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『蝕みの魔女』は『星読みの聖女』となり、異世界に既望をもたらす  作者:


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そして、溺愛へ~ラディ視点~

 隠れ家に移動してルーレナが『寝る』ための部屋を一番に整えた。

 いつもの『寝る』時間はとっくに過ぎている。このことがルーレナの体にどう影響があるのか私には想像できない。


 ルーレナが『寝る』部屋に入った後、私は他の部屋の確認をした。しばらく使っていなかったが、壊れた備品などはなく、問題なく生活できそうだ。


「この家は隠匿の魔法を何重にもかけていますから、簡単には見つからないでしょうし」


 食事の準備も終えて、あとは時間軸の太陽が出てきたらルーレナに声をかけるだけ。


「……いつもより遅い時間に声をかけた方がいいのでしょうか」


 『寝る』を始める時間が遅かったため、声をかけるのも遅くしたほうがいいのか悩むところではある。


 私は様子をみるため、ルーレナが『寝る』をしている部屋のドアをそっと開けた。


 ドアから差し込む光の道の上を歩いてルーレナのところまで進む。小さく丸まった体と、一定のリズムで上下する胸。そこまでは、いつもと同じなのだが……


「呼吸が穏やかですね」


 唸るような、苦しげな声が漏れることもある。それが今日は静かで。


 そっと布団の中を覗き込むと安堵したような、穏やかな顔。こんな表情は見たことがない。これなら、『寝る』という行為が休むという意味になるのも分かる。


「本来なら、これが正しい姿なのかもしれませんね」


 もう少し見ていたくなった私はルーレナの頭元に腰かけた。キシリと少しだけ長椅子がしなったがルーレナが起きる様子はない。


 散らばった銀髪を集めるように撫でながら静穏に浸る。


 今の季節にはない銀零華の香りを堪能し、何もせずにゆったりと過ごす。今までなら無駄な時間、と判断して読書や作業をしていただろう。


 だが、今は……


(離れがたい、この気持ちは一体……)


 と、そこでルーレナが動いた。


「……っ、ちがっ…………私は」


 逃げるように体の向きを変えたかと思うと、頭が膝の上に。苦しげに眉間にシワを寄せていたが、そのまま『寝る』を続行して。


「えっ?」


 ゆっくりと力が抜け穏やかな表情となったルーレナ。


「どうすれば……」


 瞼は閉じられているが、どこか気持ちよさそうで。その表情に目が奪われ、胸がキュッとなる。


 動けないまま見つめていると、一陣の風が吹いた。


「しまっ!?」


 気が付いた時には遅く、光を入れていたドアが閉まる。


 真っ暗な世界に眩暈がして、世界がグラリと揺れた。心臓が焼けるように激しく鼓動する。息が苦しくなり、体の内側からナニかが外へと暴れる。


「クッ!」


 気が付くと真っ白な世界。


「……アニパルクシアと交代したようですね」


 書籍館(しょじゃくかん)で太陽が隠れた時と同じ。最初は驚き、慌てたが、二度目となれば慣れもある。


 私は落ち着いて周囲を観察した。

 目の前には暗闇を映した窓のようなモノ。

 アニパルクシアが見たものが映るらしく、キョロキョロと周囲を確認した後、膝とそこで『寝る』をしているルーレナが見えた。ただ、暗闇のためぼんやりと輪郭が分かる程度。

 他には何もない。


「こうなったら、再び光が入るまで待ちですね」


 自分が体を使っている間はアニパルクシアがこうして待機しているのだろう。その時間は自分が生きてきた時間と同じ長さで。

 その長さを考えたら、今の自分がここで過ごすのは何てことはない。


「そんな世界で生きてきたのに、あいつらは……」


 闇を恐れ、闇の管理人というだけでアニパルクシアを殺す決定をした。


「自由も体もなく生きてきたのに」


 と、そこまで呟いて自分の矛盾に気がついた。


「いや。自由と体を奪っていたのは私、ですね」


 光が入らない部屋を作ればアニパルクシアと交代するのでは、という感覚はあった。しかし、試したことはなく、目を逸らし続けていた。


 理由は暗闇が苦手だったことと、体を奪われることへの恐怖。だが、実際にしてみたら……


「……喜んでいるようですね」


 心の奥底がほんわりと温かい、嬉しさが溢れている感覚。


 これは自分の感情ではなく、アニパルクシアの気持ち。


「不思議ですね」


 まったくの別人だが、体を共有しているためか感情が触れ合う時がある。


 この世界の人々が闇を恐れ、闇の管理人であるアニパルクシアを殺すという決断をした時、心の底に諦めのような気持ちが流れた。と、同時に悲しみと微かな望みも。


 自由に、生きたい。


 その感情に触れた時、決意した。


「アニパルクシアは殺させない」


 そもそも体を共有しているのに、どうやって闇の管理人であるアニパルクシアだけを殺そうというのか。


 イーンシーニスたちにそう問い質せば、伝承に従って召喚する『星読みの聖女』に丸投げ、という雑な計画。


 話にならない、とばかりに私は姿を消した。


 逆に言えば『星読みの聖女』さえどうにかすればいい。そう考えた私はエカリスの召喚魔法に介入してルーレナを自分の下に移動させた。


 少し前の記憶を巡らせていると、黒一色だった窓に光が現れた。


 いや、光といっても弱々しく今にも消えそうなほど。それでも、周囲の状況を見ることは出来るようになった。


 そこにぼんやりと浮かんだのはキラキラと輝く銀髪と、微笑んだルーレナの顔。それから、何かを話しているが、声が小さくて聞き取れない。


 アニパルクシアと会話をしているのだろうが、顔を赤くしたり、焦ったり、悔しがったり、次々と表情が変わっていく。


 その様相に心の柔らかいところがくすぐられ、ふわりと温かくなる……が。


(この顔は自分に向けられているのではなく……)


 紫の瞳に映る、黒い影。


 そのことに気づいた瞬間、ぶわりと表現できない感情が湧き立った。


 ドロリとした醜い感情が体に巻き付く。真っ白な世界に染みのように広がる。


 得体の知れないナニかに呑み込まれかけた時、銀零華の香りが鼻をかすめた。


『……ラディにも見せたいな』


 それまで微かにしか聞こえなかった声が、ハッキリと耳に届いた。


「私にも、見せたい?」


 アニパルクシアと会話していても、私のことを考えていてくれていた。それだけで重く凍っていた心がほぐれる。


 私はそっとルーレナが映っている窓に手を伸ばした。


「近いのに……」


 その紫の瞳に自分を映してほしい。


「なんて、遠いのでしょう……」


 この気持ちがどういうものなのか、今の私には分からない。


 だが、想いだけは、どんどん膨らんでいく。


 その紫の瞳に自分を映してほしい。


 私だけを見て…………


 願っていると、意識が体に戻っていた。


 顔をあげれば、心配そうに私を見つめるルーレナ。短い時間だったはずなのに、数年ぶりに会えたような、懐かしさと喜びが湧き上がる。


 そんな気持ちを抑えつつ、努めて平静に会話をしていく。


 まずは食事をして、これからのことを考えないといけない。


 私は事前に準備していた食事を出した。しばらく使っていなかった家のため食料は保存食しかない。料理を見るたびに顔を引きつらすルーレナ。味は問題ないようだが、準備する側としては毎回、反応が気になる。


(そういえばマンドラゴラのデザートは気に入ってましたね。また作りましょう)


 そんなことを考えながら二人で料理を食べる。

 さりげなくアニパルクシアのことを話題にして、会話を続けていると『灯り』という、この世界にはない物の説明になった。


「灯りは暗闇を照らす光のこと。夜に道を歩く時とか、作業をする時は灯りで周囲を照らしてたの」

「暗闇を照らす……」


 『灯り』に照らされたルーレナの表情はとても活き活きしているように見えた。

 そのことを思い出すだけで、心の中にドロリとした感情が疼く。


(この感覚は、もしかして……)


 ようやく気付いた自分の感情に思わず手で口元を隠して顔をそらす。

 しかし、その態度が不満だったようでルーレナが迫ってきた。


「隠し事はしないんだよね?」


 自分で誓った言葉。ならば、すべてを正直に話すのも良いだろう。

 清々しいほどに吹っ切れた私は、椅子から立ち上がってルーレナに近づいた。


「真っ暗だった世界に小さな光が現れ、ルーレナの顔が見えました」


 私の言葉にルーレナが可愛らしく驚く。


「ふぇ!?」


 丸くなった紫の瞳を見据えながら言葉を続ける。


「その中で浮かぶ紫の瞳がとても綺麗で、その先に映るアニパルクシアに嫉妬したほどです」


 そう、嫉妬。ドロリと心の底を這っていた感情の正体。


 醜い感情を隠すように白い頬に触れ、体を寄せる。


 目の前には、真っ赤になった顔。


 どんな宝石よりも煌めく紫の瞳は戸惑い混りに潤む。頬に触れていた手をずらして銀髪を指に絡めれば、声が出ない口をパクパクさせて。


 やり過ぎたか? と思うと同時に、もっと困らせたい。という欲も出てくる。


「可愛いですね」


 言葉とともに唇を銀髪に落とす。


「か、可愛い!? な、なんで急にそんな……」


 顔をあげると、羞恥に染まった紫の瞳。


「可愛いは、前から口にしていましたよ。隠し事はしない、と誓いましたので、今の気持ちをそのまま言いました」


 私の言葉に対してルーレナがあたふたと手を動かす。


「いや、でも、そんっ……」


 私だけを見ている姿に、疼いていた嫉妬心が消えていく。


(これはこれで、嫌ではないですね)


 小さな愉悦感が私を満たした。




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