準備開始
「エカリスちゃんの両親は何をしているの?」
「何を、とは?」
「エカリスちゃんを育ててないの?」
「強い魔力を持った子を作るためでしたから、育てる予定はありませんでした」
倫理観がしっかりしているのかと思えば、この状況。
怒りを通り越して呆れが強くなる。
「生んで放置って、それこそ問題あるでしょ」
「養護院で生活していますから問題ありません」
「……養護院って、なに?」
首を傾げる私にラディが説明をする。
「世界樹から生まれた子を育てる場所です。そこで一般的な知識と教養を身に着け、自立できるようになったら一人暮らしをします」
たしかに世界樹から生まれた場合は親がいないから、一人立ちするまでの衣食住は必要だろう。この世界の人たちの半分は世界樹から生まれるから、こういう状況に抵抗がないのかもしれない。
そうだとしても……
「それは親がいる子どもの場合でも?」
「親によりますが、ほとんどの子は一人立ちするまで親と暮らします」
私はキッとイーンシーニスを睨んだ。
「それなら、エカリスちゃんも親と一緒に暮らさないと! 最悪の場合、自分のことをいらない子だと思うでしょ!」
叫んだ私にそれまで冷淡だった水色の目が丸くなる。
「なぜ、そう思うのです?」
本当に分かっていない様子。
私は額を押さえてため息を吐いた。
「他の子は親と育っているのに、自分だけ違う。それは親に捨てられたからじゃないか、って思うでしょ。強い魔力を持った子が生まれるための計画だったなんて知らないんだから。望まれていなかったんじゃないか、自分は必要とされていないんじゃないか。そう考えても、おかしくないわ」
イーンシーニスが美麗な顔をポカンとさせたまま呟いた。
「……私たちは必要としているのに?」
「それを言葉に出して、エカリスちゃんに伝えたことある?」
私の問いに無言になるイーンシーニス。この様子だと伝えたことがないのだろう。
「だから、余計に不安で心配で、頑張って、頑張って、お嫁さんになるって言うのよ。自分を認めてほしくて」
私はビシッと指さした。
「自分たちの勝手な都合でエカリスちゃんを傷つけたのだから、ちゃんとケアしなさい!」
「勝手な都合ではありません」
「そう? 私からしたら、自分たちの都合で誕生させた、培養液の中で作った人工生命と大差ないように見えるわ」
私の言葉に水色の瞳がグッと詰まる。
「あなたはエカリスちゃんが必要なの?」」
「当然です」
「エカリスちゃんが魔力を持っていなくても?」
「関係ありません。エカリスはエカリスであり、私たちの仲間です」
「あなたたち、じゃない。あなたにとって、どうなの?」
イーンシーニスが目を閉じる。
しばらくの沈黙の後、瞼が開いた。水色の瞳が初めて柔らかくなる。
「大切な存在です」
短い言葉だったけど、今までの冷淡な声とは違って温もりが宿る。
そこに可愛らしい声がした。
「……本当に?」
ドアの近くから響いた小さな声に全員の視線が集まる。そこには、しまったという顔をしているエカリスが。
部屋に入った時にはいなかったし、途中でドアが開いた様子もなかったのに。
「いつから、そこに?」
「どうやら魔法で私たちに気づかれないように部屋に入って、話を聞いていたようですね」
私の疑問にラディがあっさりと答える。
「……エカリス、待機しているように言いましたよね?」
イーンシーニスの低い声に小さな肩がビクリと跳ねる。
「あ、あの、ごめんなさい。どうしても、気になって」
明らかに怯えているエカリス。私はさっき抱きしめすぎて逃げられたことを忘れて、小さな体を抱きしめた。
「いいのよ。あんな冷血漢の言うことなんて気にしないの」
「でも、大切って」
「あ、それは気にしていいわ」
私を見上げていたピンク色の瞳が輝く。それから、イーンシーニスに顔をむけた。
「大切って、本当ですか?」
ストレートに聞かれ、真っ白な髪が表情を隠した。事実だからこそ、恥ずかしさを誤魔化しているのだろう。
でも、そのことに気づかない……いや、気づくはずのないエカリスがイーンシーニスに迫る。
「シーニス?」
「いや、あの、その……」
水色の瞳が助けを求めるように私たちを見る。
その様相にラディがフッと口角をあげた。
「私たちの計画に協力していただけますか?」
イーンシーニスがグッと息を呑む。
それから、淡々と、でも少し慌てたように言った。
「わかりました。協力しますから、まずは私の方をどうにかしてください」
紺碧の瞳がニヤリと細くなり、私に目配せをする。
私は軽く頷いてエカリスをもう一度抱きしめた。
「そうよ。イーンシーニスにとって、エカリスちゃんは大切な存在。だけど、恥ずかしくて何度も言えないんだって」
「どうして、恥ずかしいんですか?」
「まぁ、恥ずかしいというより、照れてる……かな」
「照れて?」
「そう。それだけエカリスちゃんが大切ってこと」
私の言葉に小さな顔がパァァァと明るくなる。
「だから、エカリスちゃんはそのままでいいのよ。もっとイーンシーニスに甘えていいし、我が儘を言ってもいいの。エカリスちゃんは大切な存在だから」
私はこちらを黙って見ているイーンシーニスに言った。
「でしょう?」
にっこりと微笑みながらも、反論は許さない圧をのせる。
すると、意外にもイーンシーニスが頷き、私たちの前にきて、床に片膝をついた。
「そうですね。エカリスはもっと甘えていいし、我が儘を言ってください」
「でも……我が儘を言って嫌いにならない?」
「言い過ぎたら、ちゃんと注意します。それに、私もちゃんと自分の意見を言うようにします」
「本当に?」
疑うというより、恐る恐るという様子で確認するエカリスにイーンシーニスがはっきりと頷く。
「はい。嘘は言いません」
「じゃあ、約束ね」
大輪の花が咲いたように笑うと、小さな小指を差し出した。その行動にイーンシーニスが自分の小指を絡める。
その光景に私は前世を思い出した。
(この世界でも指切りがあるんだ。前の世界ではなかったのに)
意外な共通点を見つけ、不思議な気持ちになりながら二人を見守っていると、隣から声がした。
「次は、私たちに協力してくださいよ」
「いいでしょう」
いつもの淡々とした口調で立ち上がるイーンシーニス。冷えた水色の瞳も通常に戻った。
ラディが何事もなかったように話を進める。
「まずはアニパルクシアを殺したら闇が消えるという認識を人々から消して、それは間違いだったと広めてください。それから、太陽の動きを記したすべての記録を出して、ランプの作成と、人々が移動する時の手筈を……」
すべてを大人しく聞き終えたイーンシーニスが軽く肩を落とした。
「それなら、闇がきてもどうにかなりそうですね」
フッと息を吐いて水色の瞳を遠くにむける。
「……世界樹がなくても生きていける方法も、こうして探せばあるのかもしれませんね」
「そういうこと」
腰に手を置いて胸を張る私に冷えた視線が刺さる。
「調子にのらないでください。では、準備を始めます」
こうして、夜が訪れる日への準備が始まった。




