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『蝕みの魔女』は『星読みの聖女』となり、異世界に既望をもたらす  作者:


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微かな変化〜ラディ視点〜

「太陽が一つだけ!?」


 大きな声を出してしまった私に掛布を頭から被った少女――――ルーレナが長椅子に座ったまま体を縮こまらせて小さく頷いた。


「は、はい……」


 怯えに染まり警戒するように私を覗き見る紫の瞳。

 ちなみに私はドアの前に立っている。これ以上、近づいたらルーレナが長椅子の影か、部屋の端へ移動してしまうため。


 少しの物音にもビクリと体を跳ねさせて逃げ腰になるのに、大声を出したらどうなるか。わかりきった失態に私は心の中で反省しながらも、表情には出さずに謝った。


「大きな声を出して、すみません。かなりの驚きでしたので」

「い、いえ。その……だいじょう、ぶ……です」


 そう言いながらも、掛布の下では自分を守るように体を抱きしめて、長椅子の端へ寄っている。私を見つめる目には不信が滲み、微かに浮かべる笑みは愛想笑い。


 最初は長椅子の影に隠れていたが、食事をとってから少し余裕ができたのか少しずつ会話ができるようになった。

 ただ、こちらの機嫌を伺うように言葉を選んでいる様子がある。


 違う世界に召喚されたことに対して、拒否感や嫌悪感があるかと思ったが、そこはすんなりと受け入れられた。

 ボロボロだった体と服装から、むしろ召喚されて良かったのかもしれないが。


 私は話題を戻すために質問をした。


「それで、太陽がない間はどのように過ごすのですか? 太陽がない、ということは真っ暗なんですよね?」

「明るくはありませんが、火を焚いて灯りにしたり、あとは『寝る』だけなので……」


 聞いたことがない単語に首を捻る。


「あの『寝る』とは、どういう意味ですか?」

「『寝る』は『寝る』ですけど……」


 戸惑うように口ごもるルーレナに私はもう少し詳しく訊ねた。


「すみません。この世界には『寝る』という単語がないので、どういうことなのか教えていただけませんか?」

「え? でも、夜なったら『寝る』んじゃ……あ、この世界は太陽が沈まないから……そうなると、えっと、他の単語だと『睡眠』とか『休息』とかになるかと」

「『睡眠』は分かりませんが、『休息』は分かります。『寝る』とは『休息』のようなものですか?」

「はい。頭と体を休めることです」


 私はルーレナが掛布を頭から被って休んでいたことを思い出した。


「布を頭から被り、体を横にして休むことが『寝る』ということですか。分かりました」


 納得している私にルーレナが小声で呟く。


「……ちょっと違うような」


 その言葉に視線をあげると銀髪がビクリと跳ねた。


「どこが違います?」


 普通に訊ねたつもりだったが、ルーレナは顔を青くして頭を横に振った。


「ち、違わないです。その通りです」


 そう言いながら顔を守るように体を丸める。

 必死に自分を守る動作。相手の意にそぐわないことを少しでも口にしたら暴力を振るわれていたのかもしれない。


 ルーレナをこんな状態にした見えない相手にチリッと怒りが沸く。と、同時にどうにかしなければ、という気持ちも。


 ひとまず、私は敵意がないことを示すため、その場で片膝をついてルーレナを見上げた。


「何もしませんから、顔をあげてください。私はあなたがいた世界について知りたいだけなのです」


 掛布が動き、銀髪がサラリと流れる。


「私がいた世界、について……ですか?」


 恐る恐るこちらを見る紫の瞳。


「はい」


 大きく頷くと目があったルーレナが「ウッ」と鼻を押さえて俯いた。


「どうしました!?」


 思わず腰をあげて駆け寄る。


「片膝をついて見上げるショタ……尊死……」


 掛布の下でそう呟いた言葉を聞いた時、言葉の意味は分からなかったが「あ、大丈夫かも」と感じた。




 それから私が正確に『寝る』について理解するには、もう少しの時間を要した。


 いや、今も完全には理解できていない。


 私たちの『休息』は意識があり、何かあればすぐに動くことができる。だが、『寝る』という行為は意識がなく、場合によってはすぐに動けないという。


「そんな無防備で無駄なことを半日もするなんて」


 どうしても信じられなかった私は、隠匿の魔法で気配を消し、ルーレナが『寝る』をしている部屋のドアをそっと開けた。


 真っ暗な部屋に静かな呼吸音が響く。ルーレナの要望で窓を板で塞ぎ、光が一切入らないようにした。こうしないと『寝る』ことができないらしい。


 足元から伸びる一本の光の道。その周囲には暗闇。


 この光だけでは心許なく、胸が締め付けられる。脈が速くなり、呼吸が浅くなっていく。体の奥底がうずき、もう一人の自分の存在を強く感じる。

 クラリと世界が揺れ、頭を押さえた。


(このままだと、意識が……)


 そこに、ふわりと香る銀零華の匂い。不思議と全身の力が抜け、心が落ち着く。


 余裕ができた私は周囲を確認して頷いた。


「大丈夫。光は、ある」


 ドアを開けたまま、差し込む光で出来た道を進む。


 部屋の真ん中にある長椅子。その上で掛布に包まり、少しだけ顔を出しているルーレナ。鮮やかな紫の瞳は瞼で隠され、動く様子はない。


 ただ、その表情はどこか苦しそうで、不安気で、今にも泣きだしそうで。


「そんな顔になるのに『寝る』ということをしないといけないとは」


 定期的に『寝る』としないと体と精神が壊れるのだという。その回数は私たちの『休息』よりも遥かに多く一日一回は必要だという。


 小さな額を隠す銀髪。真っ暗な部屋の中で唯一の輝き。


 そこに影を落とすような苦しげな声。


「違う……あれは、私が書いた……私の……」


 突然の言葉に驚いたが、同時に納得した。

 ルーレナから、寝ている間は夢というモノを見ることがあり、寝言という言葉を話すことがある、と聞いていた。これが、その夢と寝言なのだろう。


「不思議な状態ですね」


 見下ろす先には、怯えたように小さくなった体。


「これだけ近づいても気が付かないとは。本当に意識がないんですね」


 起きている時ならば、逃げ出すか怯えて隠れる距離。

 だが、今はそういう気配がまったくない。


 黙って観察していると、悲痛な声が漏れた。


「……ヤメ、て……私は、魔女じゃ、ない……」


 ここは前の世界とは違う、安全だ、と何回も説明した。しかし、深く本能に刻み込まれた恐怖は簡単には消せないらしい。


 出会って一日しか経っていないルーレナのことについては知らないに等しい。それでも、どうにかしたい、と思ってしまったのは……


「……計画のためです」


 揺れる心に蓋をするように呟き、自分の現状を再確認する。


(もう一人の自分をあいつらに殺させないために)


 ルーレナを味方にする必要がある。


「せめて普通に会話ができるようにしないと」


 言葉とともに、つい髪へ手を伸ばしていた。

 柔らかく滑らかな銀髪が指の間を滑り落ちる。そのまま小さな頭を撫でると、苦悶に満ちていた顔が和らいだ。

 口元が緩み、嬉しそうに微笑む。まるで、この手が触れたことで安心したかのような……


 そう自覚した瞬間、ドキリと胸が跳ねた。


 今まで感じたことがないほど顔が熱くなり、恥ずかしさが駆けあがる。


 私は急いで部屋から出た。


 ドキドキと早鐘を打つ胸を押さえて静かにドアを閉める。


「……これは、暗い場所にいたせいです」


 誰もいないのに言い訳をするように言葉が落ちた。




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