7話 急がば回れとは言うが本当に急ぐなら回り道など不要だろう
死刑囚二名が、何者かに拉致された。
その報せを部下から受けたシルフィーネ・フリューゲルは、すぐさま自ら騎馬隊を率いて出撃、死刑囚を拉致した山賊らしき一団の追跡を開始した。
じきに日も沈むだろう茜色の林道を駆けながら、シルフィーネは内心歯噛みしていた。
「(どうやったら山賊ごときに出し抜かれる!?門番兵も警備隊も、一体何をしていたんだ……ッ!)」
濡れ衣を着せられた死刑囚の首を斬って終わりではなかったのか。
そもそも初手の動きがあまりにも遅すぎる。
山賊らが無理矢理に門番を押し通ろうとしたのなら、その時点で騒ぎになるはずであり、兵士達もすぐに対応に回っていたはずである。
ところがどうだ、シルフィーネに伝令が為されたのは、既に山賊らは王都の門を潜った後。
ラウダはセリスティアを片手に鼻息を荒くしながら「奴らを捕らえろ、必ず殺せ」などと半狂乱になりながら兵士達に当たり散らしていたようだが、その山賊達を捕えてくるのかその場で首を斬ればいいのか、どちらかにしてほしいものだ。
ともかく、山賊らが逃走しただろう方向に目星をつけて騎馬を走らせているわけだが……
「イライラするのも分かりますよ、シルフィーネ隊長」
並走しているゲイル・ストラスは、いつもの快活そうな顔をしながらシルフィーネに声をかけた。次の瞬間には目を細めて冷静に事を読んで。
「でもまぁ、少なくともただの山賊じゃない、手際があまりにも良すぎる。どこかの特殊部隊かもしれませんね」
「……仮に特殊部隊だったとして、死刑囚を拉致することになんの意味がある?」
「さぁ、それは山賊に訊いてくださいよ」
「…………」
相手の姿を見ていないにも関わらず、手際の良さから特殊部隊の可能性を想定出来るだけでも、ゲイルは十分以上に優秀な騎士だった。
ふと、前方を注視し――シルフィーネは"停止"の手信号を振った。
「進軍停止!周囲を警戒しろ!」
手信号と彼女の号令に、騎馬隊は一斉に馬を止めさせる。
蹄の音が止まると同時に、シルフィーネは馬を降りて、ゲイルも続く。
「これは……」
足元に転がっているのは、骨飾りやスカルフェイス、覆面、毛皮のマントなどが積み重なった山。
「例の山賊の、私物ですかね」
ゲイルは然りげ無く周囲を警戒する。この"落とし物"が罠である可能性があるからだ。
そして、その周囲。
馬の蹄の跡は、『三方向に別れている』。
「してやられたな。連中、追っ手の撒き方も心得ているらしい」
シルフィーネは冷静にこの事態を読み取る。
敢えて"落とし物"を残しておくことで、自分達はその落とし物を確かめるために足を止めざるを得ない。周囲を警戒する必要もあるなら尚の事だ。
しかも、その落とし物は自然の素材を活かした装飾品ばかりだ、『人の臭いがしないのである』。
その上から三手に別れて逃走。
この内の二手は恐らくは迂回して合流予定地点に向かうだろう、それを真っ正直に追跡している内に煙に巻かれてしまう。
衛兵達の迂闊さも否めないが、これは相手の手口が見事過ぎたと言う他ない。
「とはいえ、手掛かりは手掛かりだ……」
シルフィーネは落とし物を手にとって調べていき――カサリ、と一枚の折りたたまれた紙があった。
どうやら手紙らしいそれを拾って中を開くと、
【今の王家は、お前達が忠誠を誓うに値すると思うか?少しでも疑問に思うのなら、今すぐ引き返せ】
汚い殴り書きの字で、そう書かれていた。
「シルフィーネ隊長?何が書かれていたんです?」
ゲイルがその手紙の内容を訊いてきた。
「……あぁ、【腰抜けどもめ、ざまぁみろ】だそうだ。くだらん」
シルフィーネはその手紙をくしゃと握り潰して懐に納めた。
「ははっ、腰抜けか。耳が痛いこと痛いこと……」
ゲイルは、『シルフィーネがその手紙を捨てずに懐に納めるのを見て』、わざとおどけた返事をしてみせた。
「これ以上の追撃は無意味だな、帰投する!」
シルフィーネは部下に落とし物の回収を命じてから乗馬し、騎馬隊の進路を変えて、王都への帰路を取る。
「(忠誠を誓うに値するのか、か……)」
少し前まではそうだった。
けれど、聖女――セリスティアを迎えてからというもの、特にラウダ王子の乱心が目立つ。
シルフィーネからすれば、セリスティアのご機嫌取りに目が眩んでいるとしか思えなかった。
そんな王家の内情すら読み当てているのだ、どうやら相手はかなりの情報通らしい。
いやそれよりも、何の成果もなく手ぶらで帰投するとなれば、ラウダ王子はまたうるさいだろう。
「このまま帰ったら、まーたラウダ王子がピーピー喚き散らしますねぇ」
そんなシルフィーネの心境を読んだのか、ゲイルはへらへらした顔でそう言ってきた。
彼が率先してへらへらして見せることで、部下達の不満を代弁しているのだと、シルフィーネには理解している。
「……余計な口は慎めゲイル、不敬だぞ」
だからこそ、シルフィーネは模範的な隊長としてゲイルを窘める。
「はいはい、すいません」
生返事するゲイルを尻目に「上手く言い訳してさっさとやり過ごそう」と、シルフィーネは自分の心が荒んでいることへの自覚はあった。
それから二日ほどが経った。
まだ日も昇っていない早朝から、コンッココンッコンッ、と言う特異なノックが玄関から届く。
「このノックは……おっさんか?」
まだ起きたばかりで顔も洗っていないジェラドは、眠い瞼を擦りながら玄関へ向かう。
ドアを開けると、やはり予想通りバーンズだった。
「おーぅ、ジェラド。腹減った、飯食わせてくれ」
しかしその顔の疲労の色は濃く、何日もろくに休んでいないのが見てわかる。
「あのなおっさん……ウチがどこだか分かって言ってんのか?」
「ん?ジェラドんちだろ、寝ぼけてんのか?」
「寝ぼけてんのはどっちだバカタレ!ウチは診療所であって飯屋じゃねぇんだぞ!?」
病院に来て開口一番に食事を頼むのは、世界中探してもこのおっさん冒険者ぐらいのものだろう。
「腹減ってんだからしょうがねぇだろぉ?一昨日からほとんど水しか飲んでねぇし、昨夜は夜通し馬に乗ってたんだしぃ?」
二日近くほぼ食わず、昨夜に至ってはほぼ徹夜というバーンズに、ジェラドは無碍に追い返すことも出来なかった。
「はぁ……飯の準備はこれからだぞ?」
それと、とため息混じりにジェラドは付け足す。
「おかえり、おっさん」
「うむ、ただいまだ。サラちゃんは起きてるか?」
「もうそろそろ起きてる頃だ。……飯のついでに、今回の顛末を聞かせてくれ」
そう。
バーンズがここにいると言うことは、サラの両親に関する事は、既に状況終了を迎えているということだ。
ジェラドはバーンズを居住区に上げて、テーブル席に座って待たせた。
朝の食卓と、隣に座るジェラドと、その彼と対面に座るバーンズを前に、サラは緊張していた。
ずっと気に掛かっていた、両親の安否。
砂糖とミルクをたっぷりと入れまくったコーヒー(と、言えるかどうかも怪しいが……)を一口啜ってから、バーンズは言葉を選んだ。
「まずは結論からだな。サラちゃんの両親の身柄は、ちゃんと取り戻したぞ」
「ほ、本当ですか!?」
どうやら死刑を避けれたようだと、サラは腰を浮かせた。
しかし、
「おっさん。身柄を取り戻したと言ったが……何事も無かった、というわけじゃないんだな?」
ジェラドのその懸念を聞いて、サラは喜びを止めた。
「あぁ……どうやら、拷問まがいなことをされていたようでな。身も心もだいぶやられちまってる」
「っ!?」
拷問をされていたと聞いて、サラは身をこわばらせる。
そこから先は、バーンズは詳しく話すことにした。
遡ること四日前。
バーンズはその日の昼から馬を飛ばして王都へ向かった。
門番兵には、「昔の仲間に会いに来た」と告げ、また兵士達もバーンズとは顔見知りだったようで、ほぼ顔パスで通ることが出来た。
そこから、バーンズは昔の冒険者仲間や知り合いの騎士達から話を聞き出し、サラの両親のオルティガとレモネに関する情報を入手。
やはりバーンズの予想通り、二人はサラにセリスティア・メイレスの暗殺を実行させたことへの嫌疑で拘束されていた。
処刑の執行予定日も引き出させたバーンズは、どうやって二人を取り戻すかを思案。
さすがに兵士達の監視を掻い潜って、拘束されている二人を連れ出すのは厳しい、まず確実に騒ぎになるし、バーンズ一人ならまだしも一般人二人を連れながらでは逃げ切れない。
そこでバーンズは冒険者仲間を呼び集め、山賊に扮して公開処刑に襲撃をかける作戦を立案。どうせ騒ぎになるなら、いっそのこと派手にやってしまう方が効果的でいいと。
汚れ仕事をさせることになる。嫌なら断ってくれ、とバーンズは言ったものの、人助けになると聞けば、仲間達は喜んで快諾、ノリノリで山賊になりきってみせた。
覆面やスカルフェイスで顔を隠し、半裸の身体を骨飾りや毛皮のマントで身を覆ってみせたその姿は、山賊と言うよりはもはや蛮族だ。
執行当日になり、門番兵を門の内側から気絶させて拘束、その辺に転がしておく。
執行人を弓矢で射殺すると同時に、山賊の首領になりきったバーンズはセリスティアを捕まえて人質にしてみせる。
そうしてバーンズが衛兵の注意を引いている内に、他の仲間達も襲撃をかけ、オルティガとレモネを救出、離脱。
それを確認してから、バーンズもセリスティアを(乱暴に)解放し、自身もさっさと逃げ出す。
「って感じでな。いやぁ、あのボンボン王子の慌てっぷりは笑えたぞ。ジェラドにも見せてやりたかったなぁ」
バーンズは何のことでも無いように笑いながら語ってみせたが、対面しているジェラドとサラは顔を引き攣らせていた。
「相っ変わらず無茶なことするなあんたは……」
「王都で大騒ぎを起こして逃げ出してくるなんて、よく生きて帰ってこれましたね……?」
特に、聖女を捕えて人質にした挙げ句乱暴を働くという狼藉だ、裁判に掛けられるどころかその場で殺害すら有り得るだろう。
「それで……サラの両親は一応、サウスラントに帰す手筈なんだよな?」
オルティガとレモネの身柄は確保したあとは、そのまま南東方面へ向かったという。
恐らくは追手を撒くための回り道だろう、と考えていたジェラドだったが、バーンズの答えは異なった。
「いんや……あの二人には悪いが、サウスラントに帰すわけにはいかない。ついでに言えば、これからは名前を変えて生きてもらうことになる」
それは何故かと言えば。
「サラちゃんのご両親が拘束されたのは、一応、仮にも、ひん曲がりなりにも、嘘臭かろうと、正式な令状によるものだ。そして、処刑は決定事項だったが、そこに『どこぞの山賊』によって拉致されて行方を晦ましたんだ」
その『どこぞの山賊』の首領だったバーンズは素知らぬ顔で続ける。
「野蛮な山賊に拉致されたんだ、きっと酷い目に遭わされて殺されるだろうなぁ……って、王国は正式発表するはずだ。ハーウェル夫妻はもはや死んだものとしてな。それなのにしれっとサウスラントに生きて帰ってたら、まずいよな?」
「……あぁ、サラの両親は死んだ、『ということになっている』ってわけか」
ジェラドはすぐに理解したが、サラはどういうことかと不安げにジェラドとバーンズの顔を見比べている。
「え、えぇと……お父さんとお母さんは、生きてるんです、よね?」
「サラ。君のご両親はちゃんと生きている。これだけは間違いない。そうだなおっさん?」
要領を得ていないサラに、ジェラドはハッキリと断言してやる。
「おぅ、それは保証できるから安心してくれや。で、サラちゃんのご両親は今、『イステア』の町に保護してもらっている。その辺りの受け容れは、シグレに根回ししてもらってるから問題ない」
「わ、わかりましたっ……」
バーンズとシグレがどんな手品を使ったのかは分からなかったが、とにかく両親が生きていることは間違いない、とサラはとりあえず安心する。
「サラちゃんのご両親は、イステアでしばらく療養だ。拷問の傷の治療とか、あとは心の治療もな。二人とも、サラちゃんが生きてることを話したら喜んでいたが……「今あの娘に会ったら、恨み言を言ってしまうかもしれない」とも言っていたな」
その理由は、サラにも理解出来た。
ハーウェル夫妻は、ある意味でサラという偽聖女のせいで拷問され、挙げ句に処刑されそうになったのだ。
サラが偽聖女でさけ無ければ……と思わないとも限らない。
「となると、これから近日中にサラをイステアへ送る、というわけにもいかないな」
ジェラドがそう補足する。
彼女の両親のほとぼりが冷めた頃にでもするべきだろう。
「サラちゃんにはちと悪いが、今しばらくはこのウェストエンデにいてくれや。大丈夫、親御さんには遠くない内に必ず会わせてやるからな」
このおっさんに任せなさい、とキメ顔を見せるバーンズ。
そのキメ顔のせいで色々と台無しだが、それにツッコミは入れはすまい、とジェラドは心底で呟いた。
評価・いいね!を押し忘れの方は下部へどうぞ↓