80.集中砲火
詳しい話を聞くことになり、昨日も訪れた文官さんたちの役所へと入る。
オリバーさんが足早に会議室へ案内してくれた。
お茶が運ばれたが、誰ひとりカップを取ろうとしない。しんと気まずい沈黙が満ちた。
「……あの、実は」
オリバーさんがためらいがちに口を開いたが、マイカちゃんが厳しい表情で首を横に振る。
「詳しい話は、グレイ少将が来られてからにしましょう」
一方的に言い放ち、目を閉じた。
ミランダさんがギルバートさんを呼びに走っているのだ。軍本部に居てくれれば、到着するまでそう時間はかからないだろう。
私もマイカちゃんを真似て目を閉じる。
ぐるぐると混乱した頭を落ち着かせたかった。
「……グレイ男爵。さっきは、どうしてディーンを探していたんです?」
沈黙を破り、ルークさんが硬い声で問いかける。
私ははっと目を開いて、オリバーさんを食い入るように見つめた。オリバーさんは苦しそうに顔を歪める。
「弟……ギルバートから、伝言を受け取ったのだ。ユキコさんは王城での預かりとなり、ディーンは身を引く事を決めたと……。そんな馬鹿なと思ったが、本当かどうか確かめねばと……」
そう言ったきり、がっくりと項垂れる。
わたしのせいだ、と震える声でつぶやくのが聞こえた。
どう言葉をかけるべきかと迷っていると、ノックもなしに荒々しく扉が開かれた。
いつになく無表情なタラシ少将は、大股でオリバーさんに近寄ると、無言で胸元を締め上げる。
剣呑な雰囲気に私もぎょっとして腰を浮かせたが、彼はオリバーさんしか見ていなかった。
「兄上。キャロル中尉から聞きました。借金がもう無いとは、一体どういう事ですか?」
「ぐぇ」
「ぐぇ、ではありません。きちんと説明を──」
「少将、落ち着いてください! それじゃ話もできないでしょう!?」
がっくんがっくんお兄さんを揺さぶる少将を、ルークさんが慌てふためきながら制止する。
「む。そうか。……あ」
手を放した瞬間、オリバーさんがゴンと頭を打ちつけた。ばたりとテーブルに倒れ伏し、そのまま起き上がる気配がない。
「…………」
ちょっとおぉっ!!
気絶しちゃったじゃんっ!?
◇
「──つまり、話をまとめると」
マイカちゃんが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
……マイカちゃんだけではない。
タンコブを作って小さくなっているオリバーさん以外、もれなく全員がそんな顔をしている。おそらく私も。
「ご子息に戻ってきて欲しくて、ご自分もこっそり罰金を納め続けていたと。罰金の大部分はご子息が納めたけれど、ご自分も四分の一ほどは支払ったと。──そしてつい先日、晴れて満額支払い終わったわけですね?」
「そ、その通り」
「馬鹿かああああっ!!!」
マイカちゃんが般若の形相で叱りつけた。
オリバーさんはヒッと首をすくめる。
「つまり、昨日あいつと会った時点で罰金は終わってたんでしょうがっ!? ならどうしてそう言わないっ!!」
「そ、それは……。あいつが、久しぶりに父親に会ったというのに他人行儀に振る舞うし……。恋人の紹介すらしてくれないし……」
ちょっとだけ焦らしてやろうと思ったのだ……と、いじけるオリバーさんに、ルークさんまで険しい視線を投げかけた。
「せっかくグレイ少将が、警備部に復帰させてくれようとしたのにな! あ~あ! 本当なら今ごろ、アイツも軍服を着てここに居たのになぁ!」
嫌味っぽいルークさんの言葉に、オリバーさんは顔色を変える。ぶんっと音が聞こえそうな勢いで、ギルバートさんを振り返った。
「──そんなっ!? 聞いていないぞギル!!」
「実の息子と理性的に話し合うことすらできない、落ち着きのない馬鹿兄には関係のない話かと思いまして」
窓の外に目をやりながら冷たく答える。
ああああ、とうめきながらオリバーさんが手で顔を覆った。
さすがに集中砲火が気の毒になってきて、テーブルを回って恐る恐る彼の側に歩み寄る。
「……あの、でもディーンがどこにいるかは知らないですけど、なるべく早く戻るって言ってましたし。大丈夫ですよ」
「戻っ……? 別れたん、ですよね?」
ぽかんと呆ける彼を、不思議に思いながら頷いた。
「はい。しばらく別行動なんです」
「……別行動。なんだ、そうだったのか!」
ぱあっと顔を明るくする。
……本当にどうした?
情緒不安定な彼の様子に戸惑っていると、マイカちゃんがチッと舌打ちした。
「しばらく勘違いさせとけばよかったのに。自業自得よ」
「オレも同感」
カラスコンビから凍える嵐が吹きつけてくる。
オリバーさんが慌てて立ち上がり、私の後ろに隠れようとした。……だから、物理的に隠れられないってば。
誰かさんと同じ行動にあきれていると、扉がノックされ、瓶底眼鏡の男性がぴょこんと顔を出した。変人教授の助手、セオさんである。
「お話中すみません。ユキコさんが来られていると聞きまして。先生がお呼びなんですが、いいですか?」
よくはない。
あんな変わり者には、できれば会いたくない。……それでも。
「いいですよ?」
にっこり答えて、足早に会議室を出る。
背後から「ああっ、ユキコさん!」と助けを求める声がしたが、私には聞こえなかった。あーあー、聞こえないったら聞こえない。
扉をバタンと閉めると、我知らずため息が漏れた。
この事を一刻も早くディーンに伝えたいけれど、次に会えるのはいつになるかわからない。昨日別れたばかりなのだ。
頭を振っていったん思考を追い払い、セオさんと共に研究室へと向かうことにする。オリバーさんには、しばらくマイカちゃんたちからお灸を据えてもらおう。
会議室の外で待っていたミランダさんが、歩き出す私の後ろに付いた。
「外で見張ってたんですか?」
「それもあるが。……ディーンの、個人的な話だったんだろう? 私が勝手に聞くのは悪いからな」
モテ自慢さんは意外と義理堅いらしい。
嬉しくなってお礼を言う。仕返しの仕返しは、やっぱり勘弁してやるか。
「ボクはユキコさんをお送りしたら、すぐに学院に戻ります。先生から言い付けられた仕事が終わっていませんし」
「ええー……。そうなんですかぁ」
セオさん抜きで、あの教授と渡り合うのは厳しいかもしれない。ちょっぴり後悔している間にも、地下の研究室に到着してしまった。
研究室の前には、困り顔をした女の人が立ち尽くしていた。食事が載ったトレイを持っている。
「……あっ、セオさん! コール教授、朝食も昼食も召し上がっていないんです。どうしたらいいでしょう?」
「ああ、研究に没頭しているんでしょうねぇ。──そうだ! ユキコさん、食事を取るよう先生を説得してもらえませんか?」
突然話を振られ、絶句する。
なんで私が!?
「ユキコさんなら大丈夫です! 先生に個体として識別されていますし!」
「まあ、凄い! あなたこそ選ばれし方ですね!」
女性はキラリと瞳を輝かせて、私の手にトレイを押し付けた。引き止める隙もなく、ルンルンとスキップして逃げてしまう。
「では、ボクもこれで」
セオさんも下手くそなスキップをして、彼女に続いて去って行く。
……完全に押しつけられてしまった。




