・・脱がせて、体を拭いたの。ごめんなさい」


 羞恥に顔を真っ赤にしているらしいエルオリーセを見て、そういう事かと三吾は思った。

「いや、謝らなくていいよ。救命措置だろう?」

「そうだけど・・・でも意識がない時に、そういう事をされるのって・・・三吾の方が恥ずかしいんじゃないかと思って」

「そりゃ、まぁ、少しは・・・でもそのお陰で助かったわけだから。寧ろ君の方が、恥ずかしかったんじゃないか?」

 緊急事態に恥ずかしがっている場合じゃないが、男性の下半身など見たことが無いだろうエルオリーセを気遣う三吾だ。

 けれど彼女は、軽く頭を振って答えた。

「それは大丈夫。体を拭いたりしたときに、見慣れてるし」

「えっ!」

 誰の身体を拭いて、どこを見慣れているというのか。

「馬の世話はよくやるから、交配の手伝いをしたこともあるし」

(なんだ、馬か・・・って、馬と人じゃ違い過ぎると思うんだが)

 そこまで考えて、ふと三吾は嫌な考えが頭に浮かぶ。


(馬のアレと、比べたりしてないよな・・・敵うわけがない)


 いつの間にか落ち着いたらしいエルオリーセは、キョトンとした顔で三吾を見ている。

 そんな2人を、アルバはやれやれと言うように大きな欠伸をした。



 三吾の身繕いが終わると、アルバは急に耳をピクッとそばだてて窓辺に寄り、外を覗く。

 小屋の外に、沢山の人の気配があった。


 散歩に出ていった筈の大切なゲストが、夕食時になっても戻らない事に、ホテルは大騒ぎになった。オーナーであるマークに連絡し、従業員を駆り出してホテルの周辺の捜索が始まる。

 降り出した雪もあり、どこかで動けなくなっていたりしたら命に係わる。人々は松明を掲げて、あちこちを探し回った。

 池の畔まで来た時、捜索隊は岸に落ちているコートと割れている池の氷を見つけた。

「池に落ちたんじゃないか!」

 真っ青になり、ボートを出そうかと辺りを見回した時、ボート小屋から漏れる灯りに気づいたのだった。

 そして2人は、無事にホテルに帰ることが出来た。



 翌朝、ヴィラにいる三吾とエルオリーセの元に、安堵した様子のマークがやって来た。

「いやぁ、肝が冷えたよ。でも無事でよかった。1日くらいは安静にしていろって医者に言われたんだろう?」

「ああ、心配させて悪かった。もう大丈夫なんだが、起きるとリーセに怒られるんでね」

 三吾は惚気としか聞こえないような言葉を、頭を掻きながら嬉しそうに告げる。


 そこにエルオリーセが来て、マークに問いかけた。

「マークさん、今日お時間ありますか?ちょっと出かけてきたいので、三吾を見張っていて欲しいんですけど」

「オッケー、今日は暇だし、丁度コイツと話もしたかったんで、ありがたく引き受けるよ」

 御礼を言って出かける支度をするエルオリーセに、三吾が心配そうに声を掛ける。

「どこへ行くの?」

「ショールを探しに。あのショールとブローチは、お気に入りだから見つけないと。アルバも一緒だから、心配しないで」

 出来るだけ早く帰ってくるから、と言い残してエルオリーセはヴィラを出た。



 三吾を岸に運んだ時には、サルファーの姿もショールも無かった。

 たまたまそこに落ちていたショールを、ずぶ濡れのサルファーが羽織って行ったのは間違いないだろう。

 そして彼女を追っていた、刃物を持った女性。遠目ではあったが、金褐色のこの地方では珍しい髪の色に、エルオリーセは見覚えがあった。


 屋台街で彫刻家が襲われた時、集まって来た野次馬の中にその女性がいたのだ。

(あそこに行って、誰かに聞けば解ると思うわ)

 オキシロ家の別荘に行く前に、事情を知っておいた方が良いだろう。

 エルオリーセはアルバを伴って、先ずは屋台街に足を向けた。


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