蜂蜜酒で乾杯を!
「お帰りディーンっ。ねえねえ! 来週の夜、マイカちゃんとミランダさんと飲みに行ってもいい?」
「却下だ。絶っっっ対に駄目だ!!」
軍服を脱ぎかけた手を止めて、目を吊り上げた男が即座にはねつける。私は思わずむぅと口を尖らせた。もう大人なんだから、友達と飲みに行くぐらいよくない?
「なんでー!? お酒なら、もう何度も家で飲んだことあるじゃない!」
「その度に泣いたり笑ったり騒がしいだろう、お前は! 酒に呑まれているうちは我慢しろ!」
……ぐっ!
確かにテンション上がってる自覚はあるけど、お酒に呑まれてなんかいませんよ?
「やだー! 私が行かなくても二人とも絶対行くもん、仲間はずれになっちゃうじゃない!」
ぎゃあぎゃあ抗議すると、男は無言で考え込んだ。ややあって、不機嫌な顔で私を見る。
「……なら、今夜二人で飲んでみよう。それでもし、お前が冷静なら来週行っても構わない」
「本当にっ?」
ふっふ、愚か者めが。
そんなの余裕、楽勝である。
いそいそと夕食と入浴を済ませ、お酒とつまみを用意した。
ちなみに私のお酒は蜂蜜酒である。エイダさんからもらった分はとっくに消費したので、こちらは王都で仕入れたものだ。
「かんぱーい!……ディーンは、やっぱり蜂蜜酒は飲まないの?」
「俺には甘すぎるからな」
辛口の蒸留酒のロックを口に運びながら、ディーンは小さく笑う。
……そっちの方が、私には美味しくないんだけどね?
かぱかぱと杯を重ねると、だんだん身体がぽかぽかしてきた。楽しくなってきて、にへらと頬が緩む。
「ディーンのも一口ちょうだい!」
今なら私にも美味しいと感じるかもしれない。
男の手から強引に奪い取りごくりと飲むが、鼻の奥がツンとして思わずむせ込んだ。
「……けほっ。まっずーい!」
「子ども舌だな」
からかうように言われ、べえっと男に舌を出す。
拗ねながらも人恋しくなって、男の腕を取りかけたところではっと我に返った。
(……ダメだ、ベタベタしちゃったら……!)
来週の女子飲み会が露と消えてしまう。
慌てて私は姿勢を正した。大真面目な顔を作り、静かに蜂蜜酒を口に運ぶ。
「なんだ、抱き着いてこないのか? 膝も空いているぞ?」
ぽんぽんと自分の膝を叩き、笑って誘いかけてくるが、私はぶんぶんと首を横に振った。負けてなるものか。
「しません! 私は、冷静ですから!」
強い決意の元、ぐぐぐと己を律する。
──それからは、ひたすら持久戦だった。
ディーンが肩を抱こうとするのをぴしりと払いのけ、大声を出さないよう上品に微笑する。その時点までは、かなり冷静に振る舞えていたと思うのだ。
……最終兵器さえ、持ち出されて来なければ。
ちょっと手洗いに行ってくる、とディーンが席を離れたので、私はほっと息をついた。
緊張が緩み、のびのびとソファに転がり込む。己の勝ちを確信していた私は、完全に油断していた。
お待たせ、とリビングに戻って来た男に笑顔を向ける。……そしてそのまま視線を剥がせなくなった。
「ぐっ……軍服……!」
衝撃のあまり思わず飛び起きてしまう。
男は澄まし顔でソファに腰掛けた。
固まっている私に向かって、満面の笑みで両手を広げる。
「今なら膝が空いているが」
「やたー!」
ぴょんと膝に飛び乗って、ぐりぐりと頭を押し付けて抱き着いた。幸せー。そして軍服かっこいー。
……ハッ!?
恐る恐る身体を離し、男の顔を見上げると、ニヤァリと黒い笑みを向けられた。
「──俺の勝ちだな?」
「しまったあああああああっ!!!」
◇
「……で、保護者同伴なワケ?」
「面目ありません……」
私たちが三人で飲んでいる後ろのテーブルで、ディーンとルークさんとギルバートさんが談笑している。どうしても行きたいのだと粘りに粘った結果、こういう事になってしまったのだ。
ミランダさんはギルバートさんが気になるらしく、チラチラ後ろを振り返っては戻るという、落ち着きのない動きを繰り返していた。そんな彼女に気付いたようで、ギルバートさんがにこやかに私たちを見る。
「……おや、中尉。良かったらこちらに移動しないかね? もちろんお二人もご一緒に」
「はいっ、ぜひ……むぐっ」
慌ててミランダさんの口を塞いだ。
それじゃあ女子会じゃなくなっちゃうじゃん!
もはや単なる飲み会じゃん!
ディーンめ、このためにギルバートさんを連れて来たな!?
「……マイカちゃん、どうしようっ」
コソコソとささやきかけると、マイカちゃんはニヤリと笑った。
「このまま勝ったと思われたら癪だから、あの過保護男をぎゃふんと言わせましょ。……ミランダ、あんただけ一度あっちのテーブルに移動してくれる? 上手く足止めするのよ」
「任せろっ」
鼻息荒くミランダさんが立ち上がる。
二人きりになったテーブルで、マイカちゃんがそっと肩を寄せてきた。
「……いい、ユッキー。今から楽しげに、大きな声で、程よく軽薄な感じで笑うのよ。──始めっ」
意味のわからない指示を出され、戸惑いながらも精一杯応えようとする。
マイカちゃんがケラケラ笑いながら「それでねぇ……」と話しかければ、私も「うんうん、そうなんだぁ!」と明るく相槌を打つ。
きゃあきゃあ騒いでいたら、私たちのテーブルに二人組の男が近付いて来た。
「ねねっ、そっちの黒髪の子、噂の聖女様だよね?」
噂の聖女様……。
「神々しいのかなって思ってたら、こんな普通の子だったんだ。そっちの子も可愛いし、四人で飲もうよ」
普通で悪かったな!?
失礼な男共を怒鳴りつけてやろうとすると、マイカちゃんがすばやく私の腕に抱き着いてきた。男たちを見上げ、いたずらっぽく笑いかける。
「ダメダメ。この子、結婚してるもの。ねっ」
「えーっ、いいじゃん。今夜は旦那の事なんか忘れてさぁ!」
「そうそう、バレなきゃいいんだって!」
椅子を引いて強引にテーブルについた男たちの背後に、ドス黒いオーラを放つ男がゆらりと立った。
さすがに素人さんでも殺気を感じるレベルだったようで、男たちは顔を引きつらせてブルブルと震え出す。無表情な猛獣男が、おどろおどろしい低い声で二人を脅しつけた。
「……今すぐ、この場から、消えろ。さもないと──」
「帰りますっ」
ガタンッと椅子を蹴倒して立ち上がると、男たちは脱兎のごとく逃げ……られなかった。
にこやかなルークさんが、酒場の出口に立ち塞がっていたから。
「お会計はきちんと済ませような?」
「はいぃっ」
食い逃げを阻止したところで、不機嫌マックスな男が倒れた椅子を戻して席についた。
怒りを込めた視線をマイカちゃんに向ける。
「一体どういうつもりで──」
「それはこっちの台詞。軍服を着たミランダが一緒なら、そうそう変な男は寄って来ないのよ。……これで、よくわかったでしょ?」
わかったなら、今後は絶対邪魔しないように。
ビシッと叱りつけられて、あえなく男は黙り込んだ。
ルークさんが苦笑しながら私たちのテーブルにつく。
「まあまあ。次回からって事で、今夜はもう一緒で構わないだろ?──あっ、グレイ少将とキャロル中尉はそちらでどうぞ~。こっちのテーブルはもう満席ですから!」
赤くなりながらも嬉しそうなミランダさんに笑いかけ、やり直しの乾杯をする私たちであった。
◇
「……と、いうわけで。今日もかんぱーい!」
休みの前日、またも蜂蜜酒でディーンと乾杯する。うんうん、やっぱり飲みやすくて美味しー。
「私がお酒に慣れたら、ディーンもそんなに心配しなくて済むもんね? お任せあれっ」
「……いや。心配の種はそれだけじゃ……」
言葉を濁され首を傾げると、男は小さく苦笑した。
「ま、いいか。……ただし、帰りは迎えに行くからな?」
「はいはい、過保護~!」
笑い合い、またグラスをこちんと合わせる。
こうして、今日も平和な夜は更けていった。
これにて番外編も終了です。
お付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました!
本日中に新連載を投稿しますので、良かったら覗いていただけると嬉しいです。




