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『蝕みの魔女』は『星読みの聖女』となり、異世界に既望をもたらす  作者:


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突然の混乱

 様々な思惑を含んだ視線が集まる中、鈴を転がしたような声が響いた。


「言われた通りにランプを集めてまいりました」


 視線をさげれば長い茶髪をひとつ三つ編みにした少女が絨毯の上からこちらへ向かっておっとりと手を振っている。地中管理人(ノーム)の代表であるペトラだ。

 その隣にいる水海管理人(ウンディーネ)代表のマレが大きめの声で私たちに呼びかける。


「今のところ暗獣が出てくる気配はないよ。念のために水中にもランプを配置したから」


 視線を落とせば、マレの青髪より濃い水の中に光が見える。沈むこともなく、等間隔で漂うランプは暗い湖の中で輝く星のよう。


「すごい、綺麗……」

「発案はマレなんだ。ランプの数が限られているから、そこまで明るくないけど暗獣避けにはなってるみたいだ」


 説明をしながら風音管理人(シルフ)の代表であるカムエルが文字通り飛んできた。風の魔法で飛んでいるらしく、刈り上げた緑髪がバサバサと揺れている。

 そこに頭上から冷徹な声が降ってきた。


「やっと、来ましたか」

「この声は……」


 これまでの事を考えると良いイメージはない。

 渋々、見上げるとそこには予想通りイーンシーニスが。ただ、赤に白い斑点がある毒々しいキノコの上に座っている。しかも、当然のようにエカリスを膝にのせて。


「なんで、キノコ……?」

「早いからですよ」


 何を言っているんだ? という目で見下ろされる。


(聞いた私が間違ってるの? やっぱり、この世界の常識は分からないわ)


 湧き出る不満を無理やり飲み込んで私は声を出した。


「もう少し愛想がないとエカリスちゃんに嫌われるわよ」


 水色の瞳が丸くなり、慌てるように視線が膝に移る。


「そうなのですか?」

「嫌いになりません(ちぇん)よ?」


 白い壁を揺らしてコテンと首を傾げる。前より落ち着いた雰囲気もあるけど、それは満たされたことの表れでもあるようで。

 ホッとしながらも、その無垢で愛らしい姿に浄化されていく。


「幼女沼にもハマりそう……」


 私の呟きにイーンシーニスがエカリスを隠すように抱きしめる。


「汚らわしい目で見ないでください」

「失礼ね」


 でも、自覚があるから強くは言えない。


 ググッと唸っていると背後から抱きしめられた。


「僕もいるけど……ダメ?」


 甘えるような声に耳が熱くなる。


「いや、ダメとかじゃなくて……」


 おどおどする私にフランマの呆れた声がする。


「遊んでいる場合じゃないんだけど。始めてもいいかしら?」


 我に返って周囲を見ると、呆れと冷めと微妙な視線が刺さってきて。


「そ、そうね! 空も暗くなったし、早く飛ばさないと!」


 世界樹は光がないと枯れるという。それなら、ランプや光の魔法を飛ばして世界樹を照らせば枯れるのを防げるのではないかと私が提案をしたのだ。


 すると、一番ゴネそうなイーンシーニスが「何もせずに枯れるよりマシですから」と最初に賛同。それからはどんどん話が進んで、今の状況となった。


(新しい命が生まれなくなったとはいえ、みんなにとって大切な樹なんだろうな)


 暗闇の中だと発狂するのに、それでも安全な場所ではなく世界樹を照らすために多くの人が集まった。それが、この世界の人の想いを表しているのだろう。


「じゃあ、始めるわよ! みんな、飛ばして!」


 フランマの掛け声で一斉にランプが浮かび上がる。


 濃紺から黒になった空。そこに満天の星が散らばっているが、地上を照らすには弱い。そこに、ふわりゆらりと無数のランプが登っていく。

 太陽が出ている時には見られない。夜だからこそ、光が美しく煌めく景色。


「……うわぁ」


 幻想的な光景に、いろんなところから感嘆の声が漏れる。異世界であっても、綺麗な景色に感動する心は同じらしい。

 少し振り返ると、シアも紺碧の目を輝かせて夜空を見上げていた。


(……ラディにも見せたかったな。あ、シアの目を通して見ているかも)


 そう考えると少しだけ胸が温かくなる。


「あとで、いろいろ話したいな」


 だからこそ余計に、ラディが口にした「最期」という言葉が気になる。


(これが終わったら、会えるよね?)


 そっとシアを覗き見していると、淡々とした声が響いた。


「カエルム、世界樹全体にランプがまわってるか確認してください。マレは不足の事態に備えて、水中にあるランプをいつでも空に飛ばせるように準備を」


 キノコに乗ったままイーンシーニスが次々と指示を出す。

 宙に浮かぶランプを背景に、白髪を揺らしながら美形が飛び回る優美な光景、なのだけど……座っている毒々しいキノコがすべてをぶち壊す。


「もうちょっと、別の乗り物はなかったのかなぁ」


 どこか残念な気持ちになっていると、私の頭に温かな手が触れた。突然の行動に振り返ると、シアが私の頭を撫でている。


「シア?」

「ごめんね」

「え?」


 今にも泣きだしそうな顔。紺碧の瞳が悲しげに滲み、声が微かに震えている。


「どうした……」


 質問が終わる前に黒い風が吹き、シアを連れ去った。


「シア!?」


 穏やかだった湖面が激しく波立ち、荒波となって小舟を揺らす。突風は暴風となり、空を飛ぶ絨毯を振り乱す。


「うわっ!?」

「キャー!」


 人々の悲鳴が響き、穏やかだった光景が一変する。

 暴風は竜巻となって湖の水を空へと巻きあげ、世界樹を囲んでいく。


 絨毯が激しく波打ち、私は落ちないように必死にしがみついた。


「どうなってるの!? 闇の管理人は何をしているの!?」


 フランマの叫び声が耳に刺さる。顔をあげると浮かんでいたランプはすべて吹き飛び、暗闇が広がる。


 その先、世界樹の真上に立つ黒い影。


 まるで、そこだけ別の空間のように穏やかで。髪一本揺れず、無表情のまま立っているシア。暗闇の中で紺碧の瞳が不気味に輝く。


「世界樹を枯らすつもりですか!?」


 イーンシーニスの問いにシアがにっこりと微笑んだ。


「うん」


 無邪気で、自分が正しいことをしていると疑っていない顔。


「どうして!?」


 私の叫びが他の叫びでかき消される。


「キャァァ!」

「光はどこだ!?」

「やめろ! 来るな!」


 何もないところを叩いたり、自分の喉をかきむしったり、頭を抱えて震えたり、光が消えて錯乱状態になっている。


「落ち着いてください! 魔法で光を出してください!」


 ボールほどの光の球体を浮かべたペトラが周囲の人に声をかける。マレやカムエルも同じように魔法で光球を出して人々を正気に戻していく。


「フランマ!」


 気が付けばキノコに乗ったイーンシーニスが私の隣に移動していた。しかも、キノコが発光していて、かなり明るい。

 眩しすぎて目を細めていると、イーンシーニスが膝にのせていたエカリスを抱き上げた。


「エカリスをお願いします」


 絨毯の上に光球を出したフランマがエカリスを受け取るように両手を伸ばす。


「何をするつもり?」

「闇の管理者を止めます」

「それこそ、どうやって?」

「力づくでも」


 その言葉にエカリスがイーンシーニスの胸に抱きついた。


それ(ちょれ)なら私も行きます(ましゅ)!」

「ダメです。あなたはここで待っていてください」

「でも、魔法なら(わたち)の方が!」


 絶対に離れない、とイーンシーニスにしがみつくエカリス。


「……すみません、今は時間がないので」


 水色の瞳がピンクの瞳と視線を合わせる。それだけで、エカリスが脱力した。

 イーンシーニスがエカリスを抱き上げてフランマに渡す。ピンクの瞳は開いているが、焦点が合っておらず力も入っていない。


「安全なところへお願いします」

「わかったわ」


 フランマがしっかりとエカリスを抱きしめる。

 そのまま飛び立とうとするイーンシーニスを私は慌てて止めた。


「待って! 私も連れて行って!」


 少しの沈黙の後、白髪が頷く。


「いいでしょう」

「ありがとう」


 私はキノコに飛び乗った。キノコの頭が低反発マットのようにゆっくりと沈み、私を包み込む。


「振り落とされないように」


 イーンシーニスの声を残してキノコがグンッと動いた。一直線にシアがいる方へと飛んでいく。


 湖面では魔法で出した光によって徐々に落ち着いてきた人々が世界樹から離れていっている。


「念のために光魔法を塗りこんでいて良かったです」


 あれだけ毒々しかったキノコが流れ星のように周囲を照らしながら進む。


「こうなることを予想していたの?」

「何が起きるか分かりませんから」

「確かにそうだけど」


 それでも、こんな状況は想像できなかった。


 私たちは湖から飛び出してくる黒い水柱を避けながら世界樹の頂上を目指した。



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