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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第2章 犬型メタモルファルは覚醒する

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28 傷痕を覆う布 

 レーエフの街中を俯いて歩く、エルオリーセの頭の中はごちゃごちゃだった。

 今まで目を背けてきた様々な事が全て溢れ出したようで、どこから整理して良いかまるで解らない。


「あら、エルちゃん!」

 そんな彼女に、明るい声が掛かった。

「こんな所で会うなんて、珍しいわね」

 居酒屋の女主は、手にハーブの束を抱え小さな包みを持っていた。市場の帰りなのだろう。

「・・・あ、ルビー姐さん」

「これ、無くなっちゃったから買いに来たんだけど、良かったうちに来ない?美味しそうな焼き菓子、見つけちゃったのよね」

 店の食材は出入りの商人に届けて貰っているが、香辛料などは市場に買いに来るルビーだ。大量に使うものでは無いため、市場に来る頻度は高くない。たまに出てくると、つい目に着いた美味しそうなものを買ってしまうのだろう。

 彼女はエルオリーセを誘いながら、何か様子が変だと気付いていた。



「で、何があったの?ルビー姐さんに、言ってごらん?」

 お茶と小麦の焼き菓子を前にして、ルビーが口を開くと、エルオリーセはポツポツと先ほどの出来事を話し始めた。


「・・・好きな人には見られたくなくて、つい」

 そして彼女は、ごちゃごちゃになっている頭の中の事も、自分で整理するようにゆっくりと口に出した。

「彼の生い立ちや家族の事を知って、その時からずっと・・・私とは、身分や生活環境が違うんだなって思ってました。好きだって言われたのは、凄く嬉しかったけど、こんな風に醜くなっちゃってもいるのに・・・どうしてそんな事が言えるんだろうって」


 成金貴族でも貴族は貴族だ。文字通り、どこの馬の骨かも解らない自分と釣り合うわけもない。

 それでも恋愛感情を持つことはあるだろうが、それだって相手が魅力のある場合だろうと思う。


「もう何が何だか解らなくなっちゃって・・・彼の気の迷いなら・・・それならそれでもイイかなとも思って。でも出来れば少しでも長い時間、好きでいて欲しいとか図々しいことも考えていて」

 エルオリーセの話は、整理しようと思っていてもまだ片付いていない頭の中と同様に、今一つ解りづらかった。

「あ~~成程ねぇ。・・・取り敢えず、悩みが色々あるって事は解ったわ。こういう時は、1つずつ解決していくしかないわね」

 ルビーは腕を組んで考え始めたが、暫くしてポンと手を叩いた。

「そうだ、彼女に相談してみよう。エルちゃん、ちょっと一緒に来て」

 怪訝そうなエルオリーセの腕を掴むと、ルビーは有無を言わさずに街に引っ張り出した。



「・・・つまり、包帯代わりの何かを私に作って欲しい、そういう事よね」

 ルビーの居酒屋から少し離れた場所にある『F・F』という店の中で、店主でありデザイナーでお針子でもあるフランシス・フラウは淡々と答えた。

 彼女は服飾系の素晴らしい技能で、オーダーメイドの注文をこなしている。評判は高く、服から帽子、靴や鞄といった身に着けるもの全てを注文主の期待通りのクオリティで仕上げることが出来た。

 それらの素材の事を知りたいという理由で、昔狩人だったルビーに護衛をしてもらって、大陸のあちこちを歩きまわったこともある。


「いいわ、引き受ける。正確なサイズを計りたいから、悪いけれど包帯を取ってもらえるかしら?」

 フランシスは機敏に動いて、エルオリーセの前に立った。

「・・・はい」

 嫌がるか躊躇くらいはするだろうと思っていたルビーだが、彼女は以外にもあっさりと承諾する。

(誰にも見せたくないってわけじゃないのね)


「触ってしまうかもしれないけれど、大丈夫かしら?」

 事務的にも聞こえるほどの口調で話すデザイナーに、エルオリーセは少し驚いた。

「大丈夫ですけど・・・気持ち悪くないですか?」

 そこで漸く営業用の表情をパッと消したフランシスは、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

「私はプロよ」


 そして翌日、ルビーとエルオリーセは『F・F』を訪れた。試作品が出来たのだ。

「一応、これだけ作ってみたわ」

 フランシスは2人の目の前に、ずらりと作品を並べた。

「伸縮性のあるサークレットに、顔の右半面を覆う布を付ける形にしてみたの」


 額にピタリと添うサークレットには、ダーツで形を整えた布が縫い付けられている。逆三角形のような布の先にはサークレットと同じ素材でそれよりも細い紐が下がっていた。

「この紐の部分を顎の下に回して、額のサークレットに止めれば捲れることは無い筈よ」

 機能性も十分配慮したデザインだ。


 基本的な形は同じだが、エルオリーセの前に並べられた覆い布は全部で5種類もあった。

「どれが良いかしら?選んでくれない?」

 フランシスの言葉に、エルオリーセは指を伸ばすがなかなか決められないように見えた。

「・・・迷います・・・」


 フランシスは話し始めた。

「身に着けるものを選ぶとき、人はその時の心の状態を無意識に出していると私は思ってるの。特にこんな風に、顔の傷痕を覆うような物を選ぶときには」

 エルオリーセの前には、5枚の覆い布の中から自ら選んだ3つが並んでいた。


 限りなく肌色に近い色の、何も飾り気の無い物。

 黒で存在感はあるが、やはり飾り気が無い物。

 そして淡いクリーム色の地に、緑の葉の刺繍が施されたもの。


「昨日私がサイズを計ろうとした時、貴女が言った言葉。あれを聞いて思ったわ。貴女は人を不快にさせないために傷痕を覆うのだろうって。自分が恥ずかしいからでは無いんだって。でもそれなら、寧ろ覆い布は存在感があった方が良いでしょ。この下にあるものを見ない方が良いですってアピールできるから。その黒いやつのようにね。でも貴方は、黒だけを選ばなかったわね」

 迷っているといった彼女には、傷跡を覆う理由が他にもあるのではないかとフランシスは感じたのだ。


「肌色のも選んだのは、隠していることさえも知られたくないって気持ちがあって、そう思う相手がいるんじゃないの?」

 エルオリーセは、深く俯いて顔を上げることが出来なかった。

「でも貴女は、刺繍があるものも選んだわ。それは多分、貴女自身の好みね。これが好きっていう気持ちもちゃんとあるのよ。だからきっと、大丈夫。今は迷っていても、いつかちゃんと折り合いがつくわ。それまでは、相手に会わせて覆い布を変えれば良いと思う」

 フランシスは、3枚の覆い布を彼女の方へ押し出した。

「どっちみち洗い替えも必要だし、3つとも持って行きなさい。御代は3枚分になっちゃうけどね」


 エルオリーセは顔を上げ、ハイとしっかり肯いた。

 そしてその場で包帯を外すと、黒を選んで身に着ける。何故か、まっすぐ前を見て歩けるような気がした。ここに傷痕がありますと示すような覆い布は、彼女のこれからの人生を後押ししてくれるようだった。

 俯かず顔を上げて、傷痕を背負って堂々と生きてゆく。

 そんな覚悟のようなものが出来た。



(フランシスに頼んで正解だったわね)

 ルビーは満足そうな笑みを浮かべた。

 フランシス・フラウには、こういう不思議な特技があることを知っていたのだ。身に着けるもので、人の心を癒すようなことが出来ると言うことを。

(そうすると、次は三吾の方ね)

 覆い布を着けるエルオリーセを見守りながら、ルビーはそんな事を考えていた。

 まだまだ恋愛に関しては不器用で、言葉が足らない弟のような学者に、話しておくことがあると。



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