提案
気まずい雰囲気を少しでも変えるために、私は隣に立つラディに訊ねた。
「魔力を探るって、どういうこと?」
すると、ラディが天使のような笑顔で私を見上げた。この表情をする時は何か裏がある気がする。
何となく嫌な予感がしたけど黙って答えを待つ。
「フランマは管理人代表で、どこの管理室にいるのか分かりませんから、ちょっと魔力を探って居場所を特定しました」
「本当、失礼極まりないわよ。人の魔力を勝手に探る時点で無礼なのに、それを使って突撃してくるんだから」
「失礼極まりない?」
いまいち分からない感覚に首を捻った私にラディが説明した。
「この世界では魔力は個人情報の塊ですから、それを勝手に探られるのは良い気分ではないですね」
「つまり、プライバシーを侵害したってこと? それはラディが悪いわ」
フランマが不機嫌な理由に納得した私は頭をさげた。
「ラディが勝手に魔力を探って、ごめんなさい」
「あら、『星読みの聖女』は良識があるみたいね。よかったわ」
言葉ではそう言いながらも、値踏みするような視線。
相談するには不向きな空気に悩んでいると、ラディが平然と口を開いた。
「大事の前の小事ですから」
思わぬ発言に私は額を押さえて唸った。
「イーンシーニスと同じことを言わないで」
私の言葉にラディが固まる。
「……イーンシーニスと、同じ?」
気にするところは、そこ!? と思いながらも私は頷いた。
「まったく同じことを言ったわ」
「この言葉を口にするのは止めます。フランマ、勝手に魔力を探って申し訳ありませんでした」
見事なまでのラディの掌返し。イーンシーニスと同じにはなりたくないらしい。
その態度にフランマがプッと口元を緩める。
「まったく。なんなのよ、あんたたち」
胸の前に垂れていた真っ赤な髪を背中に払うと、フランマが口角をあげた。
「わかったわ。その相談とやらを聞いてあげる」
「いいの?」
「えぇ。なんか面白そうだから。ついてきなさい」
そう言って案内された部屋は緑の植物が茂る広い部屋だった。
植物園のように様々な木や花が咲き乱れ、天井の先にある青い海面が光を弾いて揺らいでいる。
「綺麗……」
地上より明るく降り注ぐ光に目を細めていると、フランマが説明をした。
「太陽の光を遮るモノがないから、植物もよく育つの。こっちに来て」
石畳の道を抜け、サラサラと流れる小川の隣にあるテーブルセットへ。
屋外と錯覚してしまいそうな光景を眺めながら椅子に座ると、フランマが口を開いた。
「で、相談の内容は?」
「あの……」
説明しようとしたところで、ガラスのグラスがフワフワと飛んできた。
「え?」
着地したグラスの中では、赤と青の液体がグルグルと追いかけっこをするように回っていて、そちらに意識を奪われる。
(これ飲み物? 飲んでも大丈夫なの?)
謎の液体に気を取られている私の代わりに、ラディが話を進めた。
「この世界が闇に包まれた時、私たちが発狂せずに過ごすための道具、『灯り』の作成に協力していただきたいのです」
フランマが眉間にシワを寄せる。
「『灯り』って、何?」
「暗闇の中でも明るく周囲を照らす物です」
「……それは、どういうこと? 照らすって?」
怪訝なフランマに対してラディが説明を続けた。
「文字通り、暗闇を照らし明るくする道具です。太陽が、光がないのであれば、自分たちで作ればいいのです」
「自分たちで?」
「はい。『ランプ』という道具と光の魔法を組み合わせれば、闇の世界でも室内なら雨の日ぐらいの明るさを作れるそうです」
「ちょ、ちょっと待って。想像ができないんだけど……本当に、そんなことができるの?」
こうなったら、口で説明するより見せたほうが早い。
私はフランマの前に手を出して詠唱した。
『炯然を集いて燐光となれ』
小さな光球が私の掌に浮かぶ……けど、それより天井から降り注ぐ太陽の光が強すぎて見えにくい。
私は立ち上がって自分の体を曲げて影を作った。それでも少し暗い程度だから、光球が淡く輝いているのが分かる程度。
ちゃんと見えているか不安になりながら顔をあげると、驚愕の顔をしたフランマが掠れた声を出した。
「……これ、が『灯り』? 太陽以外の光、ってこと?」
ラディがしっかりと頷く。
「私たちは太陽の光があるのが当たり前すぎて、自分で光を作るという発想がありませんでした。闇があるなら、闇を消す光を作ればいい。闇の管理者を殺す必要はないのです」
説明を聞き終えたフランマが絞り出すように声を出した。
「……光を、作る」
ゴクリと息を呑んだフランマがグラスに手を伸ばして、一気に液体を飲み込んだ。
それから大きく息を吐き、テーブルにグラスを置く。そのま俯き、まるで幽霊でも見たかのように呆然と呟いた。
「……まさか、そんな方法があるなんて」
「常に太陽があるため、私たちには『灯り』という発想がありませんでした」
顔をあげたフランマが私を見る。
「一日の半分が闇の世界だからこその発想ね」
「私からしたら『灯り』の発想がない方が驚きだけど」
ラディが光球に視線を落として説明を始めた。
「この魔法を視れば分かると思いますが、この光は魔力の量でいくらでも強さを変えられます。あとは火を使って光を作り出す『ランプ』という道具を使えば、私たちは闇が来ても発狂することなく過ごせます」
落ち着いてきたのか、フランマが悠然と足を組んでラディに訊ねる。
「でも、闇を強く恐れている人は『灯り』を作るより闇の管理人を殺す方を選ぶと思うけど、そこはどうするつもり?」
この発言に悲しげに俯くシアの顔が浮かんだ。死にたくないのに、死ぬことを望まれ、それを受け入れていた。
そんな悲しい決断をさせたのは、全部この思考のせいで。
(これだけ闇をどうにかする案を出しているのに!)
カッと怒りが頭にのぼった私はテーブルを叩いて立ち上がった。
「だーかーらー! どうしてシアを殺したら夜が来ないって思い込んでるの!? シアを殺したって太陽の動きは変わらないんだから、夜は来るに決まってるでしょ! それとも、この世界は誰かが死んで、太陽の動きが変わったことがあるの!?」
私の勢いにフランマが目を丸くして黙る。
そんな私の隣では優雅にグラスの液体を飲むラディ。私は固まったまま動かないフランマに迫った。
「どうなの!? 誰かが死んで、太陽の動きが変わったことがあるの!?」
少しの間をおいてフランマが答える。
「……ない、と思うわ」
「なくて当然よ。書籍館にあった過去の太陽の記録を見たけど、そんな記載はなかったわ」
怒りが収まらない私はドガッと椅子に座った。
「まったく。どうして人が死んだら太陽の動きが変わると思っているのか……」
と、ここまで言って私はあることが思い浮かんだ。
「もしかして、この世界って天文学が知られてない?」
夜がないから星の観察という発想がない。ならば、天文学が周知されていない可能性も。
「そうだとしたら、太陽の動きが人の死で変わるという変な発想があっても、おかしくない……? いや、やっぱりおかしいでしょ」
いろいろ考えているとラディが口を挟んだ。
「天文学という分野もありますし、太陽の動きが変わらないのも分かります。ただ、このことに関しては何故かそう思い込んでいました。まぁ、その原因も何となく予想できますが」
そう言ったラディがフランマを見る。すると、その視線に応えるようにフランマが頷いた。
「……そうね。もし、それが本当に原因なら問題になるけど」
言葉に出さずに通じ合ったらしい二人。
はたして、どんな原因があるのだろうか……




