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『蝕みの魔女』は『星読みの聖女』となり、異世界に既望をもたらす  作者:


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教えて、偉い人!

 私は出しかけた手を引っ込めて訊ねた。


「この杖に触れたら、何か起きるの?」


 ラディが片膝を床についたまま軽く首を横に振る。


「何も起きませんよ。今まで通りです」

「じゃあ、どうしてイーンシーニスは止めようとしているの?」

「さぁ?」


 笑みをのせて首を傾げるショタ。明らかに裏があるのに、その可愛らしさの方が際立って……


 私は鼻を押さえて、もう一度確認した。


「隠し事はしないのよね?」

「はい」


 ラディが堂々と清々しく頷く。つまり、ラディは隠し事をしていないし、本当のことしか言っていない。けど、イーンシーニスの様子を見ると、そうは思えなくて。


 私は他の人の意見を聞こうと顔を動かした。すると、爽やかなレモンの香りが身を包み……


「時間切れです。申し訳ありませんが、先に移動します」


 ふわりと私の体に触れる温もり。小さな体が私に抱き着いていて。


「え?」


 状況を把握する前にラディが杖を振った。


「では、失礼」


 目の前の景色がぐにゃりと歪んだ。




 次に広がったのは見たことがない部屋。


 様々な草花の束が天井からぶら下がり、ドライフラワーの花畑のように埋め尽くされている。

 水晶で作られた棚には不思議な形をした木の小瓶が並び、四方の壁には蜘蛛の巣のように張られた金の糸。

 他にも、木の棚には虹やオーロラが詰まった小瓶や、稲妻が走り雪が舞うフラスコなど、見たことがないモノばかり。


 前世の子どもの頃に読んだ絵本の魔女の家のような雰囲気……だけど、少し埃っぽい。


「すみません、しばらく使っていなかった家ですので」


 ラディが手を振ると窓が一斉に開き、爽やかな風が吹き抜けた。埃やカビ臭さが消え、太陽の日差しが直接振り込む。


「ここは、どこ? 前の家とは違う場所?」

「はい。前の家は見つかっている可能性がありましたので。ここなら、しばらくは見つからないと思います」


 そう説明しながらラディがパタパタと隣の部屋へ移動する。


「どうして、急に移動したの? 今までは私の意見を待っていたのに」


 私の質問に隣の部屋から声が返る。


「エカリスが島に戻ってきた気配がありましたので」


 幼い姿に切り揃えられた白髪と可愛らしいピンクの瞳が浮かぶ。思い出した可愛らしい幼女の姿に和みながら問いかけた。


「エカリスちゃんが戻ってきたら問題があるの?」

「彼女の魔力は私より弱いのですが、あの場にいる者たちと魔力を合わせたら、私の魔力を超えます。そうなると、対応が面倒でしたので」


 相手の人数や状況を考えたら厳しいはずなのに、なぜか余裕のある口ぶり。

 私は気になったことを訊ねた。


「……もしかして、ラディって強い?」


 考えるような沈黙の後、ドアからひょっこりと金髪が顔を出した。


「普通ですよ」


 そう言って向けられたショタの満面の笑み。でも、どこか裏があるような、悪戯をしたような笑顔。そこがまた拝みたくなるほど尊くて……って、今はそうじゃなく。


「……隠し事はしないのよね?」

「ですから、してませんよ」

「うー」


 腑に落ちないものを感じていると、ラディが声をかけた。


「こちらに『寝る』部屋を準備しましたから、どうぞ」


 誘導されるまま隣の部屋に入る。

 机と本があるだけの、スッキリとした部屋。ごちゃごちゃとした隣の部屋との落差が激しいが、それより目にとびこんだのは……


「どうして、いつもの布団セットがここに?」


 部屋の中心にある長椅子の上に置かれた布団セット。私が『寝る』ために使っている布団と同じものだが、この世界には『寝る』という行為がないため、どこにでもあるような代物ではない。


 驚く私にラディが当然のように説明する。


「予備を作って収納袋に入れていましたが、役立って良かったです。あ、お腹が空いているなら食事をしてから『寝る』でもいいですよ?」


 お腹は空いているが、それよりも眠れるという状況に緊張の糸が緩む。いろんなことがありすぎて、疲労は頂点を突き抜けている。


(そういえば、時間軸の太陽はとっくに沈み、普段なら寝ている時間)


 そのことに気づいた瞬間、体が重くなり、瞼を開けているのも辛いほど。習慣とは恐ろしいもので、全身で『寝る』時間だと訴える。


「先に『寝る』わ……もう、限界」


 私は吸い込まれるように布団に潜り込んだ。頭から布団を被って光を遮る。暗闇に安堵していると、穏やかな眠気がやってきた。


「おやすみなさい」


 声とともに、ポンポン、と軽く頭を撫でられた気がした。




 夢も見ないほどの深い眠り。


(こんなに熟睡したのは、いつ以来だろう……)


 浮上していく意識の中で、ミントの香りが鼻をくすぐった。それから、頭元の感触がいつもと違うことに気づく。


(なんだろう……適度な弾力があって、柔らかくて……)


 目を閉じたまま、寝ぼけた頭で確認するように手を動かす。すると、聞き覚えがある声が降ってきた。


「くすぐったいよ、ルーレナ」


 純粋で幼子のような口調だが、澄んだ低い青年の声。


「シア!?」


 いるはずのない人物の声に飛び起きる。しかし、周囲は真っ暗で何も見えない。


「え? また、深層意識の中?」


 キョロキョロと見まわしていると、隣からクスッと笑いが零れた。


「違うよ。ここはラディウスが準備した『寝る』ための部屋だよ」

「じゃあ、現実?」

「そう。暗くて見えないかもしれないけど、僕はここにいるよ」


 気配で何となく感じる。その方向へ手を伸ばすと、ナニかに触れた。柔らかくて、温かいソレはそっと私の手を包み込んで……


「もしかして、シアの、手?」

「そうだよ」


 私の手より大きくて筋張った手。深層意識の中で触れた手と同じ。でも、あの時とは違って温もりがあり、現実なんだと実感する。


「どうして、シアがいるの?」

「光がない状況になったら、僕が表に出るんだ」

「つまり真っ暗な部屋ならシアが現れるってこと? 太陽は関係ないの?」


 私の質問に、うーんと唸るような声がした。


「太陽が全部なくなっても僕は出てくると思う」

「じゃあ、太陽が全部ない時か、光がない部屋を作ればシアに会える、ってこと?」

「そうなるね」


 うん、うん、と頷いているような雰囲気。そこで疑問が湧いた。


「そういえば、日食の時は太陽は隠れていたけど、ほんのり明るかったよね? あの状態でもシアが現れたってことは、少しぐらいの灯りなら大丈夫なのかな?」


 少しの沈黙の後、シアが私に訊ねた。


「灯りって、何?」


 からかっているわけではなく、純粋な質問。暗闇が苦手で、夜が存在しない世界。照明や灯りなどがないのも頷ける。


「灯りっていうのは暗いところを明るくするモノのこと。ランプとかの道具に火を入れて周囲を明るくするの。あとは魔法かな」

「へぇ。魔法でそんなことができるんだ」


 シアが素直に関心する。その様子に心の柔らかいところがくすぐられる。


「ちょっと、魔法で灯りを出してみようか?」

「見たい!」


 期待に満ちた声。きっと目をキラキラと輝かせているのだろう。暗闇で顔が見れないのが残念すぎる。


「うん。ちょっと待ってね」


 暗闇を照らす初期魔法を思い出す。

 前の世界で魔法を学んだ時、光系の魔法の適正が高かった。ただ、攻撃系でも回復系でもなかったため、役立たず魔法って言われて。


 ちょっと嫌なことを思い出した私は軽く頭を振った。


(明るくなりすぎないように気を付けないと)


 私は深呼吸をすると、魔力を押さえて詠唱をした。


炯然(けいぜん)を集いて燐光となれ』


 私の胸の前に淡い光の球が浮かぶ。ゆらゆらと今にも消えそうで心許ないが、手元を照らすには十分。


「すごい。これが灯りなんだね」


 私は落ちてきた感嘆の声に導かれるように顔をあげた。


 そこには予想通りキラキラとした表情で光球を見つめるシア。青年でありながら、純粋でショタを連想する容貌に思わず鼻を押さえる。


「外見が青年なのに、中身がショタって……私はどうすれば!?」


 苦悶する私をシアが不思議そうに見下ろす。


「どうしたの?」


 純粋な紺碧の瞳に見つめられて罪悪感がチクチクと刺さる。


(こんな暗闇でショタと二人きりなんて……これは犯罪? でも、外見は青年だからセーフ? 教えて、偉い人!)





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