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90.古戦場にて

 その後、話題はジョンさんの旅の開始時期についてへと移り。

 宰相さんとの会合は無事に終わって、私たちは城を後にすることとなった。再びディーンの腕を借りて長い廊下を進んでいく。


「…………」


 ぐるぐると混乱しながら、隣を歩く男を見上げる。男は気もそぞろな様子で考え込んでいた。


 私も何と聞くべきか皆目わからず、黙って前方に視線を戻す。沈黙のまま城の入り口に到着した。


「──あ。出てきた。お疲れ様、ユッキー」


 マイカちゃん、とかすれた声で返事をした私に、彼女は不審そうな顔をする。口を開こうとしたところで、ディーンがそっと私をマイカちゃんに託した。


「マイカ、こいつを頼む。ルーク、少しの間だけ抜けても構わないか?」


 出てくるなり唐突なディーンの発言に、ルークさんは一瞬驚いたような顔をする。それからぽんと手を打って朗らかに笑った。


「ああ、もしや家の件か? こっちは大丈夫だから、いっそもう契約して来いよ」


 ディーンは硬い顔で「そうじゃない」と首を振る。私へと視線を移した。


「ユキ。大体の場所は聞いたから、今すぐ家を確認してくる。貴族の言う『小さい』なんか当てにならないからな」


「……いや、あの……」


 しどろもどろで止めようとする私の声は聞こえなかったようで、ディーンはせかせかと行ってしまった。茫然と後姿を見送ることしかできない。


 ──いや、だから待てっつーに!


(……私、プロポーズされた覚えなんか無いんですけど!?)


 ふつふつと怒りが湧いてくる。


 おそらく顔色も変わっていたのだろう。マイカちゃんたちと一緒に外で待っていたオリバーさんが、怯えたように私を見た。


「あの、ユキコさん。もしや、息子がまた何か失礼な事でも……?」


 反射的に殺気立った目で彼を見返してしまう。


「されてないです! 何も!!」


 プロポーズすらね!?


 怒る私に、ミランダさんがあきれ顔をする。


「何をそんなに怒っている。城で何があったんだ?」


「……宰相さんが、結婚祝いで貴族街に家をくれるって言ったの! でも私は、プロポーズなんてされてないの!!」


『…………』


 地団駄を踏む私に、全員が無言で顔を見合わせた。しばしの沈黙が満ちた後、ずいっとギルバートさんが進み出る。


「間抜けな甥が失礼しました、ユキコさん。では、僭越ながらわたしが代役として求婚させていてだきます」


 こほん、と咳払いして私の足元にひざまずく。

 気障(きざ)ったらしく微笑んで、私の手を取った。


「──どうかこの……」


「結構です! お断りします!!」


 邪険に手を振り払い、きっぱりと言い放つ。


 ……プロポーズで代役なんて、見た事も聞いた事もありませんからっ!?



 ◇



 結局。


 ディーンには決して結婚の件を持ち出さないよう、あの場にいた全員に固く口止めした。人からせっつかれてプロポーズされても嬉しくないし。


 ヤケになった私は「いつディーンが言ってくれるか賭けよう!」なんて提案してしまったけれど、「このままプロポーズし忘れる」に全員が賭けたため成立しなかった。……どんだけやねん、あの男。


 家を見て来たディーンは、なんとも微妙な顔で口を濁すばかりだった。そっちはそっちで不安である。


 なんとなくバタバタしたまま一週間ほど過ぎた午前中、役所の教授から呼び出しを受けた。


「ユキコ! ジョン! 外出許可を取ってやったから、これから共に古戦場へと赴くぞ!!」


 引きこもり教授の突然の外出宣言に、ぱちくりと瞬きする。


 古戦場って……白い種の実験中の、あの古戦場?


 教授の隣に立つセオさんが、にこにこと進み出た。


「古戦場と、王都から古戦場へと向かう道に白い種が使われているんです。今のところ黒花は一切出現していないそうですし、みんなで遠足がてら行ってみませんか?」


「遠足とはなんたる言い草だ! 崇高な実験場の視察なのだぞ!?」


 教授がくわっとセオさんを睨みつけた。

 セオさんは気にした風もなくへらへらと笑う。


「だって、軍部の皆さんから話を聞いてみたら……。……ううん、なんでもないです。見てからのお楽しみということで」


 どういう事かと不思議に思いつつも、急ぎ支度をして全員で王都を出た。

 久しぶりに外に出られて、大きく伸びをする。王城の庭を毎日散歩していたとはいえ、やはり開放感が全く違う。晴天でぽかぽか陽気も心地良い。


「……そっかぁ、もう春なんだ」


「朝晩はまだ冷え込むがな。マントはちゃんと持ったか?」


 ディーンの言葉に素直に頷く。

 今夜はどうも古戦場に泊まりになるらしく、厚手のマントも荷物に入れた。


 屋根なし馬車でのんびり風景を眺めながら、一時間ほど揺られ。何事もなく古戦場へと到着した。


 馬車から降りて、ぽかんと広大な平野を見つめる。


 これはまさしく。


「……キャンプ場?」


 間隔を空けて色とりどりの天幕が張られており、たくさんの軍人さんたちが行き交っていた。

 談笑したり、わいわいはしゃぎながら炊事をしたり、なんとも楽しげな雰囲気だ。鬼ごっこをして遊んでいる一群もいる。……大人ですよね?


「黒花の出現条件を満たすため、大量の軍人を派遣して野外訓練する事になったらしい」


 ……訓練してなくない?


 ディーンの言葉に首をひねっていると、マイカちゃんが思いっきり苦笑した。


「最初のうちはね。訓練のネタも尽きて、だんだんこんな感じになっちゃったらしいわよ?」


「平和だねぇ……」


 遠い目をしつつ、キャンプ場の軍人さんに案内されて大きめの天幕へと入る。荷物を置くと、教授はセオさんと共に天幕を飛び出していった。


「セオよ! 白い種の確認へ向かうぞ!」


「はいっ、先生!」


 走り去る二人をあきれながら見送る。

 私たちを連れてきた意味あります?


「あっちに下ると沢があるらしい。魚釣りでもするか?」


「おっ、いいねぇ。ジョンさんも行きましょう」


「もちろん! 誰が一番釣れるか競争だね!」


 はしゃぐ男性陣に、仕方なく私とマイカちゃんも付き合う事にした。ちなみにミランダさんもノリノリで釣り竿を借りてきたので、どうやら参戦するつもりらしい。


 沢に手を浸してみると、ひんやり冷たくて気持ちいい。夏になったら沢遊びをしてもいいかもしれない。

 水辺から離れて草場に腰を下ろし、適当に野次を飛ばしながら魚釣り大会を観戦した。


 ぶっちぎりの優勝はミランダさんだった。

 わぁい、今夜の晩ごはん~。


 賑やかな夕食を済ませた後は、全員で大きな焚き火を囲む。分厚いマントにすっぽりとくるまるとかなり暖かい。


 うとうとしかけたところで、後ろから肩を叩かれ目を開けた。


「少し歩かないか?」


 ディーンの言葉に頷いて、目をこすりながら腰を上げる。しっかりとマントをかき合わせて冷気を遮断した。


 天幕の群れと軍人さんたちの喧騒から離れ、ふと空を見上げる。眩しいほどの星空が広がっていた。


「…………」


 言葉を失くしてただ見入っていると、ディーンが原っぱに寝転んだ。思わず私も真似をして、男の隣に横になる。


 長いこと二人で夜空を眺め続けた後で、静かに男が身を起こした。寝転んだままの私の左手を取り、冷たい何かを薬指に嵌める。


 はっとして男に目をやると、珍しく照れたような顔で笑っていた。


「ジョンから聞いた。お前のいた世界では、結婚の時に指輪を贈るんだろう?」


 慌てて私も起き上がり、自分の手を月明かりにかざす。可愛らしい宝石の付いた、私好みの細身の指輪……。驚きと嬉しさに頬が緩む。


「大きさも、ちょうど良さそうだな。マイカに協力してもらった甲斐があった」


 男は私の左手を取ると、安堵したように微笑んだ。


「そうなんだ……。ありがとう、ディーン」


 やっと声が出た。ディーンは空いた方の手で私の頬を包み込み、まっすぐに私の目を見つめる。


「伝えるのが遅くなったが……これからも、ずっと側にいてほしい。──俺と、一緒に生きてくれるか?」


 すうっと、冷たい空気を吸い込んだ。

 涙が一筋頬を伝って、震えながらも笑みがこぼれる。


「……うん、もちろんっ! これからもよろしくね、ディーン!!」


 思いのほか力強い声が出てしまった。そんな自分がおかしくて噴き出すと、ディーンも声を上げて笑った。楽しげに笑いながらぎゅっと私を抱き締める。


 ──満天の星が、優しく瞬きかけてくれた気がした。

次回、最終話です。

その次はエピローグを更新します。

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