希望の光
私の苦悩など知る由もないシアが嬉しそうに話す。
「こんなことができるなんて、ルーレナは凄いね」
純粋な称賛に穢れた心が浄化されていく。
(これが、本物のショタの力……)
暗闇の中だけど天から浄化の光が降り注ぐ幻影が見える。
魂が昇天しかけていると、衣擦れの音がした。
「どうしたの?」
シアが二人の間を埋めるように体を寄せて私の顔を覗き込む。その顔は私を心配しているだけ、なんだけど。
「あ、うん! 大丈夫、大丈夫!」
私は反射的に顔を背けた。
超絶美形のドアップは心臓に悪い。今だって爆発しそうなほどドキドキしている。このままだと呼吸困難になりそう。
けど、シアは別の解釈をしたようで。
「……ごめん。僕なんて近づかないほうがいいよね」
サラリと流れた長い黒髪が表情を隠す。長椅子がキシッと音をたて、シアが腰を上げる。
私は慌てて暗闇に消えかけた腕を掴んだ。
「ちょっと驚いただけだから! 嫌とかじゃないから!」
「本当? 隣にいても、いいの?」
「いいよ! いいよ! むしろ、隣にいて!」
私の言葉にシアが安心したように腰をおろした。でも、さっきまでとは違う気まずい空気が流れる。
どうにか他の話題を、と私は声を出した。
「えっと……そういえば、シアはどうしてここに現れたの?」
私の思い付きの質問にシアが記憶を探るように答える。
「あの、最初はラディウスだったんだ。ラディウスがルーレナを起こそうと部屋に入ったんだけど、なんか気持ちよさそうに見えて、声をかけられなかったみたい。それで、ここに座ったらルーレナが頭をのせてきて、そのまま眺めていたら風でドアが閉まって暗闇になったんだ」
「あ、それでシアが現れたのね……って、なんで人の寝顔を眺めているのよ!?」
寝顔を見られていた恥ずかしさを誤魔化すように大声を出した私。でも、心の中では別のことを考えていて。
(知らぬ間にショタから膝枕をされていたんて! それを逃すなんて一生の不覚!)
ぐぬぬ、と悔しさを堪えていると、シアがシュンとなった。
「ごめん。僕もルーレナの顔を見ていたくて、そのまま声をかけなかった」
「シアまで!? って、真っ暗だから私の顔は見えなかったんじゃない?」
「僕は闇の中でも自由に見れるし動けるよ」
その言葉にシアが管理しているモノを思い出した。
「さすが、闇の管理人……って、感心している場合じゃなかった。思いっきり寝顔を見られたってこと!? 恥ずかしい!」
私が両手で自分の顔を隠して俯くと、シアがポツリと呟いた。
「やっぱり、僕なんか出てこないほうが……」
自分を卑下して、悲壮と悲観に染まった声音。ドロリとした暗い感情が這い出す。
その言葉を遮るように私はシアの頬を両手で挟んだ。
「僕なんか、って言わない。シアは、なんか、じゃない。私の癒しなんだから」
驚いたように目が丸くなる。
「いやし?」
オウム返しの言葉に私は大きく頷いた。
「そう」
「闇の僕が、いやし、なの?」
「そうよ。私にとって闇は癒しなの。あと『寝る』ためにも必要」
「僕が……必要?」
「うん。私には必要」
私の言葉にシアが嬉しそうに微笑む。
「そんなこと言われたの初めて。みんな僕のことを怖がるから」
たしかに暗闇を怖がる人は多い。でも、私は……
「私は好きよ。太陽が昇るまでの夜も、闇も」
紺碧の瞳がふわりと緩んだ。
「だから、君は僕のお姫様なんだね」
その表情に胸が跳ねる。
シアが頬を挟んでいた私の左手をとると、そのまま正面にもってきて……
「!?」
柔らかな感触が左手の甲に触れた。
「ふぇ!?」
驚きで硬直する私にシアがゆっくりと顔をあげる。
「僕も誓うよ。ルーレナに隠し事はしない。そして……」
一呼吸おいて低い声が真剣な琥珀の瞳とともに私を貫いた。
「すべてをかけてルーレナを守る」
ぶわっと全身の血液が沸騰する感覚。顔が熱くなる、どころではない。頭のてっぺんから足先まで燃えているみたい。
「へ? ふぁ?」
熱を持ちすぎて頭がまわらない私にシアが続ける。
「もう、僕は迷わない。太陽が消えても、ルーレナだけは守るから」
その言葉に沸騰していた頭が冷えた。ふわふわとした夢の世界から、意識が現実に戻る。
「そうだ。太陽が全部沈む時期を計算して出さないと、時間が……」
ここで私はプカプカと浮かぶ光球が目に入った。
(この世界には『灯り』という概念がない。もし、『灯り』の存在を知ったら……?)
私はシアの服を掴んだ。
「ねぇ、もしこの世界の人がこの『灯り』を知ったら、どうなると思う? 太陽がない世界でも『光』がある、明るい環境を作れるって知ったら」
シアが首を捻って考える。
「でも、これぐらいの『灯り』だと発狂すると思う。光が弱いから」
「これは、わざと弱い光にしているから。もっと明るく……この部屋を曇りの日ぐらいの明るさに出来るとしたら?」
私の提案に、紺碧の瞳が驚きに満ちる。
「そんなことができるなら闇が来ても、この世界の人は発狂しないよ」
「やっぱり!」
喜ぶ私に対して、シアが不安気に訊ねた。
「でも、本当にそんなことができるの?」
「できるわ。でも、どうせなら夜を楽しんでもらいたいな」
「夜を、楽しむ?」
半信半疑の声に私はにっこりと笑った。
「そう。太陽がないからこそ見られる景色があるの。それを、この世界の人にも、シアにも知ってもらいたい」
暗闇に広がる満点の星空。夕陽が沈む光景と、朝日が昇る前の空の色。
徐々に冷えていく空気。夜を超えて滲む朝露の香り。
その時々でしか見られない、一瞬の風景。
すべてが美しく、忘れられない。
前世と前の世界で見た光景を思い出していると、笑みが漏れる声がした。
「ルーレナが言うんだから、きっと凄いんだろうね」
暗闇に浮かぶシアの笑顔に私も笑顔で応える。
「すっごく綺麗よ」
そして、その光景を見せたい人がもう一人。
「……ラディにも見せたいな」
太陽がない状態だと現れるのはシア。ラディは見ることができない。
いつも余裕の雰囲気ですまし顔が初めて星や夜を見たら、どうなるのか。
(見てみたいな)
ぼんやり考えていると温かなモノが頬に触れた。
顔を動かすと、夕陽の残光が消えて夜に染まった空のような、深い色が覗き込む。吸い込まれるように目が離せない。
「僕もラディウスに見てもらいたいと思う。けど……」
口ごもるシア。
「けど?」
続きを促すと、シアが困ったように胸を押さえた。
「どうしてだろう……胸の辺りがモヤモヤするんだ」
「もやもや? もしかして、胃もたれ? お酒……はないから、変なものを食べたとか?」
前世ではアルコールの取り過ぎで胸というか胃が常にモヤモヤしていた。俗にいう胃もたれ状態。
私の質問にシアが悩む。
「変な食べ物は食べてないと思うんだけど……」
紺碧の瞳が私を見下ろす。その目はどこか寂しさに染まっていて。
「僕もラディウスみたいに、いつでもルーレナの側にいたいな」
その言葉で私はピンッときた。
(そうか。シアはずっと表に現れているラディウスがうらやましいんだ。それもそうだよね。外でいっぱい遊びたい年齢だし。それがモヤモヤになって……)
ここで私はあることに気づいた。
(つまり、ショタが妬みや嫉妬という感情を初めて知った瞬間!?)
私は両手で顔を覆って叫んだ。
「なんて、尊い!」
場違いすぎる言動だとは分かってるけど、叫ばずにはいられなかった。すみません。




