火炎管理人の仕事場へ
甘い言葉でどんどん私に迫るラディ。
今までなら瞳の奥に闇があって、それが私を冷静にさせていた。けど、それがない今は……
(ショタは愛でるものなのぉぉぉ!)
私は茹った頭をフル回転させて話題を変えた。
「そ、それよりも、相談があるの」
「……相談、ですか?」
近づいていた温もりが止まる。紺碧の瞳が近くから私を見上げる。
「あの、太陽が全部沈んで夜が来ても『灯り』で雨の日ぐらいの明るさを作れば、この世界の人たちは発狂しないんじゃないかな、って」
この世界は太陽が複数あるため晴れの日はかなり明るい。それを夜に再現するのはさすがに無理だけど、室内なら雨の日ぐらいの明るさは作れるはず。
私の提案にラディが一歩下がって顎に手を当てる。
「たしかに、それなら何とかなるかもしれないですね。ただ、世界中の人たち全員となると、かなりの数の『灯り』が必要になりますから……」
「それなんだけど、この世界って球体だよね? 太陽が全部沈んでるってことは、反対側は太陽が五つ出ているってことよね?」
これだけで私が言いたかったことを理解したのか紺碧の瞳が驚きで大きくなる。
「つまり、太陽が出ている場所に移動すれば……」
「そう。太陽の動きに合わせて移動すればいいの。ただ、それが出来ない人もいるだろうから、そういう人は光の魔法とランプで『灯り』を作ったら良いと思う」
「ランプ?」
「ランプは火が燃え続けて周囲を明るくする装置のこと。光の魔法とランプを世界中に広めて、夜が来ても大丈夫なようにするっていうのは、どうかな?」
しばらく考えていたラディが顔をあげた。
「確かに魅力的な提案ですが、それでイーンシーニスたちがアニパルクシアを殺すことを諦めるか、どうか、ですね。確実な方を選ぶ人たちですから」
「それなら、どうしてシアを殺そうとするの? シアを殺しても夜は来るのに。それこそ無駄で確実でも何でもないことじゃない」
私の言葉に紺碧の瞳が丸くなる。
「え? そうなんですか?」
(なんかシアの時も見たような反応……)
デジャブのようだと感じながら私は言った。
「なんで、シアが死んだら夜が来ないと思うのよ? シアを殺したって太陽の軌道が変わるわけないじゃない。太陽は決まった動きをしているのよ。シアが死んだぐらいで太陽の動きが変わるわけないでしょ?」
ラディが納得したように頷く。
「たしかに、そう言われれば……」
「もう。なんで、みんなシアが死んだら夜が来ないと思ってるの?」
「何故か、そう思い込んでいて……」
真剣な顔で悩み続けるラディ。
話が進みそうにないため、私は訊ねた。
「あと、全部の太陽が沈む日を計算して出したいから、書籍館で調べたいんだけど、できるかな?」
「それをするには先に説得をしてからですね。じゃないと、邪魔されますから」
「説得って、もしかして……」
「四大管理人の代表四人とイーンシーニスです」
「やっぱり……」
イーンシーニスは何となく話を聞いてくれない気がする。というか、話しても却下されそう。
それはラディも同意見らしく。
「イーンシーニスは最後の方がいいですから、それ以外の誰かから、ですね。あと『ランプ』を作れる職人を探して製作を依頼するのと、光の魔法も広めないといけません」
「イーンシーニス以外かぁ……」
私は背もたれに体を預けて窓の外を見た。
温かな明るい陽射し。前の世界だったら暑いぐらいだけど、この世界は気温が調節されているから、どの時間でも過ごしやすい。
そこで、特徴的な真っ赤な髪と鱗の肌が浮かんだ。
しっかりとした体格で、オネェ言葉は印象に強く残っているが、面倒見が良さそう。
「火炎管理人代表のフランマは、どうかな?」
「フランマから説得……ですか。彼なら顔も広いですし、情にも厚いですから、うまく説得できれば他の人も説得してくれるでしょう」
「じゃあ……」
「食事を終えたら彼のところへ行きましょうか?」
「うん」
さっさと料理を食べた私はラディと一緒に、フランマのところへ移動した……のだけど。
そこは、見渡す限り青一色の世界だった。
頭上から足元、右左。すべてが青。
「魔法じゃないと来れない場所とは聞いていたけど……っていうか、ここ何処?」
頭上に見える太陽はゆらゆらと揺らぎ、差し込む光はカーテンのように波打っている。
私は大きなシャボン玉の中にラディと二人でいた。
「海の中ですよ」
「いや、まぁ、水の中っていうのは分かったけど……これが、海の中……?」
魚が空を泳ぐ世界のため魚はいない。代わりに? クラゲのような半透明の生物が漂っているのと……
「モグラが泳いでる……しかも、大きい……」
前世のイルカショーで見たイルカより大きい、もしかしたらシャチぐらいかもしれない。そんな巨大なモグラがミミズを追いかけて泳いでいる。
そんな光景に驚きを超えて、若干引きつつも視線を落とせば、海底からは色とりどりの珊瑚と、色とりどりの水晶がニョキニョキと生えていて。しかも、海流に合わせて体をくねらせて踊っている。
私は痛くなってきた頭を押さえた。
「この世界に慣れてきたつもりだったけど、つもりだった……」
そんな私にラディが声をかける。
「どうしました? 調子が悪いですか?」
つま先立ちをして私の頭に触れようとする小さな手。私はすぐに体を起こして両手を振った。
「なんでもない、なんでもない。ちょっと驚いただけだから」
「……そうですか」
心配そうに私を見つめる目。だけど、声は不服そうで。
「どうかした? なんか、不満そうだけど」
「不満……そうですね。もっと体が大きければ、ルーレナの頭にすぐ触れられるし、包み込むこともできるのに、と思いまして」
「んん!?」
私は一気に顔が熱くなった。
(隠し事はしないからって、ここまで露骨に言われても困るんですけど!?)
返す言葉が浮かばない私は何とか話題を変えるように頑張った。
「えっと……そ、そういえばフランマは何処にいるの?」
「こちらです」
ラディが平然と答えて、手を振る。
シャボン玉がゆっくりと動き出したが周囲に建物や人影はない。キョロキョロと見まわしていると、青一色の海水しかなかったところに突然、穴が現れてシャボン玉ごと吸い込まれた。
「え!?」
「着きましたよ」
ザワザワとした人の気配とともに、眩しいほど差し込む光。
広い会議室のような部屋に真っ赤な髪の人々が宙に浮かんだ文字に触れながら何かの作業をしている。
「三番! 火力が足りねぇぞ! さっさと燃やせ!」
「なら十番の火力をよこせ! そっちが余ってるだろ!」
「うっせぇ! こっちは五番にまわすんだよ!」
「はぁ!? それこそ六番にまわせ!」
今にもつかみ合いの喧嘩が始まりそうな喧騒。
私は邪魔にならないように小声でラディに耳打ちして訊ねた。
「あの、ここは?」
私の気遣いも虚しくラディが普通の声で説明をする。
「ここは火炎管理人が気温を制御している管理室の一つです」
「気温の制御だけど管理室は海の中なんだ……」
「海水温の管理も重要ですから」
「そういうこと」
海水温は高すぎても低すぎても気候に影響が出るし、場合によっては台風や嵐が発生しやすくなる。穏やかな気候と維持するなら、海水温の管理も必須だ。
納得していると、地の底から這いだしたような低い声が響いた。
「あんたたち、いい加減にしなさいよ」
チリチリと熱を持った魔力が広がる。
その魔力の持ち主は、真っ赤な髪を高い位置で一つにまとめた、背が高く立派な体格の人。服の下から覗く鱗が特徴的で角度によっては光を弾く。
叫んでいた声が一瞬で消え、ピリッとした緊張感とともに怒鳴っていた人たちが直立した。
「「「「すいやせんっしたぁ!!!!」」」」
大声とともに頭を下げる人々。その様子に、謝った人たち以外も一斉にテキパキと動き出す。
その光景を前に、火炎管理人の代表であるフランマが鼻を鳴らした。
「まったく。ちょっと目を離すとコレなんだから。で、ラディウスは何の用?」
ムスッとしたまま私たちを睨む。
「ちょっと、相談したいことがありまして」
「相談……ねぇ。わざわざ魔力を探って私のところに来たってことは、イーンシーニスには知られたくないことかしら?」
そう言って視線を私にずらす。その目は不機嫌に染まっていて、穏便に相談ができるか微妙な雰囲気だった。




