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14 襲撃

 仕事の出来るイーサンは私が行くべき場所を、御者へと既に指示を出してくれていたようだ。早足の馬は迷いなく、止まることはない。


 ということは、私は彼に大富豪の妻になる未来を捨て、無謀な道を選ぶことを読まれていたことになる。未練がましい私があけすけに見られているとしたら、嫌だ。


 イーサンはそういえば、前にも王妃も王には逆らえまいと言っていたような気がする。


 私がギャレット様を好きになってしまったことも、共犯者の彼にはお見通しだったんだ。


 ギャレット様が現在居るという離宮は、そう離れてはいなかった。


 王族の急な遠出ならば、警備の問題もある。そうするのなら、選択肢は少なかったのかもしれない。


 平民なら思いつけば、すぐ外国にまで旅行に行けてしまうのに、何でもその手にしている王太子の彼にとってはそれは気軽に出来るものではなかった。


 未来の王となる王太子ギャレット様は、その手に持つ権力は人の人生を狂わせることも出来る大きなものだ。きっと、誰もに羨まれるだろう。


 その代わり、彼は常に人目に晒され、いろんなものに雁字搦めに縛られ続ける。何が良いか悪いか、それはその人が選ぶことだけど。


 ギャレット様は剣で身を立てて生きていく方が、自分に向いていると言っていた。


 あの人は私にだけ、秘密だと教えてくれた。


 望まぬ道を行くとしても、彼は周囲にそれを気がつかせなかったことになる。


 離宮は馬車で、数時間掛かるだろう場所だ。この間に彼に何かあればと思うと、どうしようもないけど気が急いた。


 馬車を降り慌てて飛び込んだ離宮の門番は、王太子を捨てた女として有名な私の顔を知っていたようだ。あからさまに嫌な表情になった後に、吐き捨てるようにして言った。


「ギャレット殿下に、何の用ですか。こんなに早く大富豪に捨てられて、王子に泣きつきにきたんですか?」


 完全に馬鹿にして嘲るような言葉に、傷つかなかったと言われれば嘘になる。


 そうなるだろうとは思っていたけど、私はイーサンの邸にずっと居て、国民たちが色々と噂している程度にしか聞いていなかった。


 こうして、わかりやすい悪意を向けられ嫌われていることを知って、やはり傷ついた。一年ほど前から覚悟していたことだけど。


 それより、早く命を狙われているというギャレット様に会いたかった。


「……いいえ。ですが、殿下にお伝えしたいことがあります。お願いします。急ぎ取り次いでください」


「殿下は……お会いにならないと思いますよ。貴女はご自分が国民の間でどう言われているのか、知っているんですか」


 若い門番は眉を寄せて、とても不快そうだ。ええ。もちろん。それは、知っています。


 自分から希望したくせに王太子妃の重圧に負けて、平民の大富豪の手を取った情けなくて弱くてだらしない、借金まで抱えていたという頭の弱い女。


 別に良いの。


 今の私は、ギャレット様が助かればそれで良い。


「知っています! お願いします。彼の命が危ないので」


 その時、城の中に入ろうとする何人かの不審な男を見えたのは、ほんの偶然だった。彼らは違う門番に紙を見せ、簡単に通っていた。


 同じような人が沢山居るのに、おかしいと思うのはおかしいかもしれない。けれど、どうしても違和感が拭えない。


 私が先んじて彼が狙われているという情報を持ち、危険が迫っていたことを知っていたせいかもしれない。


 妙な雰囲気を感じて空を見上げると、城壁の上に矢をつがえた弓兵が居る。


 待って……どうして、彼は城壁の中に弓を射ようとしているの?


 不穏な空気に私は居ても立っても居られなくなって、止める声も聞かずに走り出した。


 もちろん、門番は追いかけてくる。それはそうだ。私は不審者で、これは不法侵入になるもの。


 門を走り抜け、廊下を辿り広場のようなところで、何人かの兵と話し込んでいたギャレット様を見つけた。


 ……あの弓兵が狙っていたのは、やっぱり!


 私はギャレット様に近づこうとすると、周囲の男性が止めに入った。当たり前だ。私は今ではもう、ただの貴族の一人。


 彼の婚約者でもなんでもないんだから、もし王族と謁見するのなら、彼が望まない限りは定められた面会時間の中で順番待ちが通例だけど、そんなの今の状況で間に合わない。


「……ギャレットさまー!!! 早く屋内に、逃げてー!!! 早く、危ない!!!」


 私が後ろから追いかけてきた衛兵に羽交い締めにされながら、懸命に叫んだ。


 その声を聞いて、ギャレット様がこちらを振り返ったと同時に、何本かの矢は放たれて、私の背後から何人かが剣を持って走り出した。


 まるでその時だけ特別に、時間がゆっくりと進んでいるように見えた。


 まず、私に見えたのはギャレット様は纏っていた長いマントを外しそれを振り矢をいなし、腰の剣を抜いたと思ったら、さっき走って向かって行った何人かが既に倒れていた。


 流石、『雷の子』ギャレット様。早業過ぎて、私の目では追い切れなかった。


 私の声を聞き、反射的に自分を狙う暗殺者を倒したものの、本人には全く今の状況がつかめないのか、ギャレット様はきょとんとした顔をしていた。


 でも、良かった……!! ギャレット様が、助かった!!


 強い安堵のためか、涙が溢れて止まらなくなった。私がしゃくりを上げて泣いている音だけが、しんとした広場に響いていた。


「え……本当にローレンか? 何故、君がここに居るんだ?」


 信じられないと言わんばかりの、ギャレット様。


 それは、本当に彼だって驚くと思う。私は彼の婚約者であることから逃げて、大富豪の手を取ったはずなのに。


 それなのに、まだ彼のことが好きだから、こうしてみっともなく戻って来てしまった。


「……ごめんなさい。ごめんなさい。私っ」


 本当は、嫌な女のままで終わりたかった。


 あんな風に彼を傷つけておいて、私だって本当は辛かったなんて、思わせるなんて嫌だった。


 でも、こうして彼に会って良かった。私はどうしても……嫌われていたとしても、ギャレット様に会いたかった。


「ローレン。泣かないでくれ……おい。彼女を離せ。見ただろう。今、彼女が叫んでくれなければ、俺の命は危なかった」


 ギャレット様は泣いている私に近付き、何も言わずに自由になった私の手を取ると歩き出した。


 私はある程度、ここで彼に何かを言われることを覚悟はしていた。


 ギャレット様は素晴らしい男性だけど、王太子だからと言って、聖人でもなんでもない。


 数ヶ月、彼のすぐ近くに居た私が思うのは、苛立ったり傷つくことだってある普通の人だった。


 ギャレット様は離宮の人気のない場所まで移動すると、私の涙を指で拭って、長身をかがめて顔を近づけた。


「……ローレン。君を使って義母上が俺にしたことは、もうわかっている。あの人は俺が剣を振るしか能のない馬鹿に見えているのかもしれないが、君は俺のことを好きなのに……良くわからない理由で、ベッドフォートの元に行くと言ったから、これはさすがにおかしいと気がついた」


「えっ! ええ。すっ……好きです。そうなんです。好きです。私……演技ではなくて、本当に、ギャレット様が好きなんですっ」


「知っている」


 ギャレット様は躊躇なく私を抱きしめて、私はおそるおそる彼の背に手をまわし、大きな胸に顔を埋めた。


 ああ。私は帰って来たんだと思った。彼の元へ。


「ギャレット様。ごめんなさい。傷つけて、ごめんなさい」


「……謝ることはない。君が苦しんでいることに気がつかず、本当に悪かった。ここ最近君のことばかり考えて、そこまで至らなかった馬鹿な男だ。許してくれ。ローレンが俺から離れて行って、冷静によくよく考えた。君の言動や行動には、ローレンが俺に伝えたかっただろうこと、いくつものヒントが隠されていた」


「そんな! ギャレット様は、悪くないです。私が……貴方を信じて、すべてを話せば良かった。けど、怖かったんです……嫌われてしまうのが、きっと怖くて」


「いいや、ローレン。どうか、自分を責めないでくれ……今回のことで、良くわかった。義母上が良からぬことを企てているのは、間違いないようだ。今、俺が城を離れているのも、向こうを油断させるためだ。父も知っている。護衛騎士のガレスが調べている。わかりやすい襲撃は予想外だったが、ここで俺を殺し王太子がアイゼアになれば、何もかも有耶無耶にするつもりだったのかもしれない」


「そ、そうだったん……ですね」


「すべて片付けてから、君を迎えに行こうと思っていた」


 ギャレット様が、アニータ様の企みに既に気がついていたと聞いて、私は顔を上げた。


「……え?」


「大丈夫だ。可愛いローレン。何もかも、上手くいくよ。ああ……だが、君はちゃんと俺の期間限定の婚約者を演じる依頼を遂行したんだから、あの女から報酬は貰っておくが良い。クインのことも、気にしなくて良い。俺の義理の弟になるというのに、この先あの子に不利益になるようなことはならない」


「え……え? え? あのっ……その、どういう……?」


 一体、何を言い出すのかと混乱した私に、ギャレット様は微笑んで言った。


「王族と、取引しないか。ローレン。どうやら君はこれが二回目で慣れているようだけど。もし君が俺と結婚してくれるなら、メートランド侯爵家は安泰だ。どうやら君は家族想いの優しい女性だから、それで釣るのが一番良いと俺は判断した」


「で、でも! ギャレット様……私、国民に嫌われてます」


 悲しい現実だけど事実なので、仕方ない。


「王になる王太子の俺を、捨てたからだ。すぐに拾えば、機嫌も直るだろ……なあ、ローレン。キスをしても良いか?」


 真面目な顔をして聞いた彼に、私は自分が以前言ったことを思い出して笑ってしまった。


「それは、私が……ごめんなさい。もうそれは、聞かなくて良いですよ。ギャレット様が顔を近づけて嫌って言わなかったら、良いよってことっ」


 その先の言葉を、私の唇は紡ぐことは叶わなかった。


 これまでの会話を聞けば、誰もがお察しの、とてもわかりやすい理由によって。


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