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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ネバーサレンダー  イマジナリーフレンドに導かれ生き残る術を現代社会で習った結果

作者: Richard Hamish Head

Pixivにも本小説を投稿する。


「現代社会の情勢は複雑怪奇と言っていい。如何にして法に触れぬ範囲で相手を傷つけるかというチキンレースが平然と行われている。そこにサバイバルの余地を見出だすとするならば、『後先考えずに、噛みついてくる狂犬はぶちのめせ』だ。未来のことなど親にでも言わせておけ。法律に触れないように立ち回ろうとする連中は、本物の暴力に対して臆病なものだ。相手にこちらの実力を見せつけてわからせるには、最終的な手段である暴力がもっとも手っ取り早い」


あとから考えれば、それは精神疾患の類いではなく、単なるイマジナリーフレンドのようなものだったのだろう。ゲームで主人公を導く『師匠』は、突如として僕の前に現れ、語った。


「いいか、戦いのなかに高潔さを見いだそうとするならば、相応の品位を相手にも要求しなければならない。それを持ち合わせない相手に対して、こちらが人間の道理を持ち出して相手をするのは無用に精神を消耗する。好死は悪活にしかずだ。追い詰められて暴れだすくらいなら、初めから似合わぬ生き方を選ぶな、身の程をわきまえることだ」


不思議な感覚だった。人の話、先生や両親の話を聞くのが苦手な僕が、師匠の言葉はするすると理解できたのだから。注意深く振る舞え、という彼の言葉に従い、僕は何と言うか、彼の言葉が聞こえ始めてから、生き方そのものが変わり始めた。退屈な授業の最中、帰り道、休み時間の冷笑に晒される時ですら、彼は現れ、辛抱強く僕に言い聞かせるのだった。


「サバイバルという言葉は極限状態を生き抜く為だけにあるように思われがちだが、日々の生活にも十分に適用できる。むしろ、解決手段が暴力しかない極限状態と違って、今の環境の方が曖昧で、生き辛いと言える。極限状態と現代社会の生き方は、注意の払い方は違えど、注意深く生きなければならないという点では何ら異なるものではない。常に用心深く生きることだ」


「暴力によって許される年齢というものがある。すべてが『ケンカ』で済まされてしまう時がそれだ。『ケンカ』という言葉は、責任の所在を曖昧にする。逆に言えば、お前が同じく暴力を振るおうとも、一方的に加害者にされてしまうことはないということだ。目には目を、という態度で、最低限の暴力で最大限のリターンを得るべきだ」


「暴力の信者にはなるな。あくまでも暴力は、争いを解決する最終手段であることを覚えておかなければ、注意深い生き方とは真逆の振る舞いになってしまう。だが、一度戦うと決めたならば、生ぬるい慈悲など捨ててしまえ」


僕が強くなれたかどうか、それは自分ではわからない。その時以来、争いを好み、平気で人を殴るようになった、と言われることもある。だが、僕の息苦しさが多少なりとも少なくなったという点は確かな事実だった。


師匠の言葉に耳を傾けながら生きる中、痺れを切らしたのは向こう側だった。襤褸のようにされて師匠の声を聴いて以来、ずっと無視し続けていたことが、彼らには耐えられなかったに違いない。



な、ちょっと来てくれ、な、などと曖昧な言葉でこちらを連れ出し、いつものように校舎の裏へ連行されたときも、僕は彼らの声ではなく、師匠の声だけに耳を澄ませていた。


「自分が劣勢であることを決して忘れてはいけない。自分がやろうとしていることが決闘だと勘違いするのも悪手だ。これは格闘技でも殺し合いでもない。だが、殺意だけは持っていて損はない」


どん、と胸を突き飛ばされて我に返る。大柄なクラスメイトが、今は小さく見える。口汚く喚きながら、節くれだった指を突き出すようにして拳を振り回す。やがてそれが、いつものようにこちらに向かって振り上げられた。


すべてがスローモーションのようだった。振り下ろされてくる拳を前に、僕はいつも以上に心が凪いでいた。


「見てわかるような致命傷は、与えることも難しいし、批難の元となる。だが、臓器などに対するダメージはすぐに明らかになるものではない」


拳が振り下ろされる。


「一般的に自分よりも力のある相手に対しては、直接的にやりあうより、体術などを生かした柔の技こそが有効だ。投げ技などはその好例だろう。打撃によってダメージを与えたいのなら、人体の急所を的確に突く、一撃必殺を意識するべきだ」


拳が振り下ろされる。


「一度暴力に訴えたのなら、相手の戦意が完全に失われるまで気を抜くな。スポーツと違って『一本』はないぞ。相手も死に物狂いでかかってくる可能性は十分にありうる。どんなやり方も、どんな小細工も利用しろ」


拳が振り下ろされた。


その衝撃がこちらの肉体に届く直前に、肘を突き出すように腕を上げた。拳が手首のあたりで中途半端に浮き上げられ、軌道が大きく逸れる。投げか、打撃か。考えるより、相手の懐に飛び込んでいた。チビだと笑われ続けた肉体が、間近で見上げるクラスメイトの驚愕を明確に捉えていた。

 顎を捉えた。掌の底、硬い骨が、じいんと響きながら確かな手ごたえを伝えてくる。たたらを踏んだクラスメイトは、そのまま後ろへと倒れ込んだ。

 二人目。無防備になった相手の正面に回り込み、服の生地を掴んだ。頭の中で、父親が好んで見ていた格闘技の動きが思い出される。『想像力の豊かな人間は、動きを見て自分に教え込むことができる』……師匠の言葉が勇気をくれた。

 自分の腰に相手を引っかけるようにして、腕を振り抜く。途中ですっぽ抜けた相手の体が、そのまま地面にどすんと叩きつけられた。

 奇声が上がった。後ろから、空気の流れが突き上げるように叩きつけられる。振り向きざまに、大きく地面を蹴った。鋭く散った土の塊が散弾のように撒き散らされ、三人目がのけぞった。しかし勢いはそのままに、体と体がぶつかる。反射的に屈めた体に引っかかり、腹を強かに打った三人目が、轢かれたカエルのようにだらしなく手足を伸ばして倒れ込む。ああ、と問いかけるような声が、地面から聞こえてきた。肘で上体を支えた最初の一人が、怯えを瞳に灯してこちらを見上げる。その横顔を、靴の踵で蹴りつけた。


どっと汗が噴き出していた。体のあちこちが震えている。特に右の拳が痛い。これと言って達成感はなく、当たり前のことが当たり前のように納まったような手ごたえがあった。


「今の感覚を決して忘れるな。本気の暴力は、相手以上に自分の体を痛めつけるものだ。戦いが長引けば、この緊張が永遠のように続く。一方的に攻撃を受けるリンチでは、如何にして戦力を保持するかが問題になる。暴力が自分の思い描いた通りにかちりと当てはまることはない。どんな戦いも、気概をもって戦うことを選んだのならその精神は讃えられるべきだ。その精神が折れた時が敗北の始まりだ。忘れるな。決して忘れるな」


師匠の声が聞こえなくなったとしても、僕は決して、彼の教えを忘れないだろう。そう思った。


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