エピローグ
「やっほ、ユッキー。半年ぶりね?」
「マイカちゃん!!」
部屋を訪ねてきた人物を見て、喜びの声を上げた。そのままぴょんと彼女に抱き着く。
「お帰りー、お仕事お疲れ様! ルークさんは? 帰ってきてるんだよね?」
「ええ、あいつは本部で報告中よ。明日から一週間ばかし休暇を取る予定だから、また二人で遊びに行っていい?」
もちろん!と元気よく返事をして、うきうきと部屋の主を振り返る。
「あ、今日はもう上がりますね。お先に失礼しまーす!」
相変わらず人嫌いな教授は、苦虫をかみ潰したような顔でマイカちゃんを見ていた。しっしっと邪険に私たちに手を振る。
「帰れ帰れ。食事を取れだの掃除をさせろだの、毎日やかましい事この上ない。なんならユキコも休暇を取って構わぬぞ」
……いや、一週間も休んだらあんたが死ぬだろう。
心の中で突っ込みつつ、笑顔で挨拶して王城の役所を後にする。
いつもは警備部の軍人さんが持ち回りで迎えに来てくれるけれど、今日はマイカちゃんが一緒なので帰ってもらった。夕食の買い物がしたいので、そのまま二人で市場へ向かうことにする。
隣を歩くマイカちゃんが、あきれたように嘆息した。
「しっかし、あんたも物好きよねぇ。家では猛獣の世話をして、仕事では珍獣の世話をするだなんて。動物好きは結構な事だけど」
あんまりな言い草に苦笑してしまう。
新居での生活に慣れた頃、黒花対策室の文官さんたちから拝み倒されて、教授のお世話係をすることになったのだ。
勤務時間はそれほど長くないし、どうせ黒花の種を触りに王城に来なくてはならないのだ。気軽に引き受けて今に至る。
伸びた黒髪をなびかせながら歩いていると、やはり人々から奇異の目線を感じる。それでも髪を隠す事はせず、胸を張って堂々と歩いた。
混乱を招くのを防ぐため、黒花と聖輝石が同一のものである事は、一般の人々には隠されることとなったらしい。
それでもどこからか漏れるのか、王城から手厚く保護される私について、「聖輝石の加護を強める聖女様らしい」なんてまことしやかな噂が市中に流れている。……私、聖女なんて柄じゃないんですけど。
「そういえば、ジョンさんから手紙が届いたよ。元気に英雄やってるみたい」
行く先々でハイテンションな手紙を送ってくれる。お陰で近況が知れてありがたい。
「ああ、グレイ男爵からも聞いたわよ。どうやら天職みたいね?」
二人でくすくすと笑い合う。
手早く買い物を済ませ、貴族街の方へと歩き出した。
「どう、新婚生活には慣れた? 引っ越してすぐは、掃除が掃除がって騒いでたけど」
「ああ、それがね」
思わず苦笑してしまう。
「ディーンがすごいまめにやってくれるの。私はほとんど手を出さなくていいくらい。意外と綺麗好きだったのかな?」
「……いやあ、違うと思うわよ。今まで家無し根無草みたいな生活してただけに、やっと手に入れた巣が愛おしいんでしょうよ」
マイカちゃんの鋭い洞察に、なるほどと深く納得した。しみじみと頷く。
「道理で。夜勤明けとかでもちゃんと掃除するんだよ? 早く寝なさいって言ってんのに」
ちなみにディーンが夜勤の日は、ミランダさんが喜々として泊まりに来てくれる。
私の護衛のためという名目だが、実際は単なる女子会である。深夜まで二人でお菓子の乱れ食いをしつつ、彼女の進展しない恋の愚痴を聞くのがお約束だ。
「夜勤明けまでぇ? 疲れないのかしら」
あきれた声を上げるマイカちゃんに、私も顔をしかめてボヤく。
「そうなんだけど、全然平気みたい。……本っ当に体力オバケなんだから」
げんなりとつぶやくと、マイカちゃんが目を瞬かせる。にたぁり、と人の悪い顔で微笑んだ。
「ふぅん? 体力オバケなんだぁ。へえぇ?」
……げげっ!?
真っ赤になりながら、焦ってぶんぶんと首を振る。
「な、なんにも言ってないっ。──あっ、着いた! マイカちゃん、なんなら今日から泊まってくっ!?」
慌てふためいて話をそらすと、マイカちゃんはますますニヤニヤした。
「んーん、やめとく。明日から連泊でお邪魔するんだし、今日ぐらいは遠慮しないとね。誰かさんから恨まれちゃう」
からかうように言って、軽やかに踵を返す。
……完全に面白がってるし。
むくれながらマイカちゃんを見送った。
家に入ると台所に直行して、夕飯の支度を開始する。
日に日に秋の気配が濃くなって、朝晩は冷え込むようになってきた。今夜は温かいシチューに決定である。
腕まくりをして調理を済ませ、後はじっくり煮込むばかりだ。エプロンをはずしたところで、ちょうど良くドアベルが鳴った。
ぱっと顔を上げて、玄関までダッシュする。
扉を開けて入って来た男に、駆けてきた勢いそのままに飛びついた。男はびくともせずに私を受け止める。
「ただいま、ユキ」
笑みを含んだ声で言いながら、優しく頭を撫でてくれた。
私も満面の笑みで男を見上げる。
「うんっ。お帰り、ディーン!」
──了──
これにて「わたしの異世界奮闘記」完結です。
ブックマーク&評価、そして最後までお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました!
また近々その後の番外編を投稿したいなと思っております。
その際はまた読んでいただけると嬉しいです!




