83.届けたい想い
あれから二週間。
白い種は消え去る事なく、実験の第一段階が無事に完了した。
今は第二段階の真っ最中である。
──当然、大量の白い種が必要となるわけで。
「ううう、さすがに飽きるぅ~」
王都に保管されていた黒花の種を、毎日毎日延々と触り続けている。覚悟はしていたが、とんでもない数である。
「頑張れ、ユキコ! 磨き粉女たる君にしか出来ない偉業だぞ!」
声援を送るミランダさんをギッと睨みつけた。
磨き粉女呼ぶなっつーに!
今日は自分の客室で、ミランダさんと二人きりで朝からずっと作業している。……ミランダさんは、声援という名の野次を飛ばしているだけだけど。
マイカちゃんとルークさんは軍本部へ顔を出すと言って、昼前から出掛けたきりである。
「私も出掛けたーい! ディーンは帰ってこないしー!!」
一時休憩にして、ベッドにぼすんと飛び込んだ。うつ伏せに寝転び、手足をバタバタ動かして暴れる。
「こら、埃が立つだろう。……あの男、もしや浮気でもしているんじゃないか? 何せあの少将の血筋だからな」
……ああん?
「ディーンは絶対にそんな事しませんっ! タラシ少将なんかとは違いますからっ!?」
がばりと顔だけ上げて怒鳴りつけると、ミランダさんも盛大に眉を吊り上げた。
「なんかとは何だっ、なんかとはっ! タラシなのは認めるが、良い所もたくさんあってだな……!」
「はいはい、まだ好きなんだもんねぇ?」
「……っ! だ、誰があんなタラシなんかっ!」
自分だって『なんか』って言ってるじゃん~?
口ごもるミランダさんを、寝転んだままでからかうように見上げる。お互い結構口が悪いので、なんだかんだで遠慮の無い間柄になってきた。
「前にも言ったが、私は奴を手酷く振ってやるのが目標なのだ!!」
体勢を立て直し、ふんぞり返るミランダさん。
私は枕元に置いてあるムンクさんを持ち上げて、台詞っぽく声音を変えながら揺らしてみる。
「ええぇ、振っちゃうのぉ? 付き合っちゃえばいいのにぃ」
ミランダさんはドカンと噴火したように真っ赤になった。
良い事を思いついた私は、目を輝かせてベッドから起き上がる。
そろそろおやつの時間だし、甘いものでも持ってきてもらって、女子会タイムに突入しようではないか!
種触るのも飽きちゃったからね!
私が誘うよりも早く、控えめに扉がノックされた。入ってきたメイドさんが優雅に一礼する。
「失礼いたします、ユキコ様。実は……」
言いよどむメイドさんに、私はため息をつきながら頷いた。
「大丈夫です、すぐ伺います。……行こ、ミランダさん」
申し訳なさそうに小さくなるメイドさんに会釈して、私とミランダさんは急ぎ王城内の役所へと向かう。
ここ二週間で、日課となってしまった義務を果たしに、だ。
◇
「失礼しますっ。教授っ、ちゃんとごはん食べて!」
挨拶もそこそこに、研究室のテーブルにトレイを置く。
机で書き物をしていた教授は顔を上げると、さも嫌そうにかぶりを振った。
「いらぬ! 調べるべき事、考えるべき事が山程あるというに、そのような無駄な時間は取れぬ!!」
「食事は無駄じゃありません! ちゃんと食べないんなら、もう二度と協力してあげないんだから!」
「うぐっ……」
苦虫を噛みつぶしたような顔をして、重い足取りでソファに座る。むっつりと食べ出した。
……毎回言い負かされるんだから、最初から素直に食べればいいのに。
心の中で舌を出しながら、カップに自分たちの分のお茶を注ぐ。
青色が綺麗なルアル花茶である。癖のない味が気に入って、最近ではもっぱらこればかり飲んでいる。
「……昨日ぶりで、もう荒れ果ててるし」
ぐるりと研究室を見回して、その惨状に頭を抱えそうになった。優雅な所作で花茶を飲んでいたミランダさんも、苦笑して頷く。
「短い命だったな。……だから、片付けるだけ無駄では、と忠告しただろう?」
「そうなんだけどね。種を触るのに飽きすぎて、発作的に掃除したくなっちゃったの」
一種の逃避行動である。
ぎゃあぎゃあわめく教授をいなしながら、埃っぽい本棚にハタキをかけて、物をどかして床を綺麗に拭き上げた。大量の書類と書籍に関しては、セオさんの協力の元、いらないものは他の部屋へと移動させたのだ。
数日ががりの大掃除は、一日も経たずに台無しになってしまった。
げんなりしている私を見て、食事を終えた教授はにたぁりと笑む。悪人面ぁ~。
「……ま、いっか。種に飽きたらまたやろう」
さばさば言ってやると、教授はあんぐりと口を開けた。
ふふん。
なんちゃって薬師助手として、掃除と料理に勤しんだ七年間を舐めんなよ?
食器をトレイに載せて、食堂へと返却した。
用が済んだので、迎賓館へと戻る事にする。
ミランダさんと二人で中庭を歩いていると、正門の方から私を呼ぶ声が聞こえた。
「……っ」
考える間もなく、弾かれたように体が動く。
ミランダさんが止めるよりも早く、一直線に駆け出した。逸る気持ちに足の動きが追いつかない。それでも懸命に走り続ける。
「──ディーンっ!!」
「ユキっ!!」
勢いそのままにタックルして男の腕に飛び込むと、男は笑いながら私を受け止めてくれた。嬉しくてたまらなくて、ぐりぐりと頭を押しつけて抱きつく。
「お帰りっ、ディーン!」
「ああ。ただいま、ユキ。……それから、すまない。王都からは出ないと約束していたが──」
バツが悪そうに言葉を濁す男を、驚いて見上げた。
むうと口を尖らせて問いかける。
「出たの?」
「……すまん。人探しのためなんだ。軍人時代に知り合った頃は、王都の俺の行きつけの酒場で働いていたから、今もそこに居るだろうと高をくくっていたんだが。どうやら王都の隣町で暮らしているらしいとわかって、仕方なく」
……人探し?
首を傾げていると、ディーンの背後から金髪の男性が顔を覗かせた。四十代くらいだろうか、長身でガタイのいい男の人である。
慌ててディーンから離れて姿勢を正す。
彼はキラキラと白い歯を見せて、こぼれんばかりの笑顔で片手を上げた。
「ハイ!」
……はい?
ぽかんと彼を見つめ返す。
呆ける私とは対照的に、彼は興奮したように身振り手振りで語りかけてきた。何を言っているのか、ひとつも理解できない。
曖昧に笑い返したところで、はたと気付く。
(……これ……英、語……!?)
愕然としてディーンを見上げると、微笑みながら頷きかけられた。
「初めてお前と会った日に話したろう? その時は俺の経歴を隠していたから、旅の途中で出会ったのだと嘘をついてしまったが……。こいつはジョンといって、お前と同じ……稀人だ」
「…………」
あれか。
滝壺ダイブ男か!
やっと状況が理解できて、じわじわと喜びがあふれてきた。感動に目を潤ませて、ジョンさんを見つめる。
懐かしい言語が聞けて嬉しい。
自分以外の稀人に会えて嬉しい。
そして、何よりも……。
(滝壺ダイブ男、日本人じゃなかったんだぁ!!)
同国人だったらちょっと恥ずかしいなって、実は密かに思ってました。ごめんねジョンさん。
──そして、彼に謝らなければならない事がもうひとつ。
にじんだ涙をぬぐい、笑顔で長身の彼を見上げる。彼も目元を赤くして微笑み返してくれた。
私はすうっと深呼吸して、大きな声ではきはきと発声する。
……届け、この想い!
「アイムソーリー! アイキャントスピーク、イングリッシュ!!」
ビコーズ、中学一年生でこっちの世界に飛ばされたからね!?




