表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第1章 犬型メタモルファルは未成犬
2/115

2 メタモルファルと薬草採取

 翌日、沖代教授は空き時間に学院図書館に足を運んだ。

 彼が自分の研究に関すること以外に興味を持ったのは、かなり珍しい事だった。


「メタモルファルに関する、最新の資料を閲覧したいのですが」

 カウンターに座る司書に向かってそう告げると、初老の女性は落ち着いた態度で頷いて奥に入った。しばらくして、彼女は新しそうな冊子を持って戻って来る。

「去年、提出された報告書です。うちの生物分類学教室のハイドランジア教授が書いたものなので、質問があったら直接聞いてみてもよろしいかと」

 貸し出しは出来ないので、ここで閲覧してゆくように言われ、山吾は片隅の椅子に腰を下ろした。


『変身獣メタモルファルに関する報告』

 エルオリーセ・ハイドランジア


 表紙に記された文字を読み、三吾はページをめくった。


 1 メタモルファルの伝説

 神格化し神獣として扱われるケース。

 大陸北方・・・2

 大陸西方・・・1

 東方島国・・・1

 いずれも心話テレパシーを使用し、人間とコミュニケーションを取る。

 形態の共通点は、大型であること。哺乳類型2例、鳥類型1例、爬虫類型1例。

 数度コミュニケーションを取った後は姿を消し、それ以後は再確認出来ない。


 2 メタモルフォルと個人的に遭遇した話

 現時点で、文献として残るもの4例、聞き集めた話5例。

 いずれも遭遇時には、別種の動物の形態をとっていたが、変身後に姿を消す。

 タヌキ・キツネ・イノシシ・イヌ

 ライガー(大型ネコ科)・タイオン(大型ネコ科)

 ルクス(巨大ウサギ類)・ラポズ(爬虫類)・レギオルス(大型鳥類)


 3 変身後の形態

 大型四足獣、長毛、長大な尾。飾り毛のついた立ち耳。

 顔はマズルがはっきりとした犬、またはキツネに似る。

 色は、銀色6例、灰色2例、白1例。

 目の色は、赤1例、青2例、緑1例、以下不明。


 4 考察

 メタモルファルの固有形態は、3の変身後の形態であると考えられる。

 固有形態をとるのは、緊急時などであるため発見例が少ないのではないか。

 希少種であるとさえるメタモルファルであるが、現在の生息数は意外に多いと思われる。


 山吾は、頭の中に要約したその情報を入れると冊子を閉じて考えた。

 アルバ・ナギは犬型をとっているメタモルファルで、今はエルオリーセの傍にいて人間社会で暮らしている。

 報告書に書いていないことは、まだ沢山あるのではないだろうか。

 次に機会があったら、彼女に聞いてみたいと思った山吾だった。



 数日後、山吾は再度交易センターを訪れた。

 ドミトリ地区にある交易センターは、ユニバース学院に次いで大きな施設だ。レーエフの生活の中心であると言っても過言ではない。

 大陸各地にある都市や集落を結ぶ交通の拠点でもあり、貿易から小さな取引まで全ての交易を統括している。利用者は商人から狩人、一般の旅行客など様々だ。

 しかし山吾が利用するのは、常に仕事依頼のカウンターだけだった。


「すまないが、先日出した依頼に応募してくれた人はいるだろうか?」

 受付の女性に問いかけてみるが、帰ってきたのは申し訳なさそうな表情だった。

「すみません、まだ誰も・・・薬草採取は報酬も低いから、なかなか・・・」

 そうか・・・と三吾は考え込む。

(いっそ報酬の額を増やそうか・・・)

 今のところ相場の報酬にしているが、多少額を増やしても特に困ることは無い。問題があるとすれば、薬草の品質についてだ。


「ゥオン!」

 その時、足元で声がした。

「え?・・・アルバか。ここで会うのは2度目だな」

 と言う事は、エルオリーセも来ていると言う事だ。

 三吾はアルバの首周りをもふもふと撫でくり回しながら、周囲を探した。


「研究に必要な薬草を調達しに来ているんだが・・・」

 三吾とエルオリーセは、交易センターの中にある食堂兼談話室に腰を下ろしていた。食事時でもないその部屋は、数組の狩人たちが情報交換をしているくらいで空いている。

「採集依頼を出しても、受けてくれる人さえいないんだ」

 分析薬学の教授とは言っても、まだ新参者で若輩者だ。新種や珍種の植物・鉱物の分析は、全てベテランの教授が行っているし、研究用の機材も回ってきにくい。

 そこで研究対象を一般的な薬草に定めて、その組成分析を行っている。


 街中で市販されている一般的な回復系の薬は、薬草から作られる『万能薬』と呼ばれている代物だ。

 効能は鎮痛・止血が主で、怪我の場合は損傷した組織の回復もある程度助ける。軽傷ならばそれで事が足りるため、狩人や旅行者が常に携帯するのが普通だ。

 ただ品質が安定しないのが現状で、粗悪品なども出回っている。三吾は品質が低下する原因を究明したいと思っていた。


「万能薬の材料の薬草だと、赤草と呼ばれているものですね。葉の裏が赤い・・・この辺りだと比較的あちこちに生えていますけど・・・」

 エルオリーセは、少し考えて言葉を続けた。

「報酬額は低めなので、採集専門にやっている人は依頼を受けない傾向にあると思います。寧ろ狩人が依頼を見て置いて、獲物が無かった時に持ち帰って収入の足しにする感じでしょうか。今は狩猟依頼が多い時期ですし、狩人たちもそっちで手一杯なのかもしれないです」

「成程・・・採集量は少ないが、条件も付けてしまったからそれも拙かったんだろうな」

「条件?」

「ああ、今回は日当たりが良い場所に生えているものを10本と、日陰に生えているものを10本としたんだ」

「ああ、それだと難しいのでしょうね。・・・だったら、いっそ自分で採りに行けば良いのでは?何でしたら、今日は暇なのでご一緒しますけど?」


 完全インドア派の三吾には、自分で材料調達など考えもしなかった。

 流石に躊躇して眉をひそめるが、その時大人しくテーブルの下に寝そべっていたアルバが起き上がり、三吾の膝を前脚でポンポンと叩く。

「・・・?」

 彼の目の前に、口角を上げて笑顔になった黒白大型犬の顔があった。


 その日の午後、準備を整えた2人と1匹は、市街地を抜けてレーエフの周囲を囲む城壁の東門を出た。三吾の感覚では、完璧に『外の世界』だ。最後に街を出たのは、何十年前の子供の頃だった。

 色々と物珍しく周囲を見回しながら歩く三吾だが、アルバはそんな彼を守るように傍らにいる。大型犬らしいゆったりとした歩様で、ふさふさの尻尾が揺れるさまが旗を立てて行進しているようだ。


「ここに、赤草があります」

 エルオリーセは、狭いけれど開けた場所に生えている目当ての薬草を見つけて声を掛けた。

「ああ、これか・・・こんな風に生えているんだな」

 三吾は嬉しそうに言って、その植物を根元から折ろうとする。

「あ!もう少し上の方を折った方が良いです。葉を2枚くらい残しておけば、そこからまた茎を伸ばすので」

 場所を覚えておけば次に来た時も採取出来るかもしれませんよ、と言う彼女に三吾は素直に頷いてその通りに折り取った。


 その後、1時間近く歩き回ったが採集出来たのは日影に生えていた10本だけで、普段運動らしきものを全くしない三吾は、それだけで疲れてしまう。

「採集と言うのは・・・結構大変なものなんだな」

 汗で額を濡らし息を切らす三吾に、エルオリーセはそれをからかう事も無くニコッと笑って答えた。

「薬草はどれも、あまり群落を作らない植物なんです。でも稀にそういう場所もあるんですよ。このすぐ先がそうなので、そこで休憩にしましょう」


 エルオリーセが案内した場所は、小さな森の奥の切り立った断崖の下にある狭い草原だった。北側が岩壁で良く陽が当たるその場所には、赤草が見事な群落を作っていた。

「こ、これは凄い・・・」

「多分、誰もここは知らないと思います。知っているとしたら、採集の専門家くらいでしょう」

 そんな話をする2人の傍から離れ、アルバは草原の中と周囲を歩く。鼻を宙に高く上げ、いわゆる『高っパナ』と言われる動作は、空気の匂いを捉えるためだ。やがてアルバは、大丈夫ですと言うように尻尾をユラユラと振りながら戻って来た。


 葉の裏が赤い薬草が生い茂る中で、一行は座り込んで休息をとる。

 エルオリーセは持ってきた水筒から水を分けて、三吾とアルバに勧めた。三吾には水筒の蓋を使い、アルバには携帯用の皿を使う。慣れた様子で行動する彼女に、三吾は話しかけた。

「ありがとう、うん美味い。それにしても・・・ええと・・・君は・・・ハイドランジア教授は」

 彼女を何と呼べば良いか一瞬迷って、結局学院内での呼称を使った三吾だが、そんな台詞にエルオリーセは肩をすくめて答える。

「ここは学院じゃないので、教授と呼ぶのはやめて欲しいかな。適当に縮めて呼んでくれて構わないので」

「え?・・・ええと・・・」

 女性を愛称で呼んだことなど無い三吾には、どのように縮めるのが普通かさえ解らなかった。

「そうですね・・・祖母はエルと呼んでましたし、オリーと呼ぶ人もいました。ハイディと呼ばれたこともあります。どれでも良いですし、新しいのを作ってもいいですよ。急ぐものじゃありませんから、考えて置いて下さい。私だと解れば、返事をしますから」

 エルオリーセは、楽しそうに笑って自分も水を飲み干した。


「解った・・・で、その・・・薬草に詳しいんだな。こんな場所も知っているし、採集にも慣れていて」

「私の本業は、寧ろ採集者なんです。教授業の方が副業。色々な教授の依頼をこなしているうちに、学院教授の推薦を貰っちゃった感じで。なので、1年の半分は学院で教授業務をしていますが、残り半分は学院にはいないんです。依頼を受けて、あちこちうろついてます」

 基本的に野生児なんです、と言って彼女は屈託なく笑った。


 三吾は成程と頷き、ふと思い出して尋ねる。

「先日、図書館でメタモルファルに関する報告書を閲覧したよ。少しは知識も得たが、まだ解らない事が多いようだね」

「ああ、あれですね。報告には挙げていない事もあるんですが・・・」

 エルオリーセは、少し言いづらそうに答える。

「アルバに出会った時の事とか、その時に得た知識とか・・・いずれは報告できるとは思いますが、今はまだ時期が早いかなと思って」

 確かに、直ぐ傍で一緒に暮らすアルバがメタモルファルだと解ってしまえば、色々と面倒な事が多くなるだろう。三吾は思慮深く肯いた。


「いつか、お話しできると思いますが、今日はもう採集を終わらせて帰りましょう。陽が落ちる前に、町に入った方が安全なので」

 彼女の言葉に、三吾は腰を上げて残りの採集を終わらせる。

 街から1歩出れば、そこは自然な野生の世界だ。弱肉強食の世界であることをついうっかり忘れそうになるが、こんな日中でも危険はある。

 今回、何物にも遭遇せずにここまで来れたのは、熟練の採集者であるエルオリーセとアルバの嗅覚のお陰なのだ。


 帰る道すがら、そんな事に気づいた三吾は、図々しいかとは思ったが意を決して聞いてみる。

「また次も、採集の案内をしてもらえないだろうか?1人でやるのは、自分では難しい気がする。あ、勿論空いている時間があれば、で良いのだが」

 言ってしまってから、三吾は自分の顔が赤くなるのを感じた。

「ええ、良いですよ。学院で講義が無い時間なら、何時でも出られますから。採集する物によっては1日仕事になる場合もあると思いますが、休みの日を使えば問題ないです」

 どっちにしても、空いた時間は交易センターに来て面白そうな採集依頼は無いかと探すエルオリーセだ。野生児と自称するだけあって、自然の中にいる方が好きらしい。

 あっさりと答えた彼女に、三吾は先行きが明るくなったように感じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ