8話 手に血を付けたことの無い者に人を語る資格は無い
朝食が終わればバーンズは「いい加減疲れたから帰るわ」とさっさと帰っていった。
本当に食事と顛末を伝えに来ただけのようだ。
何はともあれ。
「良かったな、サラ」
「はい……本当に、ほんとに良かったです」
両親が生きていてくれたことに、サラは心から安堵する。
「……でも、本当に死刑が行われようとしたんですよね?」
「おっさんが嘘をついてなければな。尤も、あのおっさんはそんなしょーもない嘘をつくような奴じゃないから……実行されようとしていたのは間違いないだろうな」
「そうですか……」
バーンズが得た情報では、ハーウェル夫妻の罪は『偽聖女にセリスティア・メイレスの暗殺を命じたことへの嫌疑』によるもので、その刑は死刑。
ハイランクの冒険者や、後宮内部の騎士達による証言だ、間違いなく確実とまではいかずとも、かなり精度の高い情報だ。
それも、見ず知らずの相手ではなく、元・王都最強の冒険者であるバーンズ・ガラルドに提供する情報だ。
バーンズ自身も、自分が信用出来る者達の情報を基に今回の拉致作戦を決行したはずだ。
「(だが……これで終わりではないだろうな)」
ジェラドは、サラに聞こえないように心底で呟いた。
ハーウェル夫妻は、王族にとって"不都合な真実"を知っているし、だからこそ王国軍は無理矢理な理由をでっちあげてまで二人の身柄を確保、処刑にまで運ぼうとしたのだ。
ところがハーウェル夫妻は生きているので、『濡れ衣同然の罪をでっちあげで、何の関係もない市民を処刑しようとした』ことは、少なからず噂として流れるだろう。
「(まぁ、これで終わりではないのは、おっさんもそうだろうけど)」
バーンズは、心身に傷を負ったハーウェル夫妻を療養させる名目でイステアへ送ったと言ったが、恐らくこれは、『情報戦』だ。
ハーウェル夫妻の大まかな経緯は、いずれイステアの町民達にも広がるだろう。
そして、王都の方で噂になっている『行方不明者の続出』。
ハーウェル夫妻は濡れ衣によって処刑されかけた。
そこに『行方不明者の続出』という噂も重なると……
『王族らは、不都合な真実を知っている市民に濡れ衣を着せて拘束させ、秘密裏に"処分"している』と。
陰謀論と言えば陰謀論の域を出ないが、『もしかしたら、そうなのかも?』と疑問に思う者は少なからず現れる。
そんな"かもしれない"が何千、何万人の口と耳によって拡散すれは、民衆は王族らに疑念の目を向けるだろう。
だが、
「(おっさんは王国を滅ぼしたいわけでも、自分がトップになりたいわけでもない。王族達を追い詰めて、何をしようって言うんだ……?)」
今回の王都行きも、ハーウェル夫妻に関する情報だけを集めていたわけではないだろう。
それなりに付き合いの長いジェラドとて、バーンズの腹の底まで読めるわけではない。
そこまで出来るとすれば、シグレぐらいのものだ。
何を探っているのかは分からないが、危ない橋と綱渡りを繰り返しているのは間違いないだろう。
朝食の片付けが済めば、診察室と待合室、玄関前の清掃などを行って、患者の受け入れ体勢を整える。
ここ最近になってジェラドは、サラに居住区の家事手伝いだけでなく、診察の際の簡単な補助をさせるようにしていた。
正確には、診察補助を言い出したのはサラの方なのだが、医療資格の無い者においそれと患者の相手をさせるわけにはいかない、とジェラドは止めたものの。
「今しばらくはここでお世話になるのなら、少しでも仕事を覚えたいんです」
と言うサラの決意に負け、触診や接種などはさせずに、あくまでもジェラドの指示を受けた上での補助と言う形に落ち着いた。
けれどもサラの補助はデメリットばかりと言うわけでもなく、検診に訪れた高齢者からは可愛らしい孫娘のように可愛がられており、サラ自身も仕事は真面目に取り組むため、その頑張る姿が、結果的に院内の雰囲気を暖かいものにしてくれていた。
そんな風にサラが診察補助を行うようになって数日。
休診日である今日に、ジェラドはサラを連れて町内へ出かけ、ピスカの服屋『ドルチェ服飾店』に赴いていた。
「あっ、ジェラド先生!サラちゃん!待ってたよ!」
カウンターの向こうから店番をしていたピスカは、二人が入店するのを見てぶんぶんと手を振る。
「おぅピスカ、こんにちは」
「ピスカさん、こんにちは」
ジェラドはいつもの調子で会釈し、サラは丁寧に頭を下げて、それぞれ挨拶を返す。
二人が何の用件で訪れたのかをすぐに読み取ったピスカは「ちょっと待ってて」と、一度店の奥に引っ込むと、すぐに紙袋に包まれたそれを持ってきた。
「せっかくだから、試着してみる?」
「は、はい、ぜひお願いします」
「よーしっ、それじゃ早速……」
サラはピスカに手招かれて試着室に入る。
閉じられたカーテンの前で、ジェラドは手持ち無沙汰に待つこと数分。
「ちゃんとサイズに合わせて縫製したはずだけど、大丈夫?苦しくない?」
「大丈夫です、サイズはちゃんとぴったりです」
「サラちゃんは細身でスレンダーだから、縫製自体は楽だったんだけどね」
カーテンの向こうから女子二人の話し声が聞こえてくる。
もう少し待つと、ピスカだけが先に試着室から出てきた。
「さぁさぁ先生、生まれ変わったサラちゃんの麗姿、ご覧あれー!」
ピスカの声に、ジェラドの視線がカーテンに向けられる。
「もういいのか?」
「もっちろん!では、カーテンオープーーーン!」
勢い良くシャッとカーテンが開けられれば、
「へ、変じゃないですか……?」
看護衣(ナース服)を纏ったサラの姿がそこにあった。
「おぉ、イメージはしていたが、似合ってるじゃないか」
驚くこともなく、ジェラドは頷く。
「あ、ありがとうございますっ」
「やったねサラちゃん!」
元より、今日にドルチェ服飾店に訪れたのは、これが理由だった。
サラが診察補助をするようになって「患者の相手をするに当たって私服のままでは良くないだろう」と言ったジェラドの口利きによって、彼女用のナース服をピスカにオーダーしていたのだ。
「どうどう先生っ、ナース服姿のサラちゃんにときめいちゃった感じ?」
「ときめいたかどうかは知らんが、ピスカの腕は最初から信用していたからな」
「やった!それじゃ先生、あたしと結婚しよっか!」
ごく自然にしれっと爆弾発言を放り込んでくるピスカに、サラは「ふえぇっ!?けけけっ、結婚!?」とあわてて顔を真っ赤にしている。
「はいはい、気が向いたらな」
とはいえジェラドはジェラドで真に受けることもなく、適当に流している。
「えぇー、つまんなーい。先生ってばいつもそう言ってるのに、全っっっっっっっっっっ然気が向いてくれなーい」
「こんなロクでもないヤブ医者なんぞ口説いてないで、もっと好い男探せ」
「ロクでもなく無いし。ヤブ医者じゃないし。先生よりいい男とか、そうそう転がってないし。もう、先生のいけずぅ!」
ぶーぶー、と不満げに口を尖らせるピスカ。
「え、えぇと、ピスカさん、ジェラド先生のこと、好きなんですか……?」
日常会話の中にしれっと結婚を申し込むピスカと、それを軽く受け流すジェラドを見比べて、サラはピスカに訊ねる。
「うんもちろん!だって先生、あたしの命の恩人だから!」
「おいピスカ……」
何を思い浮かべたのか、ジェラドはピスカを止めさせようとするが、彼女はもう既に自分の過去について話し始めていた。
「あたしね、ちょっと前まで心臓が弱くてさ。何かあっちゃぁパパとママに迷惑かけて、王都の大病院に行ってたの」
「ピスカさんが心臓弱かったなんて、意外です……」
「ちょっと前までの話だから。あたしの心臓って元々出来が良くなかったみたいで、ちゃんと治すには手術しなきゃいけなかったんだけど……その費用がちょっとバカになんなくて、ウチの売上高の何年分も必要なくらい。お金貯めて手術受けようにも、何年後になるか分かんないし、そもそもその前にあたしが死んじゃうかもしれなかったの」
「そ、そんなに……?」
今の明るくて元気なピスカからは、想像も出来ない過去に、サラは声を詰まらせる。
ジェラドももう止めるつもりもなく、ピスカの好きにさせている。
「で、そのちょっと前……四年くらい前に、ジェラド先生がウェストエンデに来て、診療所立てて。先生の白衣を仕立ててた時に、パパがあたしの心臓のことを相談してくれて。そしたら先生、すぐにでも手術は出来るよってすっごいフツーに答えてくれてさ」
「でも、手術費用はどうしたんですか?前借りとか……?」
大病院ですら莫大な大金が必要だと言うのに、片田舎の町の病院など、途方もない金額を要求するのでは無いのか、前借りして今も少しずつ返済しているのではないか、とサラは懸念するが、
その答えはあまりに意外なものだった。
「うぅん?「病状を聞く限り、恐らくそこまで重いものではないはずだ」って、大病院で掛かる費用の半分以下……うぅん、もっと格安で受けてくれたの」
そうだよね先生、とピスカはジェラドに目を向ける。
「患者の個人情報に抵触するから、詳しくは教えられないが……実際に目視して、予想よりも容態は悪くなかったんでな」
不幸中の幸いとでも言うべきか、とジェラドは頷く。
「こう言っちゃぁなんだが……王都の大病院ってのはけっこうな金食い虫だからな、多少はぼったくらなきゃ維持出来ないのも分かる話だが。……尤も、魔法でなんでも治せるらしい聖女がいる間は、病院としては商売上がったりどころじゃねぇだろうけど」
聖女、と聞いてサラの顔が少しだけ歪む。
それを悟ってか、ピスカはすぐに補足する。
「でも、聖女様の魔法なんてよく分かんないもので治してもらうより、先生の手術の方がずーっと安心出来るよ。魔法で治してもらったって、ほんとにちゃんと治ったのかどうか分からないもん」
それは、実際にジェラドと言う医師の手によって命を救われたピスカならではの体験談だろう。
具体的にどこに、何を投与した上で、どのような施術を行ったのか、そういったことが全て明らかになっており、なおかつ手術の同意者、施術後の患者にも分かるように説明が為されるのだから。
「さっきも言ったが、患者の容態がどれくらい深刻で、それに合わせてどういった施術や薬品が必要なのかは、実際に見て触って、あとは患者の訴えも聞いてみないことにはわからないからな。昔の話じゃ、『魔法で痛みだけ一時的に忘れさせて治ったと錯覚して、後で取り返しが付かなくなった』、なんてこともあったそうだ」
まぁともかくとして、ジェラドは『人の命を救うのは医者の腕か聖女の魔法か』の話を切り上げる。
「ピスカ。代金は前と同じで、バーンズのおっさんに払ってもらってくれ」
「うん、そこはおっちゃんとも話してるから大丈夫」
今回のサラの白衣代もバーンズに支払わせるようだ。
サラがもう一度私服に着替え直してから、ジェラドとサラは商業区へ買い物に向かった。
グランエスト王国後宮 聖女の間
日に何度、何人が訪れるのかは不規則ではあるが、ここに訪れる者は、いずれも怪我人や病人だ。
それら数人の怪我人・病人が跪き、その前に立つのは、法衣を纏うセリスティアと、その後ろに控えるラウダ。
セリスティアは両手を組み、目を閉じて、そっと言の葉を唱える。
「――神の御心よ、喘ぎ苦しむ者らに、慈しみの光を――」
捧げられた祈りに呼応するかのように、セリスティアの黄金色の髪が輝きを放ち、その輝きが跪く者達を包み込めば。
「お、おぉ……痛くない、痛くないぞ!」
「急に身体が楽になった……!」
「聖女様、ありがとうございます!」
祈りを終えたセリスティアは、施しを受けた者達に向き直り、優しく微笑みかける。
事が済んだと見て、ラウダはセリスティアの肩に手を置く。
「今日もまた見事な法術だな、セリス」
「私は何も。ただ神の力をお借りしたに過ぎません」
「その謙虚さは君の罪だよ、ふっ……」
冗談めかしたように笑うラウダ。
「聖女様、万歳!」
「万歳!」「万歳!」「万歳!」「万歳!」「万歳!」
その場にいた全員が、熱に浮かされたよう万歳三唱を繰り返す。
謙遜するように目を伏せるセリスティア。
「(これでまたひとつ、愚民どもは私を盲信するようになった。聖女の力があれば、マインドコントロールも楽なもの)」
痛みや苦しみを取り除いてやれば、国民は瞬く間に聖女の存在を神格化する。
そこで居丈高にならず、あくまでも謙虚に振る舞う。
そうすることで王族らの覚えもめでたくなり、誰も自分のことを疑わなくなる。
「(聖女転生、楽勝過ぎでワロタwww)」
この時、セリスティアはまだ気付いていなかった。
他人に与えた法術が、後にどのような結果を齎すのか。
そして、その齎された結果が自分に知らされることなく黙殺されていることに。
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