18 火山島で飛竜が乱入
翌日の早朝、エルオリーセとアルバが加わったノーベリのパーティーは火山島にいた。
活発な活動を続ける火山は、山頂から噴煙と溶岩を絶えず吐き出している。
飛行船が離着する場所はそれなりの設備が整ったベースキャンプになっているが、一行はそこから山頂を目指して登り始めた。
周囲の空気はどことなく硫黄臭い。溶岩洞があちこちに口を開け地下に降りる道もあるが、エルオリーセたちは地上部分だけを歩いていた。グレートボアは、地下に入ることは殆ど無い。雑食で食性や生態はイノシシに近い。この時期だとフユイチゴが実っている筈で、グレートボアは好物のそれを求めて歩き回っている筈だった。
エルオリーセはそんな事を説明しながら、山の中腹まで一行を案内した。
所々にフユイチゴの赤い実が見えるその場所で、4人はグレートボアの捜索を開始した。装備を整え、フユイチゴの茂みを1つずつ見てゆく。当然周囲は警戒しながらだ。
この島に生息する危険な生物の種類は多い。
中でも最も危険とされているのは、生態系の頂点に君臨する巨大な飛竜リアプテラだ。強靭な翼と2本の脚を持ち、空中でも地上でも相当な速度で動くことが出来る。当然肉食で、グレートボアでさえその餌になり、厄介な事に炎のブレスまで吐くことが出来た。
アルバは空中も含めて、周囲の臭いに最大限の注意を払う。彼の最優先の任務は、パートナーを含む4人の安全確保なのだ。
初日からグレートボアの残した痕跡が見つかる可能性は低かったのだが、今回は運よくフユイチゴを大量に食べたらしい跡が見つかった。
4人は風下から静かに、目標の追跡に入った。
ターゲットを見失う事は無かったが、狩りに良さそうな場所に追い込むまでに丸1日掛かった。
根気よく追い続け、少しずつ体力を削ぎ、最後に追い詰めた場所は山の中腹にあるやや広めの平地だった。障害物も無く見通しは良かったが、片側が崖になっており落下しないような注意と工夫が必要だ。
けれど狩人たちは疲れも見せず、着実にグレートボアの狩猟を進めてゆく。
大きな盾を構えたカルホが正面に陣取り、しっかりと防御しながらも隙を見て槍を繰り出す。グレートボアの注意を引き付ける彼の行動に合わせ、アインのボウガンが着実に弱点部位を狙った。リーダーのノーベリの大剣が、巨大イノシシの脚を狙って動きを封じる。
やがてグレートボアは地響きを立てて横倒しになり、狩人たちはその息の根を止めて牙2本の取り外しに掛かった。
(思ったより、ずっと早く終わっちゃいましたね)
狩り本番でも牙の入手でも、エルオリーセには特にすることは無い。
そもそも戦力としては入っていないし、力を要する牙の取り外しでは邪魔になるだけなのだ。
(そうなると、明日の便でレーエフに帰ることになるのかぁ・・・)
予想では、まだ少なくとも数日は掛かると思っていた今回の依頼だ。明日帰るとなると、それは三吾がレーエフを離れるとゲンから聞いた当日になってしまう。
(私だけ、もう少しここに残って採集でもしていこうかな・・・)
無事に狩りが終わって、少し油断があったかもしれない。
ついそんな事を考えてしまって、更に思考が三吾の事に傾きそうになる。さすがにそれは拙いと頭を強く振った時、やっとアルバの吠え声に気づいた。
頭上から炎の飛竜リアプテラが、鋭い咆哮を上げながらこちらに向かって滑空してきた。
気付くのが遅れた!
「リアプテラが来ます!」
エルオリーセは大声でノーベリ達に告げると、背負っていた小型ボウガンを素早く準備して構える。彼女の武器の殺傷能力は低いが、こちらに注意を向けることくらいはできる。
ノーベリ達は対応が遅れている。けれど舞い降りて来る飛竜に対する防御姿勢だけは取ることが出来た。
「カルホ!牙は任せた!」
ノーベリの声を聞き、彼らが何とか自分たちの身は守れそうだと見て取ったエルオリーセとアルバは、地上に降り立ったリアプテラに向かう。
飛竜の眼を狙って撃った彼女のボウガンは、その眼球に傷をつける事さえ出来なかったが、確かに注意を引き付けることが出来た。リアプテラは長い首を彼女の方に向け、呼び動作も無くいきなりブレスを吐いた。鬱陶しい小物を軽く追い払う程度の軽いブレスであったが、咄嗟に飛び退いたエルオリーセの頭を掠めたそれは、充分すぎる熱量を持っていた。
仰け反って声も無く、崖の傍の地面に倒れた彼女の身体に、飛竜がギロリと視線を投げた。
止めを刺しておこうと思ったのか、軽く息を吸って再度ブレスを吐こうとする。
その時、アルバが飛竜の頭に飛びついた。
リアプテラの頭の鱗に爪を立て、その目を覆うように身体を張りつかせたアルバに、さすがの飛竜も慌てたように首を振る。
その間に、ノーベリ達は牙を確保しグレートボアの死体から離れた。
それを見て取ったアルバは、振られた勢いを利用して飛竜の頭から飛び降りる。
けれどブレスが頭部を掠めて倒れたエルオリーセの身体は、崖を滑り落ちていた。
メタモルファルはパートナーを追って、崖下に飛び込んだ。
飛竜は残されたグレートボアの身体を戦利品として掴み取り、悠然と飛び去って行った。
翌日、レーエフに向かう飛行船の船室で、エルオリーセはアルバに寄り添って貰って横になっていた。
火山島のベースキャンプで応急手当を受け、メタモルファルの能力のお陰で痛みはほぼ治まってるが、酷い有様になっている。
掠めたとは言え飛竜のブレスの熱で焼かれた彼女の顔は、右半分が分厚い包帯で覆われている。栗色の髪も半分が焦げて縮れ、包帯の隙間から乾燥した海藻のように零れていた。
崖から落ちた時に左足を捻挫し、身体のあちこちに打ち身がある。命が助かったのは、幸運だったのかもしれない。
(明日の朝にはレーエフに着いちゃいますね・・・)
そう、明日は三吾がレーエフを発って実家に帰る日だ。その当日の朝に到着するとは、かなり皮肉な結果なのではないだろうか。
(・・・でも、どうせこんな有様ですから・・・)
アルバに助けて貰えば、家まで何とか歩いて帰れるだろう。
その後は、暫くベッドで大人しくしていなければならないだろうが、寧ろその方が好都合かもしれない。包帯で覆われているこんな顔で、足を引きずりながら歩くのは流石に憚られる。
動けないで家に居る方が、諦めもつくかもしれない。外に出られないなら、遠くにいるのと同じことなのだから。
エルオリーセは静かに瞼を下ろしした。
また涙が零れそうになるが、必死に押しとどめる。
傷ついた右目が、沁みて酷く痛んだ。
レーエフでは、ゲンが落ち着かない日々を送っていた。
帰ってきたエルオリーセを自宅に連れてゆき全てを伝えた後、彼女が帰ると彼は女房のルビーと話をした。
「アタシは初めて会ったけど、エルオリーセってちょっと不思議な子ね。あんまり女性っぽく無いって言うか、ちょっと中性的な感じ」
「まぁ、そうかな。仕事が仕事だし・・・」
「泣いたり怒ったりするかと思ってたけど、ちゃんとお礼も言って帰って・・・恋愛には不器用だけど、自分を制御できる女性かしら。我慢してたんだと思うけど」
ルビーはそんなエルオリーセに好感を持ったようだ。
「彼女は明日から、どうするのかしら・・・」
「・・・明日、仕事の合間に様子を見に行って来る。三吾の所にも、彼女が帰ってきたことを伝えておきたいしな」
結局この夫婦は、彼らにとってはお節介な人種になるのだろう。放っておけない、と揃って思っている似たもの夫婦なのだ。
そして翌日、ゲンはエルオリーセが火山島に行ったことを知った。
その足で三吾の家に向かい、その事実も含めて彼女の様子を伝える。彼の考えを変えることが出来ればいいと、微かな希望を持っていた。
けれど三吾は暗い雰囲気のまま、そうかと呟いただけだった。
それ以来ゲンは、火山島からの便がレーエフに到着する時間には、交易センターに足を運んでいた。エルオリーセが戻るまでにどれだけ日数がかかるかは解らないが、それまで毎日通うつもりだった。




