第一章 エピローグ
いつも、つたない作品をお読みくださいまして、ありがとうございます。
m(_ _)m
先日章分けをしまして、こちらは第一章のエピローグになります。
実質、書籍一巻のラストという感じでしょうか。
また後でお直しするかもしれませんが、とりあえずこんな感じで次章への引きにしてみました。
これからも楽しんでいただけると嬉しいです。
熱気が籠る巨大な洞窟の中、その大きさに見合った巨大な生物が体を横たえていた。
鈍い光沢のある赤い鱗。
その鱗を盛り上げる太い筋肉の束。
破城槌のような爪牙。
今は閉じられているが皮膜の翼に、長い首と尾をもつこの生物は、ゆっくりと閉じていたまぶたをあげ、気怠そう暗がりに問いかけた。
『何用か、小さき者よ。』
洞窟の入り口側から入って来たのは、全身を黒いローブで隠した細身の男だった。
腰に二本の小剣を帯びているが、背負い袋や手荷物も持っていない。
険しい火山の中腹にあるこの洞窟に来るにはいささか軽装すぎるのだが、洞窟の主は気付いていないようだ。
もとより神々の眷属を除けば、地上では最強の存在なのだ。この世界では弱者である人間を相手に、慢心するなという方が難しいだろう。
事実、数百年に及ぶ生において、彼は一度の敗北もしなかったのだから。
ただひたすら本能従って長く生きたのち、彼は知性を得ると、上位存在に見込まれ名を授けられたのだ。そして、ある宝物を守るという任務を与えられる。
彼は歓喜した。
戦いに明け暮れただけの己の生に、目的が生まれたのだから。
ゆえに、誇りあるその名に誓って守り続けてきたのだ。
幾たびかは、目の前にいるような小さな人間たちが彼の持つ宝物や金銀財宝を狙い、大挙してやって来たこともあった。
もちろん、全て返り討ちにしたが。
その時の感覚から、彼は人間がどれほど弱く儚い存在であるかを知っている。
吐息で焼かれ、爪で切り裂かれ、尾で吹き飛ばされる。人間の武器は、彼の強靭な鱗に対して傷ひとつつけることが出来ないのだから。
『死にたくなくばここから立ち去れ、小さき者よ。
我の気が変わらぬうちにな。』
ゆえに退去を促す言葉も、別に慈悲や哀れみから言っているわけではない。
ただ、弱い人間の相手をするのが面倒なだけなのだ。
だが…………。
「いいや、死ぬのはお前だ、グウェイル。
俺は貴様の持つ神器に用があるのだからな。あれは貴様が持っていても意味のない物。この俺が有効活用してやるから、大人しく差し出すがいい。」
グウェイルと呼ばれた存在は動きを止めた。
上位火龍である自分に対して、人間ごときが余りにも不遜な態度をとったのだ。しかも自身が守る宝物をよこせと言う。
懲らしめてやらねばなるまい。
『汝を盗賊と認めたぞ。』
横たえていた身を起こし、戦闘体制をとる。
ヒュゴウ!
大きく息を吸い込むと、彼の胸元から喉の辺りに熱気が集まる。次の瞬間、充分に貯めた熱を吐息とともに吐き出した!
扇状に広がる猛火は黒衣の男に直撃したように見えた。
彼がブレスを止めると、そこには赤熱した洞窟の床があるばかり。
所詮は人間か。
骨も残らず焼き尽くしたようだ。と、再び身を伏せようと思った、その時!
『ぐうっ!?』
グウェイルは背後から背中を切り裂かれたのだ!
なぜ⁈
しかも、自慢の龍鱗を貫いて肉まで刃が通っている上に、彼は自分を蝕むなにかを感じた。
毒ではない。
ならば呪いの類いか?
体を揺らし振り払うと、地面に下り立つ無傷の人間の姿が。いや、その身に纏う魔力と瘴気は人間ではあり得ない。
「ククク、慢心の対価を払った気分はどうだ?」
彼は自分の失策を悟った。
なんらかの呪いにより身体能力が下がっているのが分かる。
さらに、黒衣の男は中空から数メートルほどの大きさの死体を取り出し、次々に剣を突き立てていく。
すると、剣から瘴気が伝わり、死体が立ち上がっていくではないか!
『汚らわしい死霊術師が!』
足を踏み締めて体を回転、死体もろとも尾で薙ぎ払おうとするが……。
かつて人間どもの軍勢を一振りで蹴散らした龍尾は、屍たちを数歩後退させたものの受け止められたのだ!
これにも驚愕を隠せないグウェイル。
よくよく見てみれば、立ち上がった不死者はそれぞれに強力な魔物のなれの果てであるようだ。
オーガナイト、トロールバーサーカー、ブラッディベア……。上位龍には及ばないものの、一体で人間の街を滅ぼせるレベルの魔物たち。
それらがアンデッドになったことで、より強靭な力を手に入れたようだ。
一対四。
強力なアンデッドに加えて、得体の知れない術師が相手ではさすがに不利かもしれない。心中に初めて感じる焦りと危機感。
だが、彼にもプライドがある。
守らなければならない宝物もあるのだ。退くわけにはいかない。
グウオオオオオォォォォォォォ!!!!
大きな咆哮を上げると彼は敵に向き直った。
『我が名はグウェイル!上位火龍なり!
授けられた名にかけて敗北するわけにはいかぬ!!』
敵を同格と認め、彼は全力で戦い始めた。
「ちっ……まったく手古摺らせやがって。
だが、さすがは上位龍と言ったところか、手駒を二つやられちまったな……。」
ひとり呟く黒い人影。
その足元には焼け焦げたオーガやトロールの死体とともに、火龍グウェイルの亡骸も倒れ伏していた。
「さすがに上位火龍をコントロールできるかは分からんな。だが、単発の矢玉としては使えるか……。」
グウェイルの骸に手をかざすと、スッと死体が消えていく。
「さて……。」
洞窟の奥に向かい、乱雑に積み上げられた金銀財宝には見向きもせず、壁面に穿たれた祭壇にある一つの宝物を手に取る。
それは女性の泣き顔を模した仮面であるようだ。黒を基調として、宝石が散りばめられた豪奢な仮面。目元から点々と並ぶ輝石は涙を模したものか。
「フフフ、ハハハハハハハハ!ようやく手に入れたぞ!
お喜びください!我が神よ!
これで、さらなるご奉公ができるというもの!
神々の神器を奪い、集めた神気をもって再びあなた様を天上に返り咲かせてみせましょうぞ!
まずは憎っくき月神の神殿からだ!」
再びの哄笑ののち、男は手に取った仮面をフードの奥にある自身の顔にかぶせたのだった。




