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『蝕みの魔女』は『星読みの聖女』となり、異世界に既望をもたらす  作者:


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アニパルクシア

 底が見えない、感じ取れない。永遠と続く、夜とは違う暗闇。


(あの子の髪と同じ色……)


 名前も知らない、一度会っただけの青年。闇の管理人で、この世界の人々に恐れられている存在。でも、私にはそんな風に見えなくて。


 体はどんどん落ちているのに、不思議と恐怖はなかった。


 光のない、何も見えない闇に恐怖する人は多い。けど、私は逆に安心していた。


(何も見えなければ、何もないことと同じだから)


 その場にないのに、あれこれと想像して恐怖を増長させるなんて無駄。むしろ、何もないのだから、そのままジッとしていればいい。


『明けない夜はない』


 私の好きな言葉の一つ…………だった。


 どれだけの夜が巡っても、必ず夜明けが来る。だから、私はその限られた時間いっぱいを使って星の観察をした。朝日が星を隠すまで。


(けど、前世の私の夜は明けなかった……)


 尊敬していた教授に研究成果を横取りされて、私は絶望したまま終わった。


(生まれ変わっても、同じだった……)


 日食を言い当てた私は『蝕みの魔女』として処刑されそうになった。


(そして、今も……)


 深く、深く、底のない世界を落ちていく。自分では、どうすることもできない。


 すべてを諦め、目を閉じる。そこも結局は闇で。


「……何も、変わらない」


 再び目を開けたところで、聞き覚えがある声がした。


「こんなところで、どうしたの?」


 落下していた体がふわりと浮かび、何かに包まれる。それから、漆黒の長い髪が私の頬に触れた。

 青年の輪郭が現れ、お姫様抱っこをされていることに気づく。服越しに分かる逞しい腕と厚い胸板。柔らかな雰囲気なのに、しっかりとした体躯はギャップが激しい。


「え?」


 情報過多で処理しきれない私を、ラディが成長したような顔が不思議そうに見つめる。


「どうして、ここにいるの?」

「えっと……わからないわ。そもそも、ここはどこ?」


 私の質問に紺碧の瞳が覗き込んできた。端正な顔が近づき、緊張で体が強張る。真っ暗な世界に浮かぶ目。そこに映る私の銀色の髪。


(……もしかして、この世界で銀の髪は剣やナイフの管理者とかかな。だから、闇を殺す存在って)


 現状を考えることを放棄した私に対して、綺麗な眉尻がさがった。


「あぁ、そういうこと。イーンシーニスも酷いことをするなぁ」

「わかったの?」

「うん。ちょっと()させてもらったから」

()る?」


 困ったように黒髪の青年が笑う。


「ちょっとだけ、君の記憶を()させてもらったんだ。ごめんね」

「私の記憶を? そんなことが…………ううん、なんでもアリなこの世界なら不思議じゃないわ」


 私は思わず乾いた笑いを浮かべた。いちいち驚いていたら身が持たない。

 けど、黒髪の青年は気にしたらしく。


「そんな顔しないで、僕のお姫様」


 悲しげな顔で私を見つめる。

 その言葉と視線に私の頭から足先まで沸騰した。

 外見は絶世の美少女だけど、中身はアラサーの日本人。はっきり言って、お姫様なんて呼ばれ慣れてない。しかも、こんな美形な青年に『僕の』なんて言われたら、恥ずかしさで憤死してしまう。


「あ、あの、私の名前はルーレナだから。ルーレナって呼んで」

「……名前で呼んでいいの?」


 キョトンとした黒髪の青年に私は大きく頷いた。


「呼んで!」

「うん、わかった」


 そう素直に頷いた顔は無邪気で眩しくて。

 私はお姫様抱っこされたまま両手で顔を覆って俯いた。


「これで外見がショタだったら最高なのに……」

「ショタ?」


 首を捻る黒髪の青年に私は慌てて話題を変えた。


「えっと、それより、あなたの名前は?」


 私の問いに黒髪の青年が笑顔で答える。


「僕は、アニパルクシア」


 聞き慣れない名前に戸惑う。


「アニパ、ルク……シア?」

「そう」


 たどたどしい私の発音にも関わらず、満面の笑みが返る。


「えっと、呼び方はシアでもいい?」


 私の提案に紺碧の瞳が丸くなった。


「それって、愛称ってこと?」

「そうなるけど、嫌なら……」


 私の言葉を遮って、破顔した顔と声が迫る。


「嬉しい! 愛称にあこがれていたんだ! シアって呼んで!」


 思わぬ勢いに体が引いてしまう。


「気に入ったなら良かったわ。愛称で呼ばれることに、あこがれていたの?」

「うん! ラディウスばっかりズルイって思ってたから」

「ラディのことを、知っているの?」


 シアが頷く。


「うん。僕たちは会うことはできないけど、同じ体を使っているからね」


 つまり、同じ体を使う別人格……ということらしい。


「どうして同じ体を使っているの?」


 それまで明るかった紺碧の瞳に影がさす。


「……世界樹の力が弱まっているからなんだ」

「世界樹って、世界の命の半分が生まれているっていう?」

「そう。ちょっと説明するね」


 シアが私を下ろそうとしたが、また落ちるのではないかと思ってしまい、そのまま腕に抱きついてしまった。

 そんな私に軽い笑い声が降る。


「大丈夫だよ。ほら」


 シアが踵で床を蹴ると、コンコンと固い音が響いた。

 恐る恐るつま先を下ろし、見えない床に触れる。そのまま腕から手を離して見えない床に立った。


「……あのまま落ちていたら、この床に叩きつけられていたの?」


 ゾッとする私にシアが首を捻る。


「この床は僕の意識だから、僕が現れなかったら、そのまま落ちていただけだと思うよ」

「意識?」

「それは後で説明するね。今は世界樹の話をするから」


 そう言って手を振ると、目の前に大木の映像が現れた。緑の葉が茂っているが、ところどころの葉は赤や茶色になり、枯れている。


「僕とラディウスは世界樹から生まれたんだ。僕たち以外にも、イーンシーニスや、世界を管理する重要な位置にいる人たちは世界樹から生まれてる」

「世界樹から生まれた人は優秀ってこと?」

「優秀っていうか、魔力が強いんだ。世界樹の力を直接受け取っているから」

「そういうこと。魔力が強いから重要な位置にいることが多いってことね」


 シアが手を動かして世界樹の映像を大きくする。


「でも、僕とラディウスが生まれたのが最後で、新しい命は生まれていない」

「どうして?」

「寿命なんだ」

「え?」

「世界樹の」


 静かだった暗闇がますます静かになる。


「僕とラディウスは世界樹の最後の力で生まれた命なんだ。でも、力が足りなくて体は一つしかできなかった」


 イーンシーニスたちは世界樹が枯れたら命が生まれなくなると言っていたけど、もうすでに世界樹は命を生むことができない状態に……


「待って! そのことをイーンシーニスたちは、この世界の人たちは知っているの?」

「知らないよ」

「世界樹から次の命が生まれていないことに気づいていないの?」


 シアが悲しげに頷く。


「うん。なんとなく気づいている人もいるけど、認めたくないんだと思う。だから、誰も口にしない」

「だけど、そこはちゃんと言わないと」

「どうやって? 僕の言葉は誰にも届かないのに」


 私はハッとした。


「じゃあ、どうして私とは会話できているの?」

「ここは深層意識の中。意識の奥深くなんだけど、この世界の人たちはここで自我を保つのは無理だから」


 確かに暗闇で発狂する人たちにとって、周囲が真っ暗なこの状況は無理だろう。


「そういえば、どうして私はここに?」

「イーンシーニスが君の表層意識を乗っ取ろうとしているんだ」

「表層意識を乗っ取る?」


 いまいち理解できない私にシアが説明する。


「操り人形にするって感じかな」


 私は直前にイーンシーニスが言っていた言葉を思い出した。


『その体だけお借りしましょう』

『次に目覚めた時には、すべて終わってますから。あなたは何も気にする必要はありません』


 淡々とした声とともに冷淡な笑みを浮かべた水色の瞳が蘇る。


「体だけ借りるって、そういうこと!? 私の体を使って何を……」


 ここで私は正面で佇む黒髪の青年を見上げた。


「まさか……私の体を使ってシアを殺すために?」


 私の推測を、無言の微笑みが肯定した。




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