1話 ここまで予定調和だといっそ茶番ですらある
スローライフ始めました。
「皆様!その聖女は偽物です!」
「なるほど、不完全な力しか持たないのは偽物だったからか」
「聖女を騙る偽物め!」
「死ね!」「死ね!」「死ね!」「死ね!」「死ね!」
「偽聖女サラが、聖女様を暗殺しようとしたのは本当なのか!?」
「そうです!彼女が私のことを妬んで……!」
「偽聖女を殺せ!」
「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
「偽聖女サラ・ハーウェル!貴様との婚約を破棄する!」
「せめてもの温情だ、偽聖女は追放刑に課す」
――とんだ茶番だ。
最近新たに招聘されたという、自称・真の聖女に、いきなり偽物だと言い放たれ、掌を返すような王族や国民の非難の声を、彼女――他称・偽聖女『サラ・ハーウェル』は他人事のように聞いていた。
そもそもサラは、自分が聖女だと認めたつもりはなかった。
確かに彼女は、聖女の証たる黄金色の髪を持ち、治癒に関する力を持っていたが、それはあくまでも『怪我や病状の回復力をほんの少し高める』程度のものだ。
だと言うにも関わらず、王族はサラを「あなた様は聖女であり、選ばれた人間なのだ」と一方的に祀り上げ、彼女から全てを奪って王宮へと閉じ込め、第一王子との婚約もまた強制させた。
彼ら王族が求めていたのは、『どのような身体異常もたちどころに癒やしてみせる力』であり、サラのようなせいぜい回復力を高める程度では到底及ばない。
彼女の口から「そんな力はありません」と言ったその日には、王族はサラを「不完全な聖女」の烙印を押し、すぐにまた次の聖女を求め、そしてその次のもすぐに現れた。
セリスティア・メイレス。
彼女は王族らが求めた完璧な法術を見せつけ、サラを偽物だと断じた。
あろうことか、「その完璧な力を妬んだサラがセリスティアの暗殺を目論んだ」などと言う根も葉もない捏造された事実を、『サラの耳に入らないように』各方面へ吹聴し、言い逃れなどする必要もないサラの逃げ道を完全に潰した。
サラとの婚約を(強引かつ一方的に)認めていた第一王子『ラウダ・サブナック』も、サラのセリスティア暗殺(無実)を機に(強引かつ一方的に)婚約破棄を宣言。
まるで全てが予定調和であるかのように、サラは追放刑に課された。
申し訳程度にもならない馬車に押し込まれ、ガタゴトと揺らされること半日、次に兵士に放り出された時には人気もない森の中。
サラを放り出した兵士達もそれ以上のことはせず、さっさと来た道を馬車と共に戻って行く。
「……やっと自由になれた」
聖女だと勝手に決め付けられて、故郷から無理矢理連れ出され、王宮へと押し込まれて、聖女暗殺の濡れ衣を着せられて追放されること、一週間。
ようやくサラは晴れて自由の身になった。
が、着の身のままで手荷物ひとつもなく、こんな森の中に放り出されて、どうしろというのか。
加えて言えば、この三日間も食事らしい食事も摂っておらず、最低限餓死しない程度のものしか与えられていなかった。
このままでは、餓死は避けられない。
ともかくサラは立ち上がり、食べられそうなものを探しに森の中を行く。
飢え渇きを凌ぎ、生きて故郷へ帰らなければ。
しかし、まともに飲みも食べもしていない身体は、思いの外脆かった。
森の中を歩き始めてすぐに、耐え難い疲労と眠気がサラを襲う。
「(あぁ……もう、無理……)」
サラはその場で倒れ込み、意識を放った。
せめて、魂は天国へ逝けますようにと願いながら。
何かが近付いてくる足音は、既に聞こえなくなっていた――。
グランエスト領 ウェストエンデ
グランエスト王国域の西方に点在する、片田舎同然の町。
人口は千人ほどと小規模ではあるが、生産力は高く、周辺の村や町との交易も盛んで、ささやかながら栄える町だ。
そのウェストエンデの町の片隅には、『ブラウニー診療所』という小さな病院があった。
「いつもすまんねぇ、ジェラド先生」
「なーに。これで食わせてもらってるからな。今は季節の節目で体調も崩しやすい、身体には気を付けてな」
「ありがとうさん、またねぇ」
定期検診に来院していた老婆を見送り、男――『ジェラド・ブラウニー』は、午前の診療時間を終えて、昼休みに入ろうとしていた。
表の看板も『準備中』に替えて、さて昼食でも作ろうかと言う時。
コンッ、ココンッ、コンッ、という、一定のリズムを刻んだようなノックが玄関ドアから聞こえてくる。
ジェラドはその特異なノックを聞いて、誰が来院してきたのかを察し、溜息混じりに出た。
「当院はただいま準備中です」
「よぉジェラド、元気してるか?」
ドアを開ければ、冒険者用の装備を纏った大柄な壮年の男が待っていた。
「わざわざ準備中に来んなって言ってるだろうが、おっさん」
「まぁまぁそう固いことを言うなよ、オレとジェラドの仲じゃないの」
やけに馴れ馴れしいこの冒険者は、『バーンズ・ガラルド』。
かつては、グランエスト王国が誇る最強の冒険者パーティのリーダーだったそうだが、本人曰くは「オレもいい加減歳だから」と数年前にパーティを解散し、今ではウェストエンデで薬草摘みやキノコ狩りの依頼ばかりを受けるようになっている。
しかし、歳だからと言う割には肉体に一切の衰えは見えず、時たまに前触れなくふらっと町から姿を消していることから、今でも脛に傷を残すようなことを散々やっているようだが、普段の彼を見れば、単なる冒険者被れのおっさんにしか見えない。
それはともかくとして。
「おっさん、その肩に担いでいるのはなんだ?」
ジェラドは、バーンズが右肩に担ぐように持っている"ソレ"を指した。
「おぉーそうだった……急患だ。ついさっき、森の中で倒れているのを見つけてな。拾ってきちゃった、テヘッ♪」
「テヘッじゃねぇわアホ!急患なら急患だと言えよ!?」
茶目っ気を見せるバーンズだが、急患と聞いた瞬間ジェラドは身を翻して白衣を羽織る。
バーンズをそのまま診察室に入室させ、その担いできた人間を診察台に優しく乗せさせる。
黄金色の髪に、病的なまでに色白肌の少女。
身形は悪く、まるでどこかから慌てて逃げ出してきたかのようだ。
意識を失っているらしく、ジェラドが呼びかけても反応はない。
可能な範囲で触診を行い――
「目立った外傷はないな。脈は少し弱いが、疲労と栄養不足が原因だろう」
そう判断したが、それ自体は大した問題ではない。
「……しかしおっさん、森の中で倒れていたってのはどういうことだ?周囲に魔物はいなかったのか?」
ジェラドが知りたいのは、疲労と栄養不足になるような状況そのものだ。
しかも、こんな年頃だろう少女が一人で。
「うむ。オレが発見した時には、もう倒れていたからなぁ。それに、手荷物らしいものも何もない、完全に手ぶらだった」
当事者のバーンズも、何故こうなったのかは分からないという。
「手掛かりらしい手掛かりは無し、彼女の口から直接訊くしかなさそうか」
ともかくは意識回復を待たなければならない。
「んじゃ、オレはシグレんとこに依頼達成の報告に行くから、あとは頼んだ」
軽く会釈してから、バーンズは診察室を後にしようとして、
「そうそう、いくら可愛らしいお嬢さんだからって、見境無くすようなことはするなよー?」
ニヤニヤしながらそんなことを言ってきた。
「とっとと帰れエロオヤジ」
ジェラドも態々反応してやる必要もなく、それだけ吐き捨てた。
肩を竦めながら扉を潜っていくバーンズを見送ってから、ジェラドは眠り続けている少女の身体を抱える。
診察台で寝かせるわけにはいかないので、入院患者用の病室に移すためだ。
「軽っ……?」
その少女の異常な体重の軽さに、ジェラドは一瞬驚く。
バーンズは鍛えているから軽々担いでいたことに疑問を持たなかったが、自分がこうして運ぼうとすると、その軽さを否応なく実感する。
この分だと、食事もまともに摂れていないかもしれない。
ともかくは病室のベッドに寝かせ、腕を消毒液で清潔にすると、点滴の針をそっと滑らせるように差し込む。
意識が回復した時にすぐに駆け付けられるように、ベッドの近くにハンドベルを置いておく。
そこまでを終えて、ようやく昼食だ。
午後の診療時間を終えれば、もう夕暮れ時。
表の看板も再び『準備中』に変えて、さて夕食の準備をしようかと言う頃になってもハンドベルが鳴らされない辺り、まだ少女は目覚めないらしい。
意識が回復しているかどうかを確かめるため、ジェラドは一度ノックして、間をおいてから病室へ入る。
ベッドの中の少女。
先程よりは顔色が良くなっているが、やはり死んだように昏々と眠っているままだ。
「しかし、黄金色の髪か……」
その意味を確かめるように小さく呟く。
少なくともその髪の色は、グランエスト領内では特別な意味を持つ。
神々より授かるとされる、"聖女"の証。
聖女とは、癒やしの力を持って産まれる女性の総称であり、神々からの祝福を受けたその女の子は、必ず美しい黄金色の髪を持つ。
聖女が生まれたその年は、王国が聖女を迎え入れ、生誕祭を開くほどだという。
ジェラド自身、教養の上で知る程度の知識はあったが、その存在には懐疑的だった。
彼曰く「魔法で患者を救えるんなら医者なんぞ要らんだろうが」と。
その通りと言えばその通りなのだが、特に王族関係者は聖女を神格化している節がある。
ジェラドも半年に一度、医学会の集会へ強制出席させられるため、年に二回ほど王都へ赴くことがあり、その都度にお偉方が偉そうなことを垂れ流すのを聞き流しては、さっさと蜻蛉返りだ。
ついでに、聖女様がいかに素晴らしい存在であるかも聞かされるのだが、ジェラドからすれば同じ演説を繰り返しているだけの阿呆としか思えなかった。
これでは医学会ではなく、ただの宗教だと。
話を戻せば、この少女は聖女である可能性が高い。
けれど、王国が総力をあげて迎え入れる聖女が、こんな有り様になるなど、
「……何かあったと考える方が自然だな」
そして恐らく、バーンズもこの少女が聖女であることは見抜いている。尤も、聖女云々は関係無しに急患として運んできたのだろうが。
ともかくは、彼女が目を覚まさないことには何も分からない。
そう思った時だった。
少女が微かに寝返りを打ち、「うぅ……」とうなされているような声が聞こえる。
夢を見ているのだろう。それも、見たくない内容の。
そろそろ目覚めの時は近いようだが、今はまだ眠らせた方がいいだろう。
夕食を済ませ、ついでにもし少女が目覚めた時に食欲がある時のための軽食も作っておく。仮に一晩起きなかったとしたら、これがジェラドの明日の朝食になる。
次は入浴の準備だと言うところで、病室の方からカランコロン、という音が届く。ベッドの近くに置いている、ハンドベルの音色だ。
ジェラドはすぐに病室へ駆けつけ、「入るぞ」と一言置いてから扉を開けた。
少女はベッドの上で状態を起こしており、膝の上にハンドベルを寝かせていた。
「気分はどうだ?」
「…………」
無言のまま、少女はジェラドの顔を見つめる。
まだ意識が朦朧としているのかもしれない。
ジェラドは徐ろにベッドに近付くと、少女の右手を取った。
「俺の声は聞こえるか?聞こえるなら、手に握ってくれ」
意識確認のため、手を握るように促すと、弱い力ながら握力を返してくれる。
「自分の名前は、分かるか?」
「……ラ……ェル……す」
次は名前を訊こうとするが、口腔が乾燥しているせいか、声が掠れていて上手く聞き取れない。
「水がいるか。少し待っててくれ」
ジェラドは一度病室を出て、白湯を入れたカップにストローを差して戻って来て、それを少女の口元へ添える。
弱々しく水を吸い、喉を鳴らす。
それが何度か繰り返されたところで、少女は「んんっ……」と咳払いをする。
「ぁ……ありがとうございます」
感謝を告げて、小さく頭を下げる少女。
「どういたしまして。俺はジェラド、この町の医者だ。君は?」
ジェラドは簡単に自己紹介をして、再度少女の名前を聞き出す。
「サラ。サラ・ハーウェル、です。あの、あなたがわたしを……?」
助けてくれたのかと、少女――サラは訊ねる。
「正確には俺じゃない。この町の冒険者が、森の中で倒れていた君を拾ってきたらしい。俺は医者として、君を介抱していただけだ」
「そ、そうでしたか……」
「君に訊きたいことがいくつかあるんだが……その前に、食欲はあるか?」
「あ、あります」
「なら良かった。今、温め直してこよう」
ジェラドはまた病室を出て、先程に作ったスープを少し温め直してから戻って来る。
食べさせようとするが、サラは「じ、自分で食べれます」と少し恥ずかしそうにスープを受け取る。
「はふはふ……」
あまり噛まなくても飲み込みやすいように薄く小さくカットした野菜のスープだが、サラは味わうように咀嚼している。
「おいしいです……」
「そりゃ何よりだ」
おいしいと言うサラだが、その様子はどこか翳りがある。
ジェラドもそれを感じていたが、それを訊ねるのは食べ終えてからだ。
もう数分をかけて、サラはスープを完食した。
意識や感覚に問題は無いようだ。
食器を下げてから、ジェラドは本題を切り出す。
「さてと、まずは……サラ。君のその髪は……」
「違います」
それよりも先に、サラが食入るように遮った。
「わたしは聖女じゃありません。不完全な力しか持たない、偽聖女です」
「……どういうことだ?」
不完全な力しか持たない、偽聖女。
それはどういうことかとジェラドは訊ねる。
数秒の躊躇を置いてから、サラはポツリポツリと話し始めた。
………………
…………
……
「クソじゃねぇか」
サラが少し前の自分の身の回りのことを話し終えると、開口一番でジェラドはそう口にした。
「聖女だからって故郷から無理矢理連れ出されて、その聖女の力が望み通りのものじゃなかったからってロクな食事も与えず、それどころかすぐにまた新しい聖女だと?しかもその聖女の暗殺疑惑の濡れ衣着せられて追放って、これだから王族ってやつは……人をなんだと思ってやがる!!」
ガンッ、と病室の机を殴り、その物音にサラは竦む。
「……すまない、熱くなった」
腹が立つとすぐこれだ、とジェラドは謝る。
「いえ……気にしないでください」
「そう言ってくれると助かる……と、なると」
すぐに意識を切り替えようと、話の方向を変えるジェラド。
「故郷から連れ出された、と言っていたな。それはどこだ?」
サラは、故郷から無理矢理王族に連れ出されたと、先程の話でそう言っていた。
「『サウスラント』……南の辺境地です」
彼女が言うそこは、グランエスト領の南方の町だ。
「サウスラントか。ウェストエンデからの距離もそれなりにはあるが……まぁ、馬車で行けば一週間くらいだな」
「馬車……」
馬車、と聞いてか、サラは目線を落とす。
「ジェラド先生、馬車ってどれくらいの運賃がかかりますか?」
「ん?どのくらいか?サウスラント行きの商隊に同行させてもらう形なら、そこまでぼったくりな金は取られないと思うが、さすがに無賃では乗せてくれないだろうな」
「…………」
さらにサラの顔が曇る。
「ってそうか、身一つで放り出されたから、何も持ってないのか」
「そうです……」
そう。
サラは手荷物一つもなく放り出され、バーンズに拾われてきたのだ。
服の中には貨幣のひとつもない。
「まぁ、あれだ。今日はもう夜が近いし、ここで泊まればいい。明日辺り、この町のギルドマスターに相談しなければな」
サラには、とりあえず入院患者としてこの病室で寝泊まりさせる。
そこから先をどうするかは、また明日に考えればいい。
「とにかく、まずはゆっくり休んでからだ。もう少し眠った方がいい」
「はい……ありがとうございます、先生」
ぺこりと小さく頭を下げるサラ。
あれよあれよの内に追放された偽聖女と、自称・ただの町医者。
この二人の出逢いが、大国ひとつをひっくり返すことになるなど、今は神以外に知る由はない――。
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