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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第4章 犬型メタモルファルは気遣う

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53 湖の畔、ホテル、そして会いたくない人たち

 学院が冬の長期休暇に入ると直ぐ、三吾とエルオリーセはオガネ温泉に向かって出発した。

 彼女が疲れないように、余裕をもったスケジュールで馬車に乗り、最初に到着したのはチェア湖だった。


 温室咲きの白い花束を抱え、2人は湖面を見通せるジーンの墓前に立つ。

 12月の空気は凍みとおるように冷たいが、冬の太陽が湖面を輝かせ、静寂で荘厳な光景を描いていた。


 三吾は墓前でエルオリーセとの婚約を告げ、婚約者として、また理解者として精一杯の努力で彼女の傍にいると誓う。エルオリーセも同じように、ジーンの墓石に向かって言葉を紡いだ。


 そして彼女は、ふと何かに気づいたように歩を進める。

 直ぐ近くの木の枝に、1羽の鳥がいた。灰青色の背中と黒い頭、長い尾を持った美しい鳥だった。


 逃げずにそのまま枝にとまる鳥に近づくと、エルオリーセは足を止めて見上げた。

 何も言わず、ただジッと動かずに佇む彼女の姿は、一枚の絵のようだった。

 真っ白な雪を頂いたテーブル山脈とキラキラ輝くチェア湖。

 葉を落とした冬木立は凛として弧を描き、澄み渡った青空に向かって伸びる。


 風景画の中に描かれた人物か、自然の中に生み出された妖精のような存在に、三吾は息を呑む思いだった。

 思わず足を進め、彼女に傍に駆け寄る。

 その動きに、枝の鳥がパッと飛び立った。

「・・・?・・・なに?」

 振り返って問いかけるエルオリーセの唇から、白い息が漂った。


 ああ、彼女はちゃんと生きてここに居る。

 暖かい息をして、ここに居る。

 彼はそれを確かめるように、彼女の唇に指先を伸ばした。

 けれど外気に冷やされた唇は、ひんやりと冷たい。


「どうしたの?」

 もう一度問いかけたエルオリーセの唇に、三吾は自分のそれを重ねた。そっと差し入れた舌に、彼女の口内の熱が伝わる。

 彼女の身体をしっかりと抱きしめて、彼はその暖かさを味わって、心から安らいだ。



 チェア湖近くの宿屋に1泊し、2人はオガネ温泉を目指した。

 道中は特に問題も無く、山が近づくにつれて変わってゆく風景を楽しむ。やがて馬車は、冬景色に彩られた温泉地のホテルに到着した。

 コルムリゾート・オガネという名の高級ホテルは、広い敷地内に様々なコンセプトの宿泊棟と温水プールや露天風呂もある。富裕層ターゲットのホテルだ。三吾とエルオリーセは、その中のヴィラに案内された。


 旅の疲れもあるだろうと、エルオリーセをアルバに任せ、三吾はレセプションに赴く。館内設備の情報を得るためと、今晩の夕食をどうするか決めるためだ。

 スタッフから話を聞いて、夕食は部屋に持ってきてもらう事にし、三吾がレセプションカウンターから離れた時、正面玄関ドアのガラス越しに馬車が止まるのが見えた。

「・・・・ん?・・・あれは、まさか」

 馬車から降りてきた人物たちは、その「まさか」だった。

 三吾が縁を切り、エルオリーセが二度と会いたくないと言ったオキシロ家の人々。

 彼の長兄イットリュウ、その妻バナジアと娘ジルコニア、そして姉のサルファーだった。


 三吾は思わず物陰に隠れる。

(いや、コソコソする必要は無いかもしれないが・・・)

 自分がここに居ても問題は無いと思うが、エルオリーセとアルバが一緒だと知られたら、何をされるか解らないと思う。用心に越したことは無い。


 様子を窺っていると、バナジアは大層不機嫌そうだ。しかし驚いたのは、サルファーの様子だった。

 半年前に見た時から、かなり痩せてやつれているように見える。顔色も悪く、態度も卑屈になっていた。

(家庭内事情に変化があったみたいだな)

 三吾はそんな事を思ったが、自分には関係ない事だと思い直す。そして彼らが姿を消すと、再びレセプションに戻った。

「すまないが、コルム氏と至急連絡を取りたいのだが」

 ホテルのスタッフは、三吾たちがオーナー直々に予約を入れた相手だと知っている。

「畏まりました。直ぐに手配いたします。連絡が取れ次第お伝えに上がりますので、お部屋の方でお待ちくださいませ」

 よろしく、と答えて三吾はエルオリーセの元に戻った。


「どうやらこのホテルに逗留するみたいなんだ。マークと連絡が付いたら、訳を話して別のホテルに移ろうかと思っているよ」

 彼の説明に、エルオリーセは穏やかな表情で肯いた。

「そうね、私もその方がいいと思う」

 連絡がつくまでどれくらい日数が掛かるかは解らないが、取り敢えずそれまでは外に出ない方が良いだろう。ヴィラには小さな庭や露天風呂もあるし、食事は運んでもらえるので問題はない。

 2人で一緒に過ごせるなら、どこに居たって幸せな時間になる。


 そんな雰囲気で夕食を済ませ、他愛のない話でのんびりと寛いでいた三吾とエルオリーセだが、夜だというのにノックの音が響いた。スタッフの連絡かと思って三吾がドアを開けると、そこにいたのはマーキュリー・コルム本人だった。

「えっ!・・・早すぎないか?」

 彼は仕事上、大陸を飛び回っている。流石にどこに居るかは解るようになっているのだろうが、一番早い連絡手段が伝書鳩と言う世界なので、手紙が来るにしても数日後かと思っていた三吾だ。

「ああ、自宅はオガネにあるんだ。なかなか帰ってこれないんだが、仕事がひと段落したのもあって、今年の年末年始はこっちで過ごそうと思ってね、今日の夕方着いたんだ」

 マークは事も無げに答えたが、自宅に帰って直ぐ連絡を受けてやって来る辺り、フットワークの軽さは驚嘆に値する。

 三吾は納得して、直接来てくれた礼を言うと、彼に事情を話した。


 半年前にオキシロ家で起こったことを詳しく話し、彼らに見つかりたくない事を説明すると、マークは大きく肯いた。

「解った。ちょっと待ってくれ」

 彼は本館に行ってスタッフを呼び出し、オキシロ一家の滞在予定を調べて来る。

 三吾が直接それを訪ねても、客のプライベートを易々と教えてくれるはずもない。だからマークに連絡を取って、内々で教えて貰おうとしたのだ。


「詳しい事を聞いてきた。何でも彼らはこの時期、オガネの別荘で過ごすのが慣習だったそうだ。ところが温泉の配管設備が急に故障したとかで、急遽こっちに滞在することにしたらしい。スタッフの話だと、急な予約とゴリ押しで大変だったと報告を受けた。しかも、来たら来たで文句やら理不尽な要求が多くて、スタッフが頭を抱えてる」

 三吾とエルオリーセは思わず顔を見合わせて、やっぱりと呟いてしまった。

「修理が終わったら別荘に戻るらしいが、早くても1週間くらいは掛かるそうだ。そこで提案なんだが、その間うちに来ないか?不自由はさせないし、連れてきてるシェフの腕がいいんだ」

 数年前に古い邸宅を購入して改築したという自宅は、それ程大きくは無いが客間もちゃんとある。ホテルからは少し距離もあるし、ここに居るよりはずっと自由に行動できるはずだ。


 三吾とエルオリーセは、彼の申し出をありがたく受け、早速荷物をまとめた。

 マークが乗って来た馬車に同乗させてもらい、夜遅くではあったが彼の自宅へ移動する。

「ちょっと、夜逃げな雰囲気ですね」

 エルオリーセは、悪戯っぽく彼に囁いた。


 その晩は客間に通されて寝ることにし、翌朝改めて2人と1匹はマークの自宅を見せて貰った。

 改築したという邸宅は、確かにそれ程大きくは無いが、温泉も引いていて設備も整っている。庭には工房なような建物があって、マークはそれについて説明をした。

「同居人がいるんだ。彫刻家でね、素晴らしい作品を作るんだよ。彼の制作活動を助けたくてね、僕が不在の時もここに住んでもらっているんだ」

 王族や貴族、大富豪の中には芸術家のパトロンとなる者も多い。

 マークもそんな感じなのかな、と三吾は思った。


 エルオリーセが、ふと窓の外を見た時、工房に入ってゆく後ろ姿に気づいた。少し猫背で赤毛の男性は、彼女が思っていたよりずっと若かった。


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