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10 庭園

 王妃アニータ様からの手紙に書かれた、わかりやすいお達しはこうだ。


 『現状維持せよ』


 待って。この状態で、私はあと半年過ごせということ? 嘘でしょう。


 今年だけ特別に、デビュタントの時期が早まらないかしら……難しいわよね。それって私しか望んでないと思うし、難しいことはわかってはいるけど。


 このままギャレット様との仲を、深める訳にもいかない。だって、本当の婚約者でもないもの。


 まるで彼に騙すつもりで近付いたのに、被害者に惚れてしまった馬鹿な詐欺師みたいだわ。


 それに、すぐに逃げ出す訳にもいかない。私には、彼の婚約者である期間が定められている。短いようで、とても長い半年間になりそうだった。


 住んでいる宮にほど近い庭園にある長いベンチに座っていた私は、差出人の書かれていない手紙を封筒に仕舞うとため息をつき、季節の花々が花咲く公園へ目を向けた。


 このベンチが用意されているということは、ここを世話する庭師はきっとこの美しい風景を見て欲しいということだろう。確かに、綺麗だわ。


 抜けるような青空だったのに、いきなり視界に影が出来て、私は何気なく左上を見上げた。


「……ギャレット様? どうしたのですか?」


「いや、この前調子を崩していただろう? ローレンがここに居るのを見たから、日傘を持って来たんだ」


 確か闘技大会の時に……本当は金が肌に合わなくて気分を悪くしたんだけど、日差しが強すぎて体調を崩してしまったようだと言った。


 ギャレット様はあんな嘘を、律儀に覚えていてくれたんだ。


「ありがとう……ございます……」


「どういたしまして……その手紙は? 何か良い知らせでも?」


 ギャレット様は白いレースで出来た日傘を私へと差し掛け、私は慌てて手に持っていた手紙を小さく折りたたみ、隠しポケットへとそれを隠した。


「いいえ。親しい友人からですわ。ギャレット様は……今日は?」


 王太子は、特にご多忙なのでは? という意味で聞いたのだけど、どうやら彼はそうは思わなかったようだ。


「ああ。少しだけ時間が出来たので、ローレンに会いに来た。庭園に居ると聞いたから、以前に作らせていた日傘を持って来たんだ。どう? 気に入った?」


「そうなんですね……はい。軽くて可愛くて、ありがとうございます」


 私は彼から日傘を受け取り、ギャレット様は隣に腰掛けた。私のドレスの裾はパニエで広がり、それに触れまいとするなら、少し距離を必要とする。


 それなのに、ギャレット様は完全に触れているし、息が掛かりそうなほどほど近くに居る。


 私はそれとなく彼が居る逆方向に移動すれば、ギャレット様も同じようにそうする。


「あの……」


「何?」


 素知らぬ顔のギャレット様だって、私の言いたいことがわかっているはずだ。近過ぎるって思うから、こうして離れようとしているのに。


 移動しては彼が近付いて、何度かそれを繰り返して、いよいよ私はベンチの美しく装飾された手すりにまで辿り着いてしまった。


「……ギャレット様。もう。近過ぎます」


 無言の応酬に我慢が出来なくなって私がそう言うと、ギャレット様は肩を竦めた。


「そうだね。なんで、ローレンは俺から離れようとするの?」


「な、なんで? えっと……」


 離れるべき理由に、どう言うべきか困ってしまった。ギャレット様が好きで彼も好きで……ええ。そうよね。そんな二人に、離れる理由って、もしかしてないかも。


 王妃様……これって、私は……本当に、このまま現状維持は無理があり過ぎないですか……? 一時的に席を埋めておくためだけなのに、本当に良くわからない関係になってしまった。


 混乱して黙ったままの私の顎を掴み、ギャレット様は触れるだけの軽いキスをした。驚きに目を見開いた私を見て、ギャレット様は照れたように言った。


「ごめんごめん。困っているローレンが、あんまり可愛かったから」


 可愛いと思ったら、キスってするものなんだ……勉強になります。いえいえ。そういうことでもなくて!


「ギャレット様。ここは外なので……! 恥ずかしいです」


 いきなり昼日中の外でキスをされた私の涙目の抗議を聞いて、彼はなるほどと納得して言った。


「わかった。外であれば、確かに誰かに見られるかもしれない。外でなければ良いんだな?」


「そ……そうですね。あと、いきなりのキスは、駄目です」


「では、俺がキスをしたくなったら、どうしたら良いんだ」


「え? 私に……して良いか、聞いてください」


「……わかった。出来るだけ、ローレンの希望に添うようにしたい……キスしても良いか?」


「だっ……! 駄目ですよ! もう。何を言っているんですか!」


 私が立ち上がると、彼も同じように立ち上がった。


「なんだ。残念。では、またの機会を楽しみにしよう」


 そろそろ戻らなければならない時間なのか、常に彼の影のように寄り添う護衛騎士が現れて、ギャレット様に合図をした。


「あのっ……日傘、可愛いです。ありがとうございます」


 小さくて軽くて……宝石が散りばめられているような豪華なものではないけれど、センス良く可愛らしい日傘だった。


「それでは、戻るよ。ローレンまたね」


 と言って、ギャレット様は私の片手を取り、手の甲にキスをした。


 流石は、生まれついての王族。流れるような上品な所作に、不自然なところなんて何一つ見えない。


 彼らの姿が見えなくなるまで見送り、私はがっくりとしてベンチへと尻餅をつくように座った。


 これが、もしかして半年続くのかしら……嘘でしょう。あれをなんでもない顔で拒否し続けねばならないなんて、対応が難し過ぎる。


「……驚いた。少し見ない間に、こんなにもあの王太子と仲良くなっているのか。ローレン」


「まさか。イーサン? 貴方。どうやって、ここへまで入りこんだの?」


 振り向くと見えたのは私を将来娶るはずの男、大富豪イーサンだった。爽やかなグレーの貴族服を着こなし、当然のようにそこに立って居た。


 けれど、ここは王族専用の庭園のはずだ。


「それは、とても愚かな質問だな。俺たちの飼い主がお呼びだ。行こう」


 ということは、先ほど手紙を送ってきた王妃さまが、急ぎで私へ何か付け加えたいことがあったのかもしれない。


 私はイーサンに案内されて進み、豪華な天蓋で日差しを遮る東屋で座る人物へとカーテシーをした。


 彼女を目の前にすると、緊張する。料理をされる前の獣は、こんな気持ちなのかもれない。


 彼女の鋭い光の緑の目で睨まれれば、今にも調味料を掛けられて食べられてしまいそうだもの。


 黒い絹糸のような髪に緑色の目。紫色の体にそうドレスに、色気のある赤い唇。美しいけれど、妖艶な雰囲気を持つ女性。


 現王妃アニータ様。崖に落ち縁に必死にぶら下がる私に、命綱を投げた人。


「お久しぶりです……アニータ様」


「久しぶりね。ローレン。随分とギャレットが、貴女を気に入ったようね。驚いたわ」


 それはもう何ヶ月か前にも報告したことだけど、お前程度が自惚れるなと一蹴したのは貴女ですよね?


 私たちの関係性でそんな生意気な返しを出来るはずもなく、私は黙ったままで頭を下げた。


「アニータ様。今のままでは、計画に支障があるのでは? 僕の目から見るとローレンは必死で距離を置こうとしていましたが、彼の方から距離を詰めていたようでした」


 イーサンは私の隣で跪き、頭を下げたままでそう言った。彼は平民なので、王妃に許されるまでは頭を上げられないのだ。本来なら王族にこうして拝謁が許されるのは、貴族だけだから。


 待って。ということは、イーサンは先ほどの私たちを見ていたってことかしら。


「……そうね。あの子がローレンにこれ以上執着すると、厄介だわ。デビュタントの日まで待てないわね。ペルセフォネの誕生日がもし来れば、あの子が王太子妃に内定していると言いやすいわ。もう少し、辛抱なさい。良いわね。ローレン」


 王妃は一方的にそう言ってから立ち上がると、こちらからの答えを待つことなく去って行った。


「……婚約者でなくなる時期が早まったのは、ローレンにとって良いこと?」


 完全に足音がなくなってから、イーサンは顔を上げてから悪戯っぽく笑った。


 この人もこういう、子どものような無邪気な笑顔を見せるんだ。


 非情で自分の利にならないものは容赦なく切り捨てているようだから、こういった可愛らしい表情を見せるとは思わなかった。


「はい……正直、このまま……ギャレット様の傍に居ることは、辛いです。いずれ裏切らなければならないから」


「そのまま、婚約者で居れば? あの色ボケ王子に全部話して、味方になって貰えば良い。王妃とて、王には逆らえまい」


 なんでもないことのように言ったイーサンが信じられなくて、私は驚いた。


 彼は何を言っているんだろう。


 だって、それって……姪を王太子妃にしたい王妃様を裏切り、報酬を貰えなくなることを意味している。


 借金は、確かにどうにかなるのかもしれない。君主たる王族であれば、見たこともないような財産を手にしているだろう。


 それで、助けて貰えるかしら?


 ……ううん。王妃様はクインが侯爵となるまで援助してくれることも約束してくれた。


「……いいえ。私は約束された報酬が欲しいです。もし、王から王太子を騙した罪で、メートランド侯爵家へ罰が下されれば? それを試してみるには、あまりに未確定な要素が多すぎます」


「やれやれ。素直にならない子は、素直な子には勝てないよ」


 イーサンはきっと、王妃様の企みもどうでも良いのだろう。ここで男爵位を貰えなくても、いずれどうとでもなると思っている。彼にはそれだけの実力があるから。


 私には、何もない。


「……私は父や弟を自分のために、踏みつけにすることはありえません」


「そう? まあ、俺は別にどっちでも良いけどね」


 イーサンはそう言い残して、去って行った。


 庭園の中は花盛りで、もうすぐ冷たい冬がやって来る。私は心を凍らせて、自分に与えられている役目を果たす。


 家族だけのためでもない。何よりも、自分が助かるために。


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