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15 未来

 私たちはそれから、これから再度婚約者になるための第一歩として城に居るギャレット様のお父様である王へ挨拶に行くことになった。


 ギャレット様はあまり考えない楽観的な性格なので、大丈夫大丈夫と気軽に言うけれど、そもそもの婚約解消の原因となった私は決してそうはなれない。


 私って貴方を捨てて、別の男性に走ったことになっているんですけど……どうやって言い訳すれば良い? 王妃様がギャレット様を暗殺未遂しようとしたことは、陛下は知っているのかしら。


 イーサンが貸してくれた馬車の御者にはギャレット様がある程度の報酬を払い、私はイーサンへ宛てて書いた短い手紙を持たせた。なんとか、間に合ったと。


 とりあえずのことを終えて、それでも私はギャレット様の前に立つと本当に恥ずかしくて、彼の目を見て話せなくなった。


 これまではいつか別れてしまう人という前提があり、好きだと言われても、そこにあまり感情入れなかった。


 けれど、今はというとただ隣に居る事実だけで、そわそわとしてしまい、やたらと恥ずかしい。


「……ローレン。どうした? 口元に手を当てて……気分でも悪いのか?」


 黙ったままの私を不思議に思ったのか座席の隣に座るギャレット様に、顔を覗き込まれて……もう駄目だった。


 不意打ちに我慢出来ず反射的に私は慌てて馬車の扉近くまで離れてしまったので、いきなりの動きに彼は呆気に取られてしまったようだった。


「え?」


「ごっ……ごめんなさい。今、私。ギャレット様に近寄って欲しくなくて……」


 私の言葉を聞いて驚いていたギャレット様は、あからさまにショックを受けた表情になった。


 彼は悪いことはしてないけど、その存在で私をドキドキさせてしまうのが悪いっていうか……本当に、心臓に悪い。


「え……俺が、何か悪いことした? 悪い。いくら考えてもローレンを何で怒らせたか、わからない……ごめん」


 ギャレット様は黙ったまま俯いた私に、自分が何かしたのかはわからないが、ここはとにかく謝っておこうと思ったみたいだ。多分、正しい。


 王族は立場上なるべく謝らないらしいけど、彼は悪いなと思ったら割と気軽に謝っている。剣も王子であるとはおかしいくらいに使えるし、やっぱりギャレット様は世にも珍しい王子様なんだと思う。


 そして、そろりと慎重にこちらへ近寄ろうとした気配を感じたので、私は両手をあげてそれを防いだ。


「待って! 近寄らないでください!」


「え! 何? 俺がそんなに嫌なのか?」


「近くに居ると、恥ずかしいんです……本当に、ごめんなさい」


「え……? え? あ。そういう……俺が近くに居ると、恥ずかしいから?」


「そうなんです。ごめんなさい……」


 ようやく、嫌がられたりとか嫌われたりとか、そういう嫌な意味ではないと思い至ったのか、私の言葉に何度か頷いたギャレット様もそろそろと私の居る反対側扉の方にまで寄った。


「わかった。ごめん……なるべく、離れるようにする」


 素直なギャレット様は近寄りたくないといった私の希望を聞き入れ、王族用とは言えそこまで広くない馬車の中で出来る限り離れてくれた。


 となると、私の方はとても自分勝手な気持ちだけど、なんだか物足りなくなって来てしまった。


 ちらっと反対側を見ればギャレット様は、ようやくここまできたのに何か下手なことをしでかしてはいけないと思っているのか、息を殺して座っているようだ。


 え……可愛い。まるで大型犬が待てを言いつけられて、じっと我慢しているようで。


「あの……ごめんなさい。そんなに、隅に行かなくても……良いです。私も落ち着いてきました」


 微笑んだ私に、ギャレット様も頷いて笑ってくれた。


「ああ……良かった。ローレンに嫌われたのかと思った」


 ほっと息をついて、私の方へと近寄ったギャレット様に、私は両手を突き出した。


「駄目です。待ってください」


「……え?」


「やっぱり……」


 無理ですと言いかけた私の体を抱き上げて膝に載せると、ギャレット様は顔を間近に近づけて笑った。


「おい。もう良いだろう? 恥ずかしかったら、どうにかして慣れてくれ。これまでのあれは結婚を先延ばしにするための言い訳だったと知っているから、そろそろ俺には慣れてくれても良いと思うが」


「そ、そそそ……そうですよね! もうっ……私もギャレット様に慣れなきゃいけないことは、ちゃんとわかってはいるんですけど!!」


 顔が赤い。これまでギャレット様には、冷たく対応しないとって思ってた……だって、私って期間限定の婚約者だったし……。


 でも、これからはそうでなくなる。


 数ヶ月一緒に居て、キスだって何度もしている。それなのに、やっぱりどうしても、恥ずかしいのだ。


 彼のことが好きだと、やっと正面から言えるようになったから。



◇◆◇



 結局のところ、急ぎお会いした父王イエルク様は、王妃アニータ様のあれこれを事前にご承知なようだった。


 どうしようもない弱みを持つ私を使って自分の姪が成人するまでの時間を延ばし、義理の息子が思い通りに動かないなら消してしまおうと思ったことも、既に知っているようだ。


 けれど、彼女がやったという決定的な証拠が揃うまでは、泳がせているらしい。私のことも「ギャレットの婚約者として戻りたいのなら許すが、二度目は絶対に許さない」と笑って言っただけで、特にお咎めなしだった。


 イエルク様は王座にある為政者として厳格で有名な方だけど、ギャレット様のお父様だと言われれば確かによく似ていた。


 お茶目な一面も可愛らしく「別に何もかも、すべて真実を明かす必要ない」として、私はイーサンと共にとある人物に脅されていたから一芝居打ったことになった。


 王妃様は、これをどう思うだろうか。


 とにかく、イエルク様とギャレット様は彼女のことを警戒しているというし、何かをする権力を持たない私は二人にお任せするしかないのだけど。


 私は王太子の婚約者として、また住んでいた宮へと逆戻り。私は実は被害者で脅されていただけなんだと公表し、お世話になっていた侍女たちも同情してくれた。


 今の私はぽかぽかと日差しの当たる庭園のベンチへ腰掛けて、手習程度の腕前だけど、幼い頃から趣味だった絵を描いていた。


 お母様が亡くなりお父様が酒浸りになってしまってから、既に成人していた私はそれどころではなくなってしまった。


 借金をどうするべきかと頭を悩ませ、楽しむこと何もかも手放してしまっていた。


 けれど、こうして趣味に没頭するとすべて忘れられる。


 美談を上から被せたからと、一度王太子を裏切った私を国民から良く思われないのは当然だ。誰かから嫌われていると思うと、切ない。


 けれど、これはもう仕方ないことだ。


 再び信用を得るまでに、長い時間が掛かることだろう。


 状況の何もかもがすぐに良くなることはないのだから、今は不要なことは忘れて生きていくしかない。


「ああ……上手いな。ローレンは器用だと聞いていたが、絵の才能もあったのか」


 いきなり声が聞こえて私はビクッとしたけど、低い声の主が誰かを悟り微笑んだ。


「ええ……素人で下手ですけど、良かったら何かお描きしますわ」


 夢中になってきたらギャレット様がいつの間にか隣に座り、私の描いている絵を見て楽しげに笑っていた。


「いいや。趣味でこれはすごい。俺はローレンに前々から聞いてみたいと思っていたことがあるんだが……聞いてみても良いか?」


「……はい?」


 ギャレット様は急に真面目な顔つきになり、彼の方へ向いた私と向かい合った。


「前にローレンが池の辺りで泣いていた時に、俺は偶然出くわしたことがあった。その時、まだ俺たちは婚約者になったばかりで、詳しい事情を聞くのも躊躇われた。あの時、何を理由で泣いていたんだ?」


「あ……ごめんなさい。ギャレット様。きっと、それは父の借金の工面だと思います。上手くいかないことが多くて……」


 何度か泣いていたことがあったので、彼にその時に見られてしまったのかもしれない。夜の庭園はまったく人気がないので、誰にも見られていないと思っていた。


「……そうか! そうだったのか。俺は近寄ることは出来なかったが、実は月琴を弾いたんだ。けど、隠れて演奏していたので、君が笑っていた顔を見ることが出来なかった。だから、ローレンを笑わせようとしていた……君から見れば、俺は良く変なことをしていたと思う……すまない」


 確かに今思えばギャレット様は、ある時を境に態度が激変した時があった。あの優しい音色の月琴も覚えている。彼が泣いている私を慰めるために弾いてくれていたんだ。


 私に絵を描く趣味があると知って、月琴を弾くことを明かしてくれたギャレット様は恥ずかしそうだ。この国では女性が弾く楽器という先入観がある楽器ではあった。


「あの私……実は、私の肌、金に弱いんです。だから、王太子妃が代々受け継ぐというあのネックレスは、常には付けていられなくて……ごめんなさい」


 彼が秘密を明かしてくれた流れで私がそういえば、ギャレット様は嬉しそうに笑って言った。


「そうか……! 悪かった。すぐに代わりの物を作らせよう。俺は何も知らない。ローレン。君から教えて欲しい……もしかしたら、心配しているのかもしれないが、別に国を治めるのが仕事の王族だからとて、俺にも個人資産がない訳ではない。だから、君の借金も言ってくれれば、すぐに俺が工面しただろう」


「え? ……ギャレット様って、個人的にお金持ちなんですか?」


 ギャレット様は、一国の主となる王太子様だ。けれど、代々伝わる宝飾品や国宝は国有の資産になるだろうし、彼の勝手に動かせるものではないだろう。


「実は俺は若い頃、冒険者の真似事をしたことがあってな。懸賞金のかかった悪い竜も、何匹か退治したことがある」


「……え?」


 彼が剣の達人であることは、皆が知る通りだ。だから、それも聞けば納得出来る……出来るけど……命の危険があるのに、王太子が自ら竜退治したの?


「それって、怒られませんでした?」


 くすくすと笑って私が言えば、ギャレット様はため息をついて頷いた。


「……怒られた。だから、もうやらない。けど、お金は大丈夫だ。ミズヴェア王国も豊かで俺と結婚しても、借金で苦しむことはない。安心してくれ。ローレン」


「お父様も、お母様が亡くなるまでは、普通だったんですが……」


 きっと両親のことを知り、私を安心させてくれるために言ってくれたんだと知り、心が温かくなった。


「そうか……今はメートランド侯爵は、どうなさっている? 俺も出来れば、ご挨拶がしたいんだが……」


 現在表向きは病気で伏せっていることになっているお父様は、仕事を投げ出し貴族院にも出入りせず、私が婚約者になった時も登城して挨拶することはなかった。


「今は借金も返し終わり、お父様には専用の使用人を何人か付けています。お酒も以前に比べると減ってきていて……以前は庭師を雇う余裕すらありませんでしたが、邸も以前通りに調えば、お父様も気持ちが晴れるかも知れません」


 お父様は私がとある仕事の報酬に借金を返したという事実を知り、それもまた泣いていた。それでも、私はクインのようには彼を嫌えないのだ。お母様も生きていた頃の、優しく穏やかだった父を知っているから。


「……俺も、君を喪えば、どうにかなってしまうのかもしれない。それは……その時になってみないと、わからないけど」


 ギャレット様は、宙を見てそう言った。確かに、その通りだ。


 未来はどうなるかなんて、今生きている誰にも見通せるはずがない。


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