73.変わり者
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(時間はまちまちかもしれませんが……)
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「──ユキコさああああんっ!!」
半泣きになったセオさんが、両手を広げて駆け寄ってきた。すかさずディーンが私を後ろに引っ張る。セオさんはそのままの勢いでドゴッと壁に激突した。
……もの凄い音がしたけど、大丈夫だったろうか?
怖々と彼に近付くと、よろめきながら振り返った。瓶底眼鏡がちょっぴりズレている。
「ああ、無事でよかった……! ディーンさんとも、再会できたんですね」
「セオさん……」
労りの言葉に、感謝と申し訳なさでいっぱいになる。
今の今まで、彼の事をすっかり忘れていた。私が一方的に巻き込んで、怪我までさせたというのに。
「迷惑かけてごめんなさい。殴られた怪我は大丈夫でしたか?」
頭を下げると、彼は朗らかに笑った。
「たいしたことありませんよ。目が覚めたら、ユキコさんの部屋でぐるぐる巻きにされていたのも別に平気でしたし。……ディーンさんに問い詰められた時だけは、死を覚悟しましたけど」
「…………」
ホントすみません。
ジト目で後ろの男を振り返ると、あさっての方向に目を背けられた。
「ディーンさんはあなたを探しに行ったきり、全然戻って来なくて。しばらく滞在したんですけど、結局あきらめて王都に帰ってきたんです。旅を続ける気にはなれなくて」
「そうだったんですね……」
遺跡の実地調査をしたいという彼の夢に、水を差してしまったわけだ。思わずしゅんとしてしまう。
「でも、いいんです。ボクの恩師は偏屈で……放っておくと寝食も忘れて、研究に没頭するような困ったひとですから。帰るのが遅れていたら、死んでいたかもしれません」
……黒花研究の第一人者、一体どんだけ変人なんだ。
変態はもうお腹いっぱいです。
このまま回れ右したい気持ちになったが、セオさんは嬉しそうに笑う。
「先生にご用事ですよね? まずはボクが部屋に入りますから、その後で一人ずつゆっくりと、なるべく空気を動かさないように入ってきてください」
そんな無茶な。
ドン引きしていると、ディーンがセオさんの肩をつかんで引き留めた。冷たい目でオリバーさんを睨みつける。
「どうやらまともに会話できる相手じゃないらしい。俺たちはこれで失礼する」
私をうながし帰ろうとするディーンを、オリバーさんが前に回り込んで通せんぼする。
「待て! そこの君、コール教授にこれを渡してもらえないだろうか。きっと興味を持つはずだ」
セオさんに何やら手渡した。
セオさんは不思議そうに手のひらに目を落とし、愕然とした顔をする。……あ、もしや。
「これ……黒花の種、ですか!? 先生に何度か見せてもらった事はありますが……白い種なんて、初めてです」
興奮したように言って踵を返す。
部屋に入ったかと思うと、ドカドカと物が倒れるような音がした。言葉までは聞き取れないが、怒鳴り声も聞こえてくる。
「──おいっ! これは一体どういうことだ!?」
荒々しく扉が開かれ、痩せ細った男が爛々と目を光らせてこちらを睨みつけた。
「なっ……!? コール教授が、立った……?」
茫然としたようにオリバーさんがつぶやく。
……いや、そんな「クラ○が立った」みたいに言われましても。
正面から顔を合わせるのは怖いので、ディーンの背中に隠れた。後ろからこっそり教授を観察すると、目の下が隈で真っ黒で、顔色も人相も悪い。
「コール教授。この種に関して、詳しい話がしたいのですが」
衝撃から立ち直ったのか、オリバーさんが進み出る。
教授は胡乱な目付きで彼を見返した。
「……よかろう。だが研究室の中の物は一切動かさないように。セオ、貴様が見張っていろ」
「はい、先生!」
セオさんが元気良く返事する。
研究室の中は、まさに足の踏み場もない状況だった。うず高く積まれた書類や分厚い本は、ちょっと触れただけでも崩れてしまいそうだ。
全員が慎重に部屋の中央まで進む。
「あっ!」
オリバーさんがやらかした。
慌てて受け止めようとしたが間に合わず、バサバサと上部の本が数冊落ちる。
「おいっ、動かすなと言ったろう! 男一!」
……男一?
最後尾のセオさんが慌てたように本を拾い、上に重ねた。その間になんとか獣道を抜け、ソファまで進めた。ソファの上にも書類があるので、座る場所はないけれど。
「──それで、実はですね……」
オリバーさんが、顔を引きつらせながら事情を説明する。教授は何度も私に鋭い視線を投げかけた。
説明が終わった瞬間、一人だけ座っていた教授が勢いを付けて立ち上がる。ひょろひょろと器用に本の山を避けながら、私の目の前で立ち止まった。
「…………」
じぃっと睨みつけられる。めっさ怖い。
無言の圧力に怯えていると、ディーンが私をかばうように抱き寄せた。教授はディーンを不快そうに見やる。
「貴様はいらぬ。下がれ、男二」
……この流れでいくと、ルークさんは男三だな。
予想して楽しんでいると、教授が私に視線を戻した。
「フードを取れ、女一。よく顔を見せてみろ」
居丈高に言われ、絶句する。
私を抱き締めているディーンの腕がピクリと動いた。
「……コール教授。彼女は善意の協力者であって、罪人ではありません。言葉には気を付けて頂きたい」
困り果てていると、オリバーさんが助け舟を出してくれる。だが、ディーンの腕がまたもや反応し、頭上から刺々しい声が聞こえてきた。
「善意の協力者ならば、帰っても構わんわけだ。出るぞ、ユキ」
教授がくわっと口を開ける。
「待て、女一は置いてゆけ! 男一よ、男二を止めるのだ!」
……なんだか混乱してきたぞ。
教授の言葉を頭の中で反芻していると、ディーンが噛みつくように教授を怒鳴りつけた。
「誰が、男二だ! せめて俺を男一、後ろの頑固者を男二にしろ!」
目が点になる。
え。突っ込む所そこですか?
ぽかんとしていると、後方からオリバーさんの勝ち誇った声がした。
「ふん。年齢的にも社会的地位を鑑みても、男一はわたしに決まっているだろう。お前のようなゴロツキなど、男三でも構わんくらいだ」
「誰が地位の話なんてしている? 今はユキの話なんだから、あんたは部外者だろう。よって、男一は俺だ」
「いいや、男一はわたしだ!」
「…………」
ディーンに抱き留められているので出来ないが、あまりのアホらしさに脱力して座り込みそうになった。
なんでコイツら、男一の座を巡って争ってんだよ!?
ソファの後ろに立ち、背もたれに頬杖を突いていたマイカちゃんが、呆れ果てたように男たちを見やる。
「似た者親子ねぇ……」
「本当になぁ……」
隣のルークさんまで同意すると、ピタリと口論が止まった。またも二人同時に叫ぶ。
『だからッ、こんな奴とは親子なんかじゃないッ!!』
……息ピッタリじゃん?
外見は似ていなくても、中身は立派に親子だった。




