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出会い~ラディ視点~

 『星読みの聖女』は闇を殺す。


 そう語り継がれていたため、勇猛果敢で屈強な人物を想像していたのだが……


 森の中。木々の隙間から覗く三つの太陽が怯えきった一人の少女を照らす。

 顔を守るように両手で頭を覆い、体を小さく丸めている。星読みの聖女の証である銀髪はボサボサ。白い肌は土と痣で汚れ、服はボロ布一枚。靴はなく、足は傷だらけで血が滲む。


「本当に、これが……?」


 小さな呟きにもビクリと肩を跳ね上げ、体をますます小さくする。それは、怯え切った小動物のようで……

 頭を振って同情しかけた心を払う。


(ここで生かしたら、召喚に介入した意味が……)


 服の下に忍ばせているナイフに手を伸ばす。


 そこに小さな声がした。


「殺さないで……」


 今にも消えそうだが、はっきりと聞き取れた。


「……死にたくない、しにたくない……シニタクナイ……」


 壊れたように、ひたすら呟かれる同じ言葉。力もなく、口から零れ落ちる掠れた声。


 こんな様相になっても生にしがみつく姿は、醜く、愚かで、浅ましく、意地汚い。

 だが、外見とは反対に、眩しいほど尊く強かで、煌めく生きる意志。


(なぜ、こんな状態になってまでも……)


 私はナイフから手を離していた。

 あてもなく彷徨う手。その言い訳をするように思考を巡らす。


(ここで殺したら、アイツらと同じに……殺すことでしか解決しようとしない、アイツらと同じように……ならば、私は違う道を……)


 大きく息を吐き、覚悟を決めて足を踏み出す。


「殺しませんよ」


 少女の呟き声がピタリと止まる。それから銀髪が恐る恐る動き、顔が上を向いた。


 綺麗な弧を描いた銀色の眉に、煙るように長い銀色の睫毛。スッと通った鼻筋と、カサカサに荒れているが、花びらように可憐な唇。汚れていても分かる、きめ細かく瑞々しい肌。

 整いすぎたほど整った顔立ちの少女。


 だが、それより目を惹くのは紫の瞳。紫なのに、淡いピンク色から濃い藍色へと変化するグラデーション。吸い込まれるように深く、それでいて鮮やかで。


(こんな目は、見たことがない……)


 息を呑んでいると、呆けた声が耳を掠めた。


「……ショタ? 理想のショタが……」


 耳慣れない言葉に首を捻る。


「ショタ?」


 私の声に焦点があっていなかった瞳に光が灯る。


「しゃべった? 本物? もしかして、ここは天国? そっか、天国か……」


 それだけ言うと少女は瞼を閉じて倒れた。


「なっ!? おい!」


 死んだ!? と慌てて体に触れれば、息はしており、心臓も正常に機能している。


「……どういう状態ですか?」


 『寝る』という行為を始めて見た瞬間だった。


「とりあえず、このままというわけにもいきませんし」


 私は少女の体を抱き上げた。補助魔法を使えば、これぐらいの体は持ち上げるなど造作もない。


 この世界の人間は『寝る』ということをしない。疲労が溜まれば半日ほど何もせずに過ごす。それで大抵は回復するからだ。

 その時に好みの音を流したり、落ち着く香りを漂わすことはあるが、私は何もしない。座面が柔らかな長椅子に転がり、何も考えずに過ごすだけ。


 何もできない時間は勿体ないが、体が回復するのに必要であり、これを定期的にしないと効率が落ちるので、仕方なくしている。


 少女を抱えたまま家に入った私は奥の部屋へ移動した。


「ここでいいでしょう」


 普段は私が休む時に使っている長椅子に少女を転がす。ふわりと微かに香る銀零華のような甘い匂い。


「……銀零華の時期ではないのに」


 周囲を見るが花も甘い匂いがする物もない。

 家の中でも日当たりがよく、爽やかな風が吹き抜け、窓の外の景色もよく見える特等席。さわさわと揺れる緑の葉が香り、垂れた花々が涼音を鳴らす。家の周りは自然のみで人工物はない。


「まずは、その汚れた体と服を綺麗にしないといけませんね」


 私は人差し指を出して少女の上に円を描いた。それだけで、汚れていた肌は真っ白になり、ボロ布だった服はゆったりとしたデザインのワンピースに。ついでに怪我も直したので、これで動けるだろう。

 そう考えたのだが、少女は苦しそうに眉間にシワを寄せると窓側に背中をむけて体を丸めた。それから、両手で体を抱きしめ、逃げるように顔を胸に埋める。

 しかも、微かに震えていて……


「寒いのですか?」


 『寝る』という行為を知らなかった私は普通に話しかけていた。

 当然、返事があるわけもなく。


「困りましたね」


 手を振って厚手の掛布を出した。グリフォンの羽毛を織り込んで作られた肌触り抜群の布が震える体を包み込む。


 すると、少女が頭からすっぽりと掛布の中へ。


「ちょっ!? それは、遮光性が高い布で……」


 この世界の生き物は光がないと自我が保てない。光が弱くなるだけでもソワソワとして、場合によってはパニックになる。

 それが、布の中とはいえ暗闇に近い状態に頭を突っ込むなんて考えられない行為。


 焦る私に、スヤスヤと安定した呼吸が聞こえてきた。震えもなくなり、先程より落ち着いているようにさえ見える。


 思わぬ光景に愕然とした。


「まさか、自分から暗闇に……いや、だから闇が殺せるのか……」


 私は思考を切り替えた。


「もしかしたら、これがこの少女の回復方法なのかもしれませんね。だとしたら、しばらく様子見となりますか」


 自分の場合は、回復するまで半日の時間を要する。


「この間に何か食べ物と飲み物を準備しておきましょうか。そういえば、ケルピーの鱗と麒麟の角がありましたね。今から蛍火に浸け込んでおけば、半日で飲み頃になるでしょう。あ、そういえば雲霓(うんげい)紅霞(こうか)もありましたから、それで簡単な食事も」


 こうして少女が回復するまで私は料理をすることで時間を潰すことに。




 食事の下準備を終え、部屋の片付けをしていると物音がした。


「回復しました?」


 少女がいる部屋を覗くとガタガタと激しい音がして、長椅子の影に銀髪が隠れた。


「あの、どうしました?」


 私の声に対してチラリと覗く紫の瞳。その色は怯えと警戒が強く、とても話ができる様子ではない。


(下手に近づくより距離を取った方がいいかもしれませんね)


 そう判断した私はキッチンへと踵を返した。

 飲み頃になったケルピーの鱗と麒麟の角をグラスに注ぎ、紅霞をかけた雲霓を皿にのせて部屋に戻ると、長椅子の隣にあるサイドテーブルへ置いた。


「食欲があれば、食べてください」


 そのまま退室しようとしたら、思わぬ声が返ってきた。


「……これ、食べ物なの……ですか?」


 この世界では一般的な料理だが、この少女にとっては違うのかもしれない。


「そうですよ。心配なら先に食べてみせましょうか?」


 チラリと紫の瞳が動く。私と視線が合うと、白かった顔を真っ赤にさせて再び長椅子の裏に隠れた。


「あ、あの、ここは、どこでしょうか? 私は、その……どうなったのでしょう……」


 徐々に沈んでいく声。この世界に召喚される前に何があったのか分からないが、服装などの状況からロクでもなかったのだろう。


 私は安心させるために、ここが違う世界で安全な場所であることを説明した。


「ここは、あなたがいた世界とは違う世界です。ここは私の家で、あなたを害する者はおりません」


 そろそろと紫の瞳が覗く。部屋の中を見まわしてポツリと言葉を零した。


「ここが、ショタの家……」


 ショタの意味はわからなかったが、聞き流した。危害をくわえることはない、という意思表示を笑顔で見せる。

 すると、少女の頬が薄っすらと染まり。


「つまり、天国?」


 知らない単語を呟かれた。



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