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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第1章 犬型メタモルファルは未成犬
4/115

4 癒しの獣

 男3人による婦女暴行事件現場にゲンを残して、挨拶もせずにその場を離れた三吾はアルバの後を追った。アルバの行き先にはエルオリーセがいる筈で、彼女の様子が気掛かりだった。


 管理棟の北側、人気も無くあまり管理されていない中庭に入ると、黒白の大型犬とそのパートナーは朽ちかけた木のベンチに座っていた。

 アルバはベンチに上がりお座りをして、エルオリーセはその首に抱きついてもふもふの毛に顔を埋めている。

「・・・大丈夫かい?」

「えっ・・・あ、はい」

 エルオリーセは驚いたように顔を上げて答えた。彼が近づいたのに気づかなかったらしい。

「顔色が良くないが、どこか具合でも悪いのか?」

 彼女の顔は少し青褪めて、いつもの溌剌とした笑顔ではなくなっている。三吾は近寄って手に持っていた水筒を差し出した。

「アイスコーヒーだけど、良かったら」

 エルオリーセは笑みを浮かべてお礼を言うと、蓋に少量を注いで飲み干した。


「ふぅ、落ち着きました。その・・・実は、私・・・男性が苦手で。至近距離だったり急に触られたりすると、血の気が引いたり息が出来なくなったりしてしまって・・・」

 そう言えばさっきは、男に腕を掴まれて引き寄せられていたな、と三吾は思い出すが、次の瞬間ハッと気づいた。

「あっ!すまない!」

 慌てて半歩飛びのいたが、これはどう考えても至近距離だろう。

 けれどエルオリーセの方も、慌てて声を掛けた。

「あ、いえ、大丈夫です。何故か、三吾だけはそうならないので」


 先ほどエルオリーセと呼ばれたからだろうか。彼女も彼を沖代教授ではなく、三吾と呼んだ。親しくなれた気がして三吾は嬉しくなるが、同時に彼女の台詞に引っかかりを覚える。

(それは・・・男性として見られていないと言う事では?)

 けれどエルオリーセの方は、そんな彼の内心には気づきもせずに言葉を続けた。

「多分、アルバにはそれが解っているのでしょう。だから自分から積極的に、コミュニケーションを取りに行ってるんだと思います」

 この人なら、大事なパートナーにとって安心な相手だと感じているのだろう。

「私も、三吾と話をしたり採集に行ったりするのは楽しいです。安心すると言うか、落ち着くような気がして」

 ニッコリと微笑む彼女は、大分不調も治ってきたらしい。


 そう言えば自分もだ、と三吾は気づいた。

 エルオリーセと話をしたり一緒にいるのは、楽しいし落ち着く。

 他の女性に対しては、どうしても気後れしてしまうし、自分にとっては難しい配慮が面倒になって、最低限の挨拶と会話で済ませてきていた。

(初めてだけど、女性の友人が出来たと言う事なのかな・・・)

 それはそれで、自分にとっては画期的な事なのだ。


「ありがとう、アルバ。もう大丈夫になったから」

 エルオリーセは傍らのアルバから腕を離し、その頭を撫でながら微笑んだ。そして三吾の方に眼を向けると、少しばかり悪戯っぽい目で問いかける。

「三吾は、大丈夫なんですか?昨日の今日だから、筋肉痛になってるんでしょう?」

「う・・・情けないけど、その通り・・・」

 親しい友人と言う間柄でも、流石にちょっと恥ずかしい。

「脹脛と腕の筋肉痛は大分治まったけど、腰がまだ痛くて・・・」

 けれどこうなったら、今更隠しても始まらない。

 三吾は正直に、腰痛を告白した。

「それじゃ、ここに浅く腰掛けてみて下さい」

 エルオリーセは立ち上がって、今まで自分が座っていた場所を彼に譲る。

「まぁ、騙されたと思って・・・さあ」


 老人のように席を譲られる格好になって三吾は躊躇するが、強く勧めらえて訝し気にベンチに浅く腰掛ける。その動作だけで腰は痛んだが、そんな彼の背中とベンチの背もたれの間に、アルバが潜り込んできた。

「・・・え?」

 黒白のメタモルファルはそのまま伏せて、三吾の腰回りに添うように身体を巻き付ける。

(・・・・あ・・・暖かい・・・)

 じんわりと熱が伝わって来る。

 いや、体温だけではない別の何かが浸透してくるような感じだ。


「どう?気持ちいいでしょう?これって、メタモルファルの特性みたいなんです。癒しの獣って呼ばれることもあるんですが、アルバを抱いて寝ると疲れも体調不良も消えるんですよね」

 彼女の説明を聞きながら、三吾はうっとりをその恩恵を受け取っていた。



 その晩、仕事を終わらせて誘いに来たゲンと一緒に、三吾は町の居酒屋で酒を酌み交わしていた。

「そう言やぁ、昼間会った時よりすっきりしてないか?」

 昼間の事件の話がひと段落したところで、ゲンが問いかける。勤務時間も終了しているので、制服は脱いで普段着になっていた。

「ああ、昼間は筋肉痛と腰痛だったんだが、もう治ったな」

 メタモルファルの癒しのせいで、すっきりと軽くなった身体は背すじも伸びている。昨晩しっかりと睡眠をとったお陰で、瞼もしっかりと開いているから年齢相応の雰囲気だ。

「へぇ、そりゃ良かったが、何でまた筋肉痛になったんだよ。書庫の大掃除でもしたのか?」

 結局三吾は、エルオリーセとアルバの話をしなければならなくなった。

 ただし、アルバがメタモルファルであると言う事だけは伏せておく。


 ゲンは彼から女性の話が出たことに驚きもしたが、あの時の白衣姿の女性と黒白模様の犬のことが解ってすっきりした。

「そうか、あの時はお前の口からいきなり女性の名前が飛び出したんで驚いたが、知り合いっつうか友人だったんだな。うん、イイ事だ」

 ゲンは、この女っ気が無い幼馴染を少なからず心配してもいたのだ。

「で、あのボーダーコリーはアルバと言うのか。オスなんだろう?」

「え?いや、確認したことは無いが、そうだと思う・・・何でだ?」

「いや、うちのテルルがな・・・」

 ゲンは、今晩は家に置いてきた相棒を思い出しながら話した。

「現場が片付くまで待機を命じてたんだが、珍しくソワソワしてて、帰る時もずっとアルバが行った先を気にしてて帰りたがらなかったんだ。テルルは今まで他の犬にあまり興味が無くて、特にオスに対しては冷淡なくらいだったんだが、アルバが気にいったのかもしれないと思ってさ」

 テルルは6歳で言い寄って来るオスも多いらしいが、そんな相手を一喝して遠ざけている。気位が高いのだろうと思っていたが、もしかしたら単に相手を選んでいただけかもしれないと思い始めたゲンだ。

 三吾は、次にエルオリーセに会ったら、もう少しアルバの事を聞いてみようと思った。



 数日後、三吾は自分から生物棟のエルオリーセの研究室に足を運んだ。

 生物棟は薬学棟の隣にある。2階にある三吾の研究室の窓から、1階にある彼女の研究室の窓が見えた。大きく開けられた窓から、ついさっきエルオリーセとアルバが入るのを見かけたのだ。

(自分で野生児だと言うだけの事はあるなぁ)

 誰に迷惑を掛けると言うものでは無いから、窓も出入り口として利用しているのだろう。


 1階の奥にある『生物分類学』の札が掛かるドアの前に立つと、在室中の札が掛かっていた。ノックをすると、どうぞの声がかかる。三吾がドアを開けて中に入ると、エルオリーセは大きな眼を丸くして驚いた。

「三吾!何かあったんですか?」

「え?在室中だと解ったから、ちょっと資料を借りたいと思ったんだが」

「緊急の?」

「いや・・・それ程ではないけど」

 今になって、確かに急ぐようなものでは無かったと気付いた三吾である。



 確かに彼女には、アルバについて聞きたい事があった。

 先日行った採集で得た薬草の組成分析も終わり、その結果を伝えたかった。

 そこから出た新たな疑問に関する資料が欲しかった。

 更に、次の採集に同行して欲しいと言う頼みもあった。


 どれも急ぎでは無かったが、会って話をしたい事は多かった。

 けれどそれで、わざわざ彼女の研究室を訪れる必要は無かったように思う。


(つまり、突き詰めれば『会いたかった』と言う事か)

 そう思ったら直ぐに、相手の所に足を運ぶくらいに。



「はい、どうぞ」

 固まったように考え込み始めた三吾に、エルオリーセはコーヒーを淹れて実験机に置いた。実用本位のマグカップからは、丁寧に淹れたコーヒーの香ばしい匂いが漂う。

 取り敢えず落ち着いて下さいね、と言いたげな笑みを浮かべて、エルオリーセは椅子に腰かけて自分もコーヒーを飲んだ。



「で、資料ってどういうものが必要なんです?」

「あ、ああ・・・実は先日の薬草、赤草の組成分析の結果が出たんだが・・・」

 三吾は漸く落ち着いて、話し始めた。


 先日の採集では、日陰に生えていた物を10本、日向に1本だけ生えていた物と群落を形成して生えていた9本持ち帰ってきた。

 分析の結果、万能薬の成分とされる物質は、日陰よりも日向に生えていた物の方が含有率は高かった。

 けれど三吾は、単独で生えていた赤草と群落を作っていた赤草の違いが気になったのだ。


「先ず、形からして違うだろう?群落を作っていた方の赤草は、茎が細くて草丈が高い。全体的に柔らくて、これは栄養不良なのかと思ったが、総重量当たりの成分の含有量は変わらないんだ。それで、植物の群落についての資料を借りられないかと思ったんだ」

 研究について話す三吾は、イキイキとして楽しそうに見える。

「ああ、密度効果ですね。動物でも植物でも見られますが、有名なのは飛蝗ですね、バッタです」

 エルオリーセも、楽し気に答える。

「密度効果、か」

「ええ、生息場所の生物の密度によって姿形が変わるというものです。ちなみに植物だと『最終収量一定の法則』というのもあります」


 三吾は少し考えて、再び口を開く。

「そうすると、成分を取り出すにも採集するにも、群落の物の方が良いわけだ。柔らかいから加工が楽だし、一度に沢山採れるからな。だが、赤草は滅多に群落を作らないのだろう?」

 そうなると、やはり今まで通りの製法に頼らざるを得ないと言う事になる。


「ええ、そうです。でしたらいっそ密集状態で栽培することを、考えた方が良いかもしれませんね」

 エルオリーセは、ニッコリと笑う。

「え?・・・栽培?」

「ええ、そうすれば栽培条件を変えて色々と研究できますし、上手くいけば通年一定量を収穫できるかもしれません。・・・そうするとやっぱり相談してみた方が良いかな」

 エルオリーセは、カラになったマグカップ2つをシンクに置くと、善は急げとばかりに三吾を誘った。

「農学の方に知り合いが居るんです。今の時間なら畑にいると思いますから、行ってみましょう」



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