3話 謝意を見せるだけでも相手の心象は変わる
その日の午前の診察終了を迎え、昼休みに入る。
サラの日用品や衣服などの買い出しと昼食を兼ねて、ジェラドは彼女と外出する。
「先生、お金は本当にいいんですか?」
「さっきも言っただろ。君の生活に関する費用は、全部おっさんに支払わせるって」
さも当たり前かのように言ってのけるジェラド。
サラを数日ほど診療所の方で預かるに当たって、当然彼女の日用品や着替えなども必用になるわけだが、その費用はどのから捻出するのかと言えば、シグレがこう答えてくれた。
「あぁ、費用に関しては問題ないよ。バーンズに全部払わせるさ。元々、サラちゃんを拾ってきたのは彼だからね。その面倒をジェラド先生に押し付けたんだから、お金くらいは出してもらわないと」
後にバーンズにこのことを話すと、
「おぅ、使え使え。サラちゃんの好きな服でもなんでも買ってくれや」
と、軽い調子で頷いてくれた。
なんでも、冒険者時代の稼ぎと、パーティを解散した時の仲間からの餞別も合わせて、冒険者でありながら投資家にも匹敵するほどの莫大な資産を持っているとのこと。
シグレもそれを承知の上で、バーンズに"何か"あった時、資産はギルドの方で預かることになっており、その使い道や配分は全てバーンズの遺書に記載されている。
配分先にはブラウニー診療所への寄付も含まれているらしい。
尤も、資産を狙うためにバーンズに手を出した者らもいたにはいたが、その下手人らは全員とも不幸な目に遭っていることから、"何か"あることは早々訪れないだろう。
それはともかくとして、サラに関する費用は全てバーンズが受け持つため、何なら資産を使い果たす勢いで買い物をしてもいいくらいだ。
「んじゃ、まずは服屋に行くか。おっさんの大盤振る舞いだ、ここぞとばかりウェストエンデの服を買い込むチャンスだぞ」
「え、えぇと、よろしくお願いします?」
遠慮は要らんというジェラドは、遠慮がちなサラを商業区へ連れて行く。
女性を客層としたブティックに入る二人。
「いらっしゃいませー」
来店と見て、カウンターからサラと同い年ほどの赤い髪の少女がひょっこりと顔を出してきた。
「あっ、ジェラド先生!こんにちはー!」
来客がジェラドであることを確認すると、赤い髪の少女は元気よく挨拶してきた。
「おぅこんにちは、『ピスカ』」
「そうそうっ、聞いてよ先生!この前、先生に処方してもらった薬のおかげで、ウチのママすっかり良くなったの!」
「そりゃ良かった、医者冥利に尽きるってもんだ」
ジェラドに親しげに話しかける彼女は、その一歩後ろにいるサラに目を向ける。
「あれ?先生、その娘は?」
「サウスラント出身の娘だ。訳あって数日間俺のところで預かることになったから、服を揃えようと思ってな」
ジェラドは一歩下がり、サラに自己紹介をさせるように促す。
「サ、サラ・ハーウェルです。少しの間ですが、この町のお世話になります」
「うーわっ、何この子!すんごい可愛いんですけど!?」
「か、かわいい、ですか……?」
「うんうんっ、かわいいかわいい!おっとごめんね、あたしは『ピスカ・ドルチェ』。ここで服屋をさせてもらってるよ」
出会い頭にかわいいの連呼で褒め倒すピスカに、サラは困惑気味だ。
「ねねっ、帽子取っていい?髪もすっごい綺麗な金髪っぽいし、まるで"聖女様"みた……」
「聖女じゃないですッ」
まるで聖女様みたい、と言いかけたところで、サラは頭を振ってその言葉を遮って、帽子を取ろうとしていたピスカの手を突き放した。
「えっ」
思いの外強い拒否に、ピスカは思わずたじろいだ。
「…………ご、ごめんなさい」
思わず突き放してしまったことに、サラは小さく謝る。
「あ……うん、あたしもごめん」
何か良くないことをしてしまったと察したピスカも素直に謝った。
サラの実情を知らない人間からすれば、彼女の髪の色を見て「聖女のようだ」と言ってしまうのも無理からぬことだろう。
「んんっ……ピスカ、悪いがサラの服や着替えを見繕ってくれないか?」
微妙な空気が流れかける前に、ジェラドは咳払いをして本題に移る。
「はっ、はいはーいっ。んじゃサラちゃん!サイズ計るから、こっち来てー」
「は、はい……」
身体のサイズを計るため、一度カウンターの奥へサラを連れて行くピスカ。
彼女は奔放そうに見えるが、弁えるべきはしっかり弁えている人間だ、デリケートな案件を抱えているお客に不快感を与えないようにするにはどうするべきかは分かっているはずだ。
サイズを測り終えただろうピスカは、店内に陳列された服を手に取って、サラにはどれが似合うだのこれも似合うだのと、彼女"を"着せ替え人形にしていた。
とはいえサラはサラで、着せ替え人形にされていることは満更でもなさそうで、ピスカのペースに乗せられつつも、ファッションショーを楽しんでいる。
「三日分くらいは買うんだよね?お金は大丈夫?」
そんなに買うとなると結構な金額になるのではとピスカは言うが。
「あの、お金はバーンズという人に払わせると……」
「あぁ、バーンズのおっちゃんに?なら大丈夫かな!」
ピスカもバーンズのことはある程度知っているため、『ちょっと金回りの良いおっさん冒険者』だと認識している。
尤も、その金の出処については知らないようだが、暗黙の了解というものだ。
資金は潤沢にあるとは言え、サラの元々の気質もあってか、あまり高くない程度で、三日分ほどの着替えを買い揃えていた。
「ありがとうございましたー!」
ピスカの元気な声に見送られて、サラは大きめの紙袋を抱えるり
「早速結構な買い物になったな……一度戻って荷物を下ろすか?」
ジェラドは一度診療所に戻ることを提案する。
「いえ、大丈夫です」
サラは大きく頷くことで、このまま買い物の続行の意志を告げる。
「なら、次は雑貨屋だな。重くなってきたらすぐに言うんだぞ」
次はサラの日用品の買い込みだ。
ここも、あれもこれもと買うことになるだろう。
午後の診療時間に気を付けなければな、とジェラドは時間を気にしつつ、サラの買い物に付き合った。
――サラがブラウニー診療所に下宿するようになって二日ほどが過ぎた。
休診日にジェラドと共に床屋へ出掛け、サラは自分の聖女の証たる金髪を違う色に染めた。
ジェラドの意見に従い、地毛の黄金色が目立つ冷暗色ではなく、黄金色のトーンを落としたカーキ色に染め、せっかくだからとその日に買ったリボンで髪を束ねた姿は、普通に見れば、顔立ちの良い普通の町娘だろう。
その翌日。
今日は大規模なキャラバンがウェストエンデに立ち寄ると予定されている日だ。
キャラバンが滞在する期間は三日ほど。
その間に、ギルドマスターのシグレがサウスラントに飛ばした伝書鳩が、返信を運んでくるはずだとジェラドは見ていた。
まだ日も高い早朝に、ブラウニー診療所の戸がノックされた。
「っと、誰だ?こんな朝早くに……」
食後の洗い物をしていたジェラドは、一度手を拭いて玄関へ向かう。
「あっ、もしかしたら、ギルドマスターさんかもしれません」
この数日で、診療所の掃除や炊事を手伝うようになったサラは、シグレが伝書の返信を伝えに来たのではないかと期待する。
玄関ドアを開けると、サラの予想通りシグレと、ついでにバーンズが待ってくれていた。
が、その二人表情はどこか苦々しいものだ。
「おはようジェラド先生、……サラちゃん」
「おはようさんジェラド」
あまり良くないことを話すつもりなのだろうか、しかし聞かないわけにもいかないと、ジェラドは用件を訊ねる。
「二人ともおはよう。それで……どうした?」
「先日に、サウスラントに伝書を飛ばしただろう?その返信がついさっきに届いた、けど……」
言い淀むシグレ。
「その、キャラバンはサウスラントには寄らないんですか?」
サラがサウスラントに帰るためにキャラバンに便乗する、ということから、今日に立ち寄る予定のキャラバンがサウスラントを経由しないのかと、彼女は切り出す。
「いいや、キャラバンはサウスラントも経由する予定だそうだ。そっちではなくて……サラちゃんのご両親のことだ」
しかし、シグレの返答は予想だにしないものだった。
あぁその前に、と前置きを置いてから。
「ひとつ確認しておきたい。サラちゃん、君は聖女としてグランエスト王国へ連れ出され、その力が不完全だったから偽聖女として扱われ、その上から真の聖女の暗殺未遂の濡れ衣を着せられて追放された。……これに、間違いはないかい?」
シグレは、ジェラドがサラから聞いたことをそのジェラドから聞かされていた。
それは事実なので、サラは頷く。
彼女の肯定を確認してから、シグレは本題に移る。
「サラちゃんのご両親は、『偽聖女が真の聖女暗殺を企てたことに対する嫌疑』をかけられ、王国軍に逮捕されたそうだ」
「えっ……?」
両親が軍に逮捕された。
そのことにサラは思考が追い付かない。
「……シグレ、続きを」
これだけでは無いだろう、とジェラドはシグレに続きを促す。
「大方、偽聖女を生誕させたことを、国への反逆罪か何かとして難癖をつけたんだろうね。……どう言い繕っても、完全な言い掛かりだよ」
そこに、バーンズが口を挟む。
「オレが思うに……これは、"口封じだ"」
「口封じだと?」
それはどういうことだと、ジェラドは目を細めた。
一呼吸の間を置いてから、バーンズは続きを話す。
「まず、サラちゃんが聖女として無理矢理サウスラントから連れ出された。本人やご家族の意志はお構いなしにな。そして、偽聖女は真の聖女セリスティア・メイレスの暗殺未遂事件を起こしたから追放刑に課された。サラちゃんを連れて行かれたご家族からしたら「それじゃぁウチの娘は今どこに?」って話になる。それを騒ぎ立てられて、民衆に王家への不信感を抱かれるのはまずい。だから騒がれる前に身柄と口を抑えておくってことだ」
そして、
「恐らくだが……サラちゃんのご両親は、近い内に処刑されるだろう。適当な罪をでっち上げて、それこそ真の聖女暗殺を企てたとかなんとか言ってな」
さも当然かのように、バーンズは告げる。
「う、うそ……?」
サラはその場で崩れ落ちた。
自分が偽聖女として追放されたことが、家族にまで累が及んでしまったと、サラの顔が青褪める。
「なんだよそりゃぁ、マジでロクでもねぇな……しかも王都とサウスラントとの距離を考えたら、サラを偽聖女だと決め付けた時点で既に軍を動かしてるってことだろうが!!」
ガンッ、と玄関の壁に拳骨を叩き付けるジェラド。
「いやぁ僕もね、あの王族は元々ダメな連中だと思っていたけど、ここまでクズだといっそ清々しいね」
はっはっはっ、と笑っているシグレだが、その目は一切笑っていない。
「騎士達は真面目に仕事やってんだから、救われねぇったらねぇわなぁ。……で、シグレ。どうするよ?」
バーンズは声のトーンを落として『どうする』のかとシグレに訊く。
「どうすると言われてもねぇ、これは王都の問題だから、僕が口を挟むことは出来ないんだ」
ちなみに、とこれ聞きよがしに続けるシグレ。
「『どっかのおバカさん』が王都から死刑が決定した人を拉致したとしても、冒険者ギルド・ウェストエンデ支部は一切感知しない。騎士団の皆さんのガサ入れが入ったって、断固として無関与を貫かせてもらう所存だね。「それはどっかのおバカさんが勝手にやったことだから、ウチは関係ありません」ってねぇ」
「そっかぁ、ギルドは掛け合ってくれねぇのかぁ。じゃぁしょうがねぇわな」
ニヤリと凄みのある笑みを浮かべるバーンズ。
この瞬間、両者の間で何かが交わされた。
それが何かはジェラドには分からなかったが、恐らくはバーンズの本領だろう。
バーンズが声を落として笑う時、彼は数日ほどウェストエンデから姿を消す。
どうやら、また危ない橋を渡りに行くようだ。
「それじゃまたな、ジェラド、サラちゃん」
バーンズは踵を返すと、足早に診療所を後にしていった。
「連絡は以上だ……サラちゃんに話すべきかどうかは迷っていたけど、こればかりはちゃんと伝えておかなくちゃならなかったんだ」
「わたしの……わたしの、せいで……」
サラはそれどころではなかった。
自分のせいで家族が犯罪者にされ、しかも処刑にされるかもしれないと言われて、平静さを保てるほど彼女の心は強くない。
ジェラドは屈んで、ポン、とサラの頭に手を乗せて諭すように口を開く。
「サラ。おっさんはあぁ見えて、元は王国一の冒険者パーティのリーダーをやっていたんだ。……多分、最悪の事態だけは防いでくれる」
バーンズは自称からして「ただのおっさん冒険者」だが、その冒険者としての実力はかなり高く、また交渉事や駆け引きも上手く、あの手この手や裏の手、荒事まで使いこなせる。
サラの両親も、『どうにかして』助けるはずだ。
「朝早くからすまなかったね。……バーンズの様子を見てくる」
会釈してから、シグレはバーンズの後を追うように診療所を出る。
サラは崩れ落ちたまま、しばらく動けなかった。
評価・いいね!を押し忘れの方は下部へどうぞ↓