6話 目に見える成果こそが努力の証になる
昼食はフレッドの自宅でいただき、その後も夕方までトウモロコシの収穫だ。
手袋越しとはいえ、手のひらに肉刺が出来そうなくらい握力を加え、瑞々しく柔軟でちぎりにくい葉を引っぱること、幾十回も。
日差しが西に傾いて、空色が茜色に遷り変わるころ、サラはようやく籠ひとつにいっぱいのトウモロコシを集めることが出来た。
「はふぅ……」
西陽が遠慮なく差し込む中、サラはタオルで汗を拭う。
「おぅお嬢ちゃん、お疲れさん」
そこへフレッドがやって来ると、サラが集めていたトウモロコシの籠を見る。
「おぉ、午前中よりもペースが上がったようだな」
「は、はい。でも一日中やって、やっと籠一つ分です」
「初めてでここまで出来るのは上出来だぞ?お嬢ちゃんは案外筋がいいのかもしれんなぁ」
さて、とフレッドはその籠を持ち上げる。
「そろそろ上がるぞ。中で着替えてくれ」
「あ、はい」
フレッドに連れられるように、サラは彼の自宅にお邪魔して、作業着から自分の私服へ着替える。
着替え終えたところで、今日一日ありがとうございましたと挨拶をしようと言う時。
フレッドは、サラが担当していた籠をまだそのままにして、待ってくれていた。
「今日一日、お疲れさん。お礼にしちゃ安いが、この中から何本か、先生への土産にしてくれ」
「え?この中って、トウモロコシをですか?」
「タダ働きなんてさせるかよ。そんなことしたら、俺は先生に恨まれるぞ?遠慮は要らんから、好きなのを持ってけ」
「わ、分かりました、えぇと……」
とにかく収穫することに夢中だったので、出来の如何までは見ていなかった。
どれもこれも同じに見えるのだが、サラはなんとなくで決めて、二本ほど頂戴する。
「あの、今日はありがとうございました!」
ぶん、と大きく頭を下げるサラ。
「なんの、俺の方こそ礼を言わせてくれ。助かったよ、ありがとな」
元は敵国の兵士で、ジェラドに命を救われたというフレッド。
自分の知らないところで、ジェラドが一体何人もの命を救ってみせたのか。
サラには、ジェラドが実は偉大な人間ではないのかと思ったが、その彼はその功績を掲げて胡座をかくこともなく、ただの町医者としてあり続けている。
否、ただの町医者でい続けたからこそ、自分も命を救ってもらったのだ。
今日のトウモロコシを持ち帰ったら、どんな反応をしてくれるだろう。
それを楽しみにして、サラは診療所への帰路を辿る。
いつの間にか、診療所が自分にとって帰る家になっていたことへの、自覚は無かった。
その日の夕暮れ前。
王都の広場には断頭台が建てられ、市民達はその様子を遠巻きから見ている。
断頭台へと連行されるのは、偽聖女に真の聖女の暗殺を実行させた逆賊、オルティガ・ハーウェルとレモネ・ハーウェルの両名。
手足と首を固定され、首筋に当たる部位は、ギロチンの真下に配置される。
「聖女様を殺そうとするからだ!」
「死んで当たり前だ!」
「殺せ!「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
何も聞かされていない市民達は、この二人が口封じとして濡れ衣を着せられ、理不尽に処刑されることなど知る由もない。
無理もない、彼らにとって聖女セリスティアが言うことは全て正しく、それに歯向かう者は全て悪として断罪されてしかるべきなのだから。
殺せ殺せとはしゃぐ市民達を前に、ラウダは悦に入り、セリスティアはその彼に寄り添う。
「ラウダ様、私は悲しくてなりません。何故この御二方は道を外されてしまったのか……」
自らが勝手に騒ぎ立てて周囲に吹聴し、ラウダの怒りを煽ってそれとなく処刑を唆した者とは思えない態度だ。
「全くだ。聖女を殺したところで、国が先細るだけだと解らぬことが、哀れでならん」
セリスティアに唆されていることに気付くはずもなく、ラウダは尤もらしいことを述べる。
「だが、罪は法に則って正しく裁かねばならん。いかに悲しい結末を迎えてもな……」
「(バカが、内心では私の気を引くためにこいつらを喜んで殺そうとしてるくせに、どの口が言ってるんだか)」
今のラウダは、まさに操り人形そのもの。
「(まぁ、バカとハサミは使いようって言うし、こいつが強権を持ってる内はせいぜい利用させてもらいますか。……いずれ、全部私の元に転がり込んでくるものだし)」
セリスティアの言葉と言う糸に操られる、哀れなピエロ。
むしろ、哀れを通り越していっそ滑稽ですらある。
「時間だ。これより、オルティガ・ハーウェル、レモネ・ハーウェルの処刑を、実行する!」
ラウダの処刑実行の宣誓を聞き、民衆は沸き立つ。
執行人は大鉈を携え、二人に「最期に言い遺すことは?」と訊ねる。
「……地獄に堕ちろ」
「ごめんなさい、サラ」
それだけを言い残す。
執行人はそれを意に介することなく、ギロチンを固定している縄の前に立ち、大鉈を振り上げ――振り降ろされもせずにその手からこぼした。
何故ならば、執行人の首元に矢が突き刺さっており、致命傷を受けていたからだ。
ドサリと斃れる執行人。
同時に、
「ギャァーーーーーハッハッハッハッハァー!!」
「キャアァッ!?」
どこからか不快で下品な笑い声と現れた、顔を覆面で隠した山賊のような男がセリスティアを捕まえ、その首にナイフを突き付けていた。
「なっ、なにっ!?なんだ貴様は!?」
ラウダは慌てて振り返る。
「げっへへへっ、こいつはべっぴんさんだぁ!」
「(はぁ!?冗談じゃない、なんでこんなタイミングでこんなふざけた奴らが来る!?山賊?いや、ただの山賊がこんな王都のど真ん中に突っ込んでくるはずがない。どこかの特殊部隊?……チッ、人目がある今は仕方ない、か弱い聖女様を演じるしかないか)ラウダ様ぁ!助けてぇ!」
山賊はそのまま(内心で舌打ちしている)セリスティアを引き摺っていく。
「衛兵!何をしている!さっさと奴を捕らえんか!」
「は、はっ!」
近くにいた兵士が、山賊を捕らえようと迫るものの、山賊はセリスティアの首にナイフの腹を擦り付ける。
「おっとぉ、動くなよぉ。聖女様が死んだらまずいんじゃないかい?グヘヘヘへヘッ」
「ひぅっ!?あっ、あぁっ……!?(それに、私を人質にしたところで山賊が一人でどうこう出来るわけがない。となると、こいつの目的は別にある?)」
(怯えている割には至極冷静な)セリスティアが人質にされている以上、衛兵達も取り巻きはするものの近付けずにいる。
「早く!早く奴を殺してセリスを助けろ!弓兵は何をやっている!?早く射て!」
「下手に射てば聖女様に当たります、迂闊には動けません」
「えぇぃ役立たずどもが!何でもいい!早くセリスを!」
落ち着こうともせずに喚き散らすだけのラウダに、セリスティアは密かに「(一番の役立たずはオメーだよ、クズが)」と侮蔑していた。
故にラウダは、次に起こることにも対処出来なかった。
「イィィィィィーーーーーヤッホォォォォォーゥ!!」
「オラオラァ!どきやがれ!」
セリスティアを捕らえている山賊がいる方向とは真逆から、複数の馬が蹄を蹴立てる音と高笑いが近付いてきてきた。
その者らもまた、山賊のようだ。
「へっへっへっ、お宝いっただきー!」
すると山賊達は断頭台に取り付くと、やけに素早く熟れた手付きでオルティガとレモネの拘束を解き、その山賊の一人は、二人に耳打ちする。
「あんたらを助けにきた。俺達に従え」
何故山賊がと思いかけたオルティガとレモネだが、ここで山賊に拉致される方がまだ助かるのだと判断出来るくらいには落ち着いていた。
周りにいた衛兵はセリスティアを助けるために、それ以外への注意が疎かになり、民衆達も突然の山賊の襲撃に悲鳴を上げながら逃げまどう。
もはや大混乱だ。
「な、何をボサッとしているのだ!奴らが逃げてしまうではないか!いやそれより早くセリス!セリスを!早く!奴らを逃がすな!」
セリスを助けろと言えば山賊を逃がすなと言い、兵士達もどちらを優先すべきかと右往左往している。
当然だろう、指示を出している者が一番慌てているのだから、末端だってどうすればいいか分からなくなる。
「離して!いやぁ!ラウダ様ぁ!(ハァ、こいつらの目的はどう見てもあの二人の救出だろうが。私を捕まえているこいつは陽動、こいつが派手に動いて衛兵の注意をこっちに向けさせ、その隙に後続が二人を拉致る。それが済めば人質の私はしれっと解放されるんだよ、それくらい察しろマヌケが!)」
泣き喚いているフリをしつつ、その内心でこの山賊達の目的と作戦を読み取っているセリスティア。
しかしここでセリスティア自身が命令をするわけにはいかない、何せ今の彼女は『か弱い聖女様』。山賊等という下賤の輩の考えなど分かるはずもないのだから。
「ヒャッハー!グランエストの兵隊は腰抜けばっかだなァ!」
「眠くて欠伸が出るぜ!あばよー!」
そうこうしている内にも、山賊達はオルティガとレモネを馬に乗せてさっさと離脱を開始していた。
「あぁっ、奴らが逃げる!?おのれ山賊風情が!私のセリスを人質にするなど卑怯な真似をしおって!」
「はぁ、しょうがねぇなぁ、返してやる、よっ!」
セリスティアを捕まえていた山賊は、ナイフを首から離すと、思い切り彼女の背中を蹴り飛ばした。
「ガハッ!?」
背中をまともに蹴り飛ばされたセリスティアは前のめりになって倒れる。
「セリス!?貴様!よくも私のセリスを!許さんぞ!」
セリスティアを傷付けられて激昂するラウダだが、山賊はそれを無視して口笛を吹き鳴らして馬を呼ぶと、瞬く間に逃げ去っていった。
ハーウェル夫妻を拉致した山賊達は、断頭台に襲撃を仕掛けた際の不愉快な笑い声など上げることなく、ただ黙々と馬を走らせる。
聖女を狙ったと見せかけた陽動に、断頭台から解放する際の手際、そして「助けに来た」という神妙な声。
まるで軍の特殊部隊かのように洗練された動き、どう見てもただの山賊ではない。
暫し林の中を馬で駆けていると、聖女を捕えていた山賊の首領らしき男が後から続いてくると、オルティガの座る馬に近付く。
「よっ、生きてて良かったぜ。あんた達が死んだんじゃ、サラちゃんが悲しむからな」
「サラを、娘を知っているのか!?」
オルティガは目を剝いた。
聖女として王都に拉致されて、しかし王子の傍にいた聖女はサラではなかった。
「娘は、今どこにいるのですか?」
だとすればサラはどこへ連れて行かれたのかと、レモネも訊ねる。
「あーっと、悪いな。先に言っとくと、オレ達はその辺にいる山賊じゃない。冒険者として、『ちょいと怪しい依頼』を受けて、死刑が決まったあんた達を拉致らせてもらった。詳しいことはこの後で話すから、今はとりあえずオレ達に拉致られてくれや」
そう言いながら、"南東へ"馬を走らせる山賊達。
「ただいま、ジェラド先生」
ちょうど午後の診察時間が終わるかどうかの境目辺りに、サラは帰ってきた。
「サラか。おかえり……っとぉ、えらい立派なトウモロコシだな」
玄関に出迎えに来ると、穫れたてのトウモロコシを二本抱えたサラ。
「フレッドからいただいたのか?」
「はい。わたしが穫ったものから、好きな物を先生の土産にしてくれと」
「そりゃいい、早速今日の晩飯に使わせてもらうか。シンプルに焼いてもいいし、塩茹でにするのもいいなぁ」
キッチンに持って行ってくれ、とジェラドが言うと、サラは頷いてトウモロコシを運んでいく。
黄金色の小粒が目立つ料理が食卓に並ぶ。
焼色を付けた上からソースをかけたり、コーンの実をサラダに混ぜたり、コーンスープにしたり。
「今日はコーン尽くしですね……」
「今年一番のトウモロコシだからな、張り切り過ぎちまったか」
なんとも"トウモロコしい"夕食になってしまった。
いただきます。
ある程度食が進んだところで、ジェラドはサラに話しかけた。
「サラ。今日のフレッドのトウモロコシ畑はどうだった?」
トウモロコシの収穫体験はどうだったのかと訊ねる。
「トウモロコシって意外と葉がちぎれなくて、手に肉刺が出来そうなくらい引っ張りました」
「あー……俺も体験させてもらったことはあるが、あれってなかなか丈夫なんだよな。普通にポイポイもぎ取れるフレッドが別人物みたいに見えたよ」
「分かります、分かります。あれってコツがいるんでしょうか」
「どうなんだろうな……」
新鮮で丈夫な葉に包まれていたトウモロコシを使った料理を味わう。
畑仕事の疲労もあって、サラは風呂から上がるとすぐに眠ってしまった。
――王都の方で、断頭台に乗せられていた両親が、何者かに拉致されたことなど、知る由もなく。
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