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18 誘拐

「……やはり、君の父親は何か錯乱するような薬を打たれていたようだ。ローレン。君は今は、あまり動かない方が良い。ここに居てくれ。僕はギャレット殿下へ連絡をして、メートランド侯爵邸へと行って来る。きっと、犯人の一味が使用人にも紛れ込んでいたはずだ。既に逃げているかもしれないが、何かわかるかもしれない」


「わかったわ。イーサン……私。ここで待っているから」


 医師から説明を受けていたイーサンに話を聞き、私は今は眠ってしまったお父様の手を握った。


 大きな手は、とても冷たい。不健康そうな顔色だって、理由を知れば当たり前だ。お父様はこれまで、どれだけ辛い思いをして来たのだろう。


 どうして……いつからなの?


 段取り良く私と自分に付いて居た用心棒を残し、イーサンは急ぎ行ってしまった。クインを手中におさめた後、こうしてお父様が逃げ出したから、それを探している人が居るかも……もしかしたら、今なら犯人への手がかりが残っているのかもしれないと思ったのだろう。


 医師の診断を待っている間に、イーサンに順を追って話を聞いてもらうと、お父様は誰かに罠に嵌められた可能性は大きそうだった。


 とはいえ、私だって両親の交友関係に明るいとは言えない。


 幼い頃に祖父母が事故で亡くなり、私が社交界デビューして直後に母は亡くなった。夜会になんて参加するなんて、夢のまた夢で。それからは、本当に怒濤の日々だった。


 王妃様は今考えると、私がギャレット様に好意を持たれてしまったかもしれないと言った時も取り合わなかった。


 普通なら姪とは違う女性に彼が興味を持ったと聞けば、すぐに遠ざけるものではないだろうか。


 それに、あの……私がギャレット様の婚約者となった原因の、大国の姫。確かに彼女は、ギャレット様がことのほかお気に入りの様子だった。


 けれど、私は……王妃様からしか、彼女が強引にギャレット様との縁談を推し進めようとしていたなんて、聞いたことがない。なんとなく、王族同士の内密の話なのかしらとも思っていたんだけど……今考えてみると、おかしいわよね。


 おかしなところばかりだ。


 私は医師に雇われているらしい女性の看護人が入って来たのを見て、軽く挨拶をした。


 彼女は何気なく私に近づき小さな白い紙を渡したので、私はなんだろうと反射的にそれを見た。


『今すぐに裏口にまで一人で来てください。これを誰かに教えれば、弟は殺します。証拠が欲しければ、体の一部を送ります』


 意味を頭で理解した瞬間、喉がヒュッと鳴ったような気がした。


 けれど、その手紙を渡した彼女はここに居て、扉の前にはイーサンの残した屈強な用心棒が二人隙なく周囲を見回して居た。


 白い看護服は変装だったらしい彼女は淡々とお父様の身の回りをゆっくりを見て、私をチラリと一瞥してから去って行った。


 敢えてそうしているのかもしれないけど、全く特徴らしい特徴がない顔と姿だった。今、私が服を変えたあの人を大通りで見掛けても、きっと気がつかないだろう。


 心臓が今までにない速度で、高鳴っていた。


 普段聞こえないはずのドクドクドクという大きな音は、耳に聞こえている。ここからどうにか私が裏口へと行かないと、クインは殺されてしまう。


 理性的な誰かなら、二人で死ぬより一人を見殺しにして良いと思うのかもしれない。


 だって、犯人は私が行けば、クインを解放するとは書いていない。


 いいえ。もし、書いていたからって、なんなの。こんなことをするような、卑劣な犯人なのよ。


 私にとってクインはたった一人の弟で、亡き母にも立派に成長させると約束した大事な男の子だ。ほんの少しでも、あの子が生きられる可能性があるのなら、私はそこへ向かうしかない。


 それに、今はイーサンが居てくれる。


 利に聡い商売人なら、人情を犠牲にするのかも。


 けれど、将来的に王様になるギャレット様に恩が売れるなら? そうよ。王様とそれ以外。どっちが得かなんて、わかり切ったことだ。イーサンの商売のセンスなら、私は絶対の信頼を置いている。


 彼は自分の得になるような選択肢を選んでくれるはずだと。


「あの……私、少し外の空気を吸ってきます。すぐに戻りますので」


 私は用心棒の二人に微笑んで、扉を出た。


 彼らも私が先ほど父親について精神的に大きな衝撃を受けたことを理解しているので、頷いただけで何も言わずに通してくれた。


 私はなんでもないような顔をして、ゆっくりと医師の診療所の廊下を歩いた。


 すれ違う人だって、私の弟が誘拐されて今私が行かなければ殺されてしまうかもしれないなんて、思ってもないはずだ。


 裏口はわかりやすくあって、とても都合の良いことにそこには人目がなかった。私の都合ではないことは、確かだけど。


「メートランド侯爵令嬢、来ていただけると思っていました」


 裏口の扉を開ければ先ほどの女性が恭しく礼をして、私のことを待っていた。


 とても白々しい笑顔で微笑み、彼女は私を近くの馬車へと導いた。



◇◆◇



 私が馬車に乗り連れて来られた場所は、小さな庶民的な民家だった。


 正直に言うと、拍子抜けしてしまった。


 けれど、犯罪まがいのことをするのだから、足の付かない空き家でも見つけて来たのかも知れない。


 扉を開くと見覚えのある姿を見て、うんざりしてしまった。いいえ。これまでの経緯から、彼女がグルであることもわかってはいたんだけど。


「久しぶりね。おばさん!」


「ペルセフォネ嬢、いらしたんですか」


 私は久しぶりに会ったペルセフォネに、軽く挨拶をした。


 彼女は脅されて来たはずの私が怯えた様子で泣き出すとでも思っていたのか、鼻白んだ表情になり、イライラとした様子で言った。


「はあ? あんた、自分の立場わかってるの? 自分も弟も、殺されてしまうかもしれないのに……」


 落ち着いた私の行動や表情が彼女には不可解だったのか、ペルセフォネ様は面白くなさそうだ。私は肩をすくめて、家の中を見回した。


 クインはどこにも居ないようだ。かと言って、犯人らしき人も……二階かしら。


「ここで、私が泣いたら二人とも解放してくれます? しないですよね? だから、無駄なことはしたくないです。クインは……何処ですか? 何の目的だか知りませんが、あの子だけは解放してください」


「なんでそんなに堂々としてるのよ。面白くない。おばさんは売られるんだって。おばさんはギャレットのお気に入りで、あいつが一番に傷つく方法がそれなんだって」


 ペルセフォネはギャレット様に婚約者として認められなかったせいか、やたらと彼を嫌うようになってしまっている。好きだからこそ、拒否されたら必要以上に嫌ってしまうのかもしれない。


 愛と憎しみは、表裏一体だと言うから。


「……そうですか。それでは、クインは解放してください。元々はギャレット様のことをお好きだったのに、ずいぶんな言いようですね……最初から、彼を貶めるつもりだったの?」


「好きだった訳ないわ。けど、私がおばさんの邪魔をするのは、最初から決まっていたから……ギャレットはおばさんが外国に売られたと知られたら、泣くでしょうね。慰めてあげようかしら」


 くすくすと笑ったペルセフォネを、私は心底軽蔑した目で見たつもり。


 けれど、私は本当はドレスで見えない足は震えているし、手をぎゅっと握りしめて震えを隠すことで精一杯だ。こんな状況で平静に居られる訳はない。


 私は売られてしまうかもしれないけど、ペルセフォネはクインの身柄については言及していない。だから、あの子は助かるかもしれない。


 自分だけならこれから待ち受けるものの恐怖に、気を失っていたかもしれないけど、クインがもし助かる方法があるのだとしたら、私がしっかりしなければならない。


 借金があったって、誰になんと蔑まれようが、弟のあの子が居たから頑張って来られた。


 犯人は誰で、何を目的をしているかを知り……交渉する余地があるのだとしたら、クインだけは助けなければ……。

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