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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第1章 犬型メタモルファルは未成犬

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16 事件は解決したものの

 学院の応接室で、全てが暴かれ、オスミ氏は土下座しながら許しを乞うた。

 けれど学院側は厳しい姿勢で臨み、詐欺罪が適用される。

 それは娘のアスタも同様だった。


 泣き声で這いつくばる父親と対照的に、彼女はキッと唇を噛み締めて言った。

「このままじゃ、店は潰れて私も学院を辞めなくちゃならなかったのよ。最初は教授と結婚して彼の実家から融資して貰おうと思ってたんだけど、それじゃ間に合わなくなっちゃった。・・・いっそ、サッサと事実上の夫婦にでもなってくれれば上手くいったのに」

 いくら誘惑してみても、最後の一線は越さない彼に業を煮やした。

「だったらもう、でっち上げで慰謝料をふんだくるしかなかったってこと。上手くいけば、学院に残って別の婿候補を探せたはずよ。可哀そうな傷物娘を逆手に取ればイイんだから」


 アスタは演技を捨てて、素の自分をさらけ出していた。

 策士でしたたかで、自己本位の本性を。


「沖代教授、出ていらして結構です」

 ゲンが衝立の向こうに声を掛けた。

 アスタとオスミ氏の全ての台詞を聞いていた三吾は、無表情で出てくる。

「えっ!いたの!」

 ギョッとして、騙したのねという目でゲンを睨みつけたアスタだが、詐欺師が今更なんだという冷ややかな目で睨み返された。

「・・・何故、僕をターゲットにしたんだ?」

 三吾の感情の籠らない声は、彼の心を如実に物語っている。

「決まってるじゃない、一番都合が良かったからよ」

 もうこうなったら、取り繕う意味も無いと思ったアスタは、素のままの声と態度で答えた。

「教授なんて面倒くさいけど、立場があるから、いざとなったら慰謝料の額も大きくなるでしょ。最初は全く眼中になかったけど、夏休み明けから見た目も良くなってきたし、これなら結婚という形になっても我慢出来るかなって思ったのよ」

 アスタは吐き捨てるように言うと、傲然と頭を上げてプイっとそっぽを向いた。

 それが演技でない事は、さすがに三吾にもよく解った。




 後日、全てが落ち着いたところで、ゲンは三吾の自宅を訪れた。

「報告に来たぜ」

 ゲンは慣れた態度で居間のソファーに腰を下ろすと、アスタ父娘のその後について話し始めた。


 オスミ商店は差し押さえも終わり、店舗は売られて負債の一部に当てられた。

 父親は学院に対して多額の賠償金を支払う義務も負い、アスタは学院を自主退学して父と共に衛兵隊の監視下で働くことになった。負債と賠償金を支払い終えるには、何十年もかかりそうだ。


 学院としては詐欺の被害者に当たるわけだが、内々に済ませてきたつもりでも学内での噂は止めようがない。虚実入り乱れた学生たちや職員の噂話が落ち着くまでには、時間が掛かりそうだ。真相を公表しても、裏を勘繰る人間は必ずいるものだ。

 沖代教授に対しては、詐欺のターゲットになった被害者ではあるが、アスタの計略に乗せられて風紀を乱したという部分で処罰が与えられた。あと少し残っている後期の講義は代理の教授が勤め、三吾本人は次の前期まで休職という事になった。


 ゲンの報告が終わると、三吾は深々と頭を下げる。

「君と奥さんには、本当に世話になった。どれほど感謝しても足りないくらいだが、僕にはどうして良いか解らない。率直に聞くが、何かして欲しいことは無いだろうか?」

「水臭いって言われることは、予想してんだろ?」

 ゲンは軽口をたたくが、三吾は俯いたまま顔を上げずにいる。

「ま、ルビーにも言われたんだ。『お礼を受け取った方が、これで終わりってすっきりする場合もあるのよ』ってな。だから、美味くて上等な酒を貰っておこうって話になってる」

 俺とアイツの2人分な、と言って明るく振舞うゲンだが、ようやく顔を上げた三吾には、事件が解決したという晴れやかさは欠片も無かった。

「解った。取り敢えず、そうさせて貰う」

 三吾はそう言って、大きなため息をついたが、どこか思いつめたような顔をしている。


「それにしても、とんでもない事件だったな。お前は被害者なのに、処罰まで食らっちまったわけだから、落ち込むのも解るが・・・元気出せや」

 幼馴染の暖かい励ましも、彼には効果が無いように見える。

「・・・自分が悪いんだから、それは当然だと思ってる。そもそも僕が、アスタに心を傾けなければこうなることは無かったんだ。つくづく自分に嫌気がさしてる。少しばかり自信が付いたからって、調子に乗っていたんだろう。女性関係は、もうこりごりだ」

「そこまで自分を追い込まなくてもイイだろ。もう謹慎も解けたし、うちに飲みに来ないか?店が嫌なら上の自宅の方でもいいしさ。浴びるほど呑んで、憂さ晴らしして忘れるのがイイって」

 そんなゲンの言葉に、三吾はゆっくりと首を横に振った。

「いや・・・実は先日、実家の兄から手紙が来た」


 三吾の実家は、東にあるクトロ公国にある。家業である『オキシロ商会』の本社はレーエフにあるが、家を継いでいる長兄の家族は、クトロ公国の広大な敷地の中の立派な邸宅に住んでいた。長兄はほぼ単身赴任的な状況だったが、ちょうど事件の時には年末年始の長期休暇として家族の元に帰っていたのである。手紙はそこから届いたものだった。


 手紙の内容は、事件の事を知ったこと。そして三吾の今後の身の振り方についてだった。


「完全にほとぼりが冷めるまで、実家に来いと言ってきた。そこで見合いをして身を固めろとね」


 事件の事が完全に落ち着くには、かなり時間が掛かるだろう。

 いっそ結婚して身を固めた方が、色々と良いのではないか。

 見合い相手と段取りは、こっちでつけておく。実はちょうど良い相手がいるので、そっちに迎えの馬車を出すから取り敢えず来い。

 そんな内容の手紙には、見合い相手の事も付け加えられていた。


 クトロ公国の貴族の娘で、親は資産家。大きな声では言えないが、出戻りで色々問題があるご令嬢らしい。親の方は何とか娘を片付けたい意向で、この際相手は平民でも構わないらしい。嫁に貰ってくれるなら、資金援助は惜しまないし、何なら形式上の結婚でも構わないとまで言っている。


 長兄の手紙には、縁が結べたらオキシロ商会にも大きな利益があるし、何なら三吾個人の研究所を建てても良いと書いてあった。

 形式的な夫婦として、互いにその立場だけを受け取って、好きなように生きていけば良いのだ、と。


「それも、悪くないかと思っているんだ。何だかもう、研究以外の事は考えたくない。迎えの馬車は来週こっちに来るので、行くつもりなんだ」

 女性に対してだけではなく、人との関わりさえ嫌になっていた。そもそも、自分には向いていないのだろうと思うと、以前のように研究のことだけを考える生き方の方が良いのだ。

「・・・来週って・・・どのくらい向こうに行ってるんだ?エルオリーセとアルバには、何も言わずに行くつもりなのか?」

 ゲンは流石に驚いて、今まで敢えて言わずにいた彼女たちの名前を出した。


「いつ戻るかは解らない。戻らないかもしれない。・・・彼女から昨日、手紙が届いたが・・・」

 三吾はもう1通の手紙をゲンに差し出した。


 エルオリーセとアルバは、現在クトロ公国にいたが、契約していた調査が先方の都合で中止となったのでレーエフに帰ると書いてあった。帰る日は、今日から3日後になっている。


「・・・出来れば、顔を合わせずに行きたいんだ。というか、合わせる顔が無い・・・僕には、そんな資格は無いんだ」

 彼女に何と思われても、それは自業自得なのだ。

 彼女の心を傷つけることは間違いないだろうが、それでも彼女の傍にはメタモルファルのアルバがいる。きっとエルオリーセは、癒されてゆくだろう。

 アルバが傍にいる限り、幸せに暮らしてゆけるだろう。

 三吾としては、ただそれを祈るしかないと思っていた。


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